64.協力
なんでこの人がここに。
輝く黄金の髪、絹のように白く滑らかな肌。完璧に整ったその美貌。
そして、すべてを見透かされる様な神秘的な左右色違いの青い瞳。
夜会に出向くような豪奢な深紅のドレスを身に纏い現れたのは、俺の主人であるアリーシャ様に間違いなかった。
「あら、二人は知り合いだったの?」
虚を突かれて声を発せられずにいると、クレア王女が俺たちを見比べてこてんと小首を傾げた。
「はい。レイドは私の部下ですよ」
「……貴女のものだったの。取り立てて私の騎士にしようと思ってたのに」
「残念でしたね。諦めてください」
気安さを感じる二人のやり取りのなかにあったおかしな文言に耳を疑っていると、ゾクリと背筋が凍りつくような殺気が向けられる。
非常に憶えのある殺気を辿ってみると、その先にはアリーシャ様の背後に静かに佇むケイトさんの姿があった。
主にも劣らぬ美貌の侍女だが、表情からは感情を感じさせず人形のようだ。無機質めいた相貌、しかし、その氷のような瞳からは恐ろしいほどの殺気を滲ませこちらを刺し貫いている。
明らかに怒っていらっしゃる。
何だ、何が彼女の不興を買った!?
早く気づかないとあとで絶対に殺される。
「――――ハッ! アリーシャ様、申し訳ございません! どうぞこちらにお座りください。いえ、お座りになってくださいませ!」
あの絶対零度の瞳が『主人が立ってるのに僕がのんきにソファーでくつろいでんじゃねえよボケが』という圧を放っているのに遅ればせながら気づいた俺は、慌てて立ち上がりアリーシャ様に席を譲る。
「ありがとう。でもレイドも客人として招かれている側でしょう。仕事中でもないのだし、立って控える必要はないわよ?」
「そうですよ。レイドさんもお座りくださいな」
「え、ええ……」
先輩メイドの視線が怖いが、主人と王女様にそう言われては断ることもできない。
それに、アリーシャ様の後ろに控えるということは、ケイトさんの隣に移動するということである。
戸惑いながらもソファーの開いている空間、アリーシャ様の隣に再度座り直す。ああ、背中に嫌な視線を感じるなぁ。
「まさかレイドさんがアリーシャの部下だったなんて。面白い巡り合わせね。もしかして、彼が噂の人だったりするのかしら」
「ええ、本人ですよ」
「まあ、本当に? ……レイドさん、やっぱり私の騎士になりませんか。相応の待遇を約束しますよ?」
「騎士って……」
さっきのは聞き間違いでも何でもなかったようだ。この子は本気で俺を騎士にスカウトするつもりらしい。というか噂ってなんだ。
「俺なんかが騎士になれるはずないだろう? 高貴な生まれでもなければ、学もない農民出の元冒険者だぞ?」
「実力と功績はありますよね。貴方は夜会の暗殺者を退け、私の命を救った。騎士に取り立てるには十分でしょう。王族である私にはそれを実現することは難しくはありませんし、どうですか?」
この国の王女様が言うのだから説得力があった。ここで俺が頷けば、王女付きの騎士というフェニキシア王国でもかなりの地位に就くことができるだろう。一度犯罪奴隷まで落ちたとは思えないほどの大出世だ。
ちらりと隣に座るアリーシャ様の顔を窺う。いつものように澄ました微笑を浮べ、出された紅茶を口に運んでいた。
面白がっているようだが、彼女が口を挟む気はない様だ。
「遠慮させてもらうよ。悪いな」
「理由は?」
食い気味に訪ねて来るクレア王女に笑ってしまう。そんなに俺なんかが欲しいかね。
「俺に騎士なんて無理だからだ。なれたとしてもたぶん続かないな。礼儀作法も知らないし、そもそも騎士についてよく知らん。そんなやつが急に王女様の近くに取り立てられたら周りも面白くないだろうし」
「それは……でも平民出の騎士もいますし、なんとか」
「それこそそいつらが一番面白くないだろう」
血の滲む様な努力の末に平民から騎士という地位を手にしたやつらだ。特に騎士になりたかったわけでもないのに、ぽんと転がり込んできた幸運で王女の騎士になったやつなんて気に食わないだろう。
「あと、アリーシャ様には恩があるんだ。それを返すまではどこかへ行く気はないな」
「私が代わりに返してさしあげますよ?」
「恩は自分で返すもんだよ。付け加えると、今の職場が気に入ってるんだ」
「……わかりました」
ようやく諦めてくれたようでクレア王女は残念そうに深々とため息をついた。買ってくれるのは嬉しいけど、騎士とか絶対に無理だしなぁ。
「相変わらず、相手の心を掴むのが上手いのね。悔しいわ」
「私は見ていて微笑ましかったですよ。よほど彼が欲しかったみたいですね?」
「……そうやって何でも見透かした態度を取っていると友達がいなくなりますよ?」
「あら、私がいなくなったら王女殿下にはご友人が一人もいらっしゃらなくなってしまいますね」
「そんなことないもんっ!」
アリーシャ様の辛い返しにクレア王女が犬歯をむき出しにして子犬のように威嚇する。
王女然としている姿よりも年相応の少女らしく微笑ましい限りだが、俺の表情は絶賛引き笑い中だ。
地位が上の女性たち嫌味の応酬に挟まれて平然としていられるような心臓は持ち合わせておりません。
「あ、アリーシャ様。相手は仮にも王女ですよ。友達とはいえ、そんなこといっていいんですか?」
「レイドさん、仮にもって何ですか?」
やべ、口が滑った。
「心配しなくても大丈夫よ。こんなの私たちとっては普段通りのやり取りだから」
「そうですよ。先ほどのも、身分が高貴であるほど同性でも下心ですり寄ってくる者ばかりで、真に友情というものを育めるような環境にないことをネタにしたジョークですよ」
貴族社会が想像以上にブラック過ぎるんですが……。
「では、アリーシャ。そんな数少ない友人である私から貴女に頼みごとがあるのだけど、聞いていただけるかしら?」
「知っているわ、夜会のことでしょう?」
想定したと言わんばかりの淀みのない返答に、クレア王女は称賛するように小さく笑う。
「ふふっ、流石に耳が早いわね」
「だって、夜会の情報を国にリークしたのは私だもの」
「……」
クレア王女は無言になって紅茶に口をつける。少し耳が赤い。
「俺、その話知らないんですけど……」
夜会のことをアリーシャ様が掴んでいるなんて知らされていなかった。そのことを少しだけ不服に思っていると、アリーシャ様は困ったようにいう。
「だって、レイドはこの間まで冒険者のランクを上げるので忙しかったじゃない。当日まで手を出してくる可能性の低い相手の情報を教えても余計な気を張らせて仕事に支障をきたすだけじゃない」
「うっ、それはまぁ……」
「本当は貴方たちが帰ってきたら話す予定だったのだけど……」
その前に俺が厄介ごとに巻き込まれちゃったと。
主人の言い分を飲み込んでいると、小さな咳払いが聞こえた。そちらを向けばクレア王女が真剣な顔つきでこちらを見ていた。
「……彼を巻き込んでしまったことは謝るわ。それを承知でお願いします。アリーシャ、凶賊たる夜会からフェニキシアを守るために力を貸してもらえないかしら?」
クレア王女が頭を下げて頼む姿に、思わず息を呑んだ。
貴族だの政治だのに疎い俺にだって、王族が臣下である一貴族に頭を下げる行為がとても重い意味を持つことくらいわかる。
けれど、
「嫌よ」
アリーシャ様は一蹴した。
この国の王女であり、友人であるはずの相手の頼みを一考する様子もなく払いのけた。
「アリーシャ様!?」
計算高く利己的なところはあるものの情に厚い方であると思っていただけに、彼女がクレア王女の頼みを拒否するというのは俺にとってとても衝撃的だった。
「な、なんで断るんですか?」
「なんでもなにも……この子が頼み方を間違えているからよ」
「頼み方……?」
「クレアはわかっているわよね?」
いつもと違ってどこか冷たさを感じる微笑を向けられたクレア王女はばつが悪そうに目を逸らした。
「クレア。私は貴女のことは好きだし、友人として心から慕っているわ。身の安全のために護衛が欲しいのなら人を貸し出すし、討伐に乗り出すなら喜んで手を貸しましょう。けれど、その頼みの主体はクレアでなきゃダメ。友人のクレアのためになら動いてあげるけど、王国のために働く気はないわ」
「……結果は一緒じゃない」
「結果はね。内容と過程はまるで別物よ」
アリーシャ様に譲る気がないのを理解したのか、諦めたようにクレア王女は息を吐いた。
「はぁ……アリーシャ、私に力を貸してくれる?」
「いいわよ。元々奴らは潰すつもりだったしね」
張り詰めていた空気が消え去り、二人の間に先ほどまでのような柔らかな雰囲気ができ始める。
それについていけないのは、俺だ。
「……あの、さっきのも普段通りのやり取りなんですかね?」
「そうねぇ……割と良くあるわね」
「いつもではないですけど、たまに」
あの恐ろしく気まずい空間がそれなりの頻度で形成されながら、平然と仲のいい友人として互いを紹介するあたりやはり貴族はおかしいと思う。
「それじゃあ、取り決めの方だけど……夜会の討伐には積極的に参加するわ。分かっていると思うけど、王国の指揮下には入らずにこちらは勝手に動くけどいいわよね?」
「いいもなにも、最初からそのつもりじゃない。それに、アリーシャのところの人が言うこと聞かないでしょ?」
「それで次にクレアの護衛の件だけど……レイドを貸してあげるわ」
「喜んでっ!」
不貞腐れた様子のクレア王女だったが、俺が派遣されると聞いた瞬間に喜色満面の笑みを浮かべて飛び上がる。
俺としては今しがた騎士に取り立ててもらう話を蹴った相手の護衛につくことになって非常に複雑な気分だった。
「アリーシャ様……」
「よろしくね、レイド」
アリーシャ様から言い出したことでもあり、彼女からGOサインが出ている以上は雇われの身である俺はクレア王女の元へと向かわなくてはならない。
「ふふっ、別に引き抜いてしまってもいいのよね?」
「できるのならね」
どうもまだ諦めていなかったらしい。対してアリーシャ様は俺の内心を察しているため余裕の態度だ。
クレア王女の元へと移ろうと思はないのは、恩義や待遇だけが理由ではない。さっきも言ったように職場の環境が気に入っているからだ。
アリーシャ様という気前のいい上司がいて、先輩にはヨハンやおっかないがケイトさんという頼れる二人がいる。そして同僚のウルとモカという後輩とで冒険者時代の経験を生かせる仕事をこなす日々。
給金も高く、衣食住も保証されていて職場環境としてはこれ以上望むべくないくらいの好待遇だ。
正直、現状に満足しているし転職する理由がない。
何より人間関係。
俺は、クレア王女の足置きとなって恍惚な表情を浮かべる彼女へ視線を向ける。そう、俺を誘拐犯だと勘違いし痛めつけてくれた女騎士様である。
一緒に働くなら迷いなくウル達を選ぶ。
けれど、話からして少しの間とはいえこの人と共に仕事をすることになる。
本音を言う。
この変な人と一緒に働くの、嫌だなぁ。
お読みいただきありがとうございました。
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