60.不意打ち
短いです
アンの頼みを受けることにした俺は、護衛として彼女の後ろについていく。
何となく景色が見覚えのあるところを通っていると気づき、彼女が王女様の要請をとある貴族に届けに行く途中だったことを思い出す。
貴族街と呼ばれている貴族の屋敷が立ち並ぶ区域を目指しているのだろう。当然、アリーシャ様の屋敷もそこにある。俺も今はその屋敷で暮らしているのだから周辺に見覚えがあって当たり前だ。
「……そういえば王女様が協力を求める相手ってどんな相手なんだ?」
「端的に言うと、変わった方、ですね」
変人、ということだろうか。
貴族の中には変態的な趣味を持つ者が多いなんて聞いたことがあるけれど、そういう類なのかもしれない。
でもそんな人物に王女様が協力を頼むのか?
命の危険を感じているのならありえなくはないか。
「色物じゃなくて、もっと普通の相手にすればいいのに」
「有力な家はその力のほとんどを自衛に回していますし、援軍も他の王族の警護に配置されます。王女殿下のところ来るのは正直いって余りものです」
「正直に言いすぎでしょうよ……」
しかし、王女様のところに回される警備が少ないというのはどういうことだ。王女様だって王族だろう。
疑問を口にするとアンは不機嫌そうに教えてくれた。
「それは国王陛下が現状で王女殿下の守りは十分だとお考えだからです。今回の主役である第三王子殿下や国王陛下、長子である第一王子殿下に比べれば狙われる可能性も低い。狙われそうにない王女に警護を固めるなら別のところに人員を行き渡らせる方がいいということなのでしょう」
「国王様は今の守りで大丈夫だと思ってるけど、王女様本人はそう思っていないってこと?」
「そうです。そして、個人的な伝手があり力を貸してくれる余裕があるのはその方くらいしかいません」
「……どっちの言い分もわからなくはないなぁ」
国王様としては国を守るために限りあるリソースを有効に活用したい。娘である王女様にもちゃんと護衛は配置している。
けれど、自分の命を守るために手を尽くしたいという王女様の行動もわかる。
アンとしては仕えている王女様にもっと護衛を増やしてほしいのだろうけれど。そうはいかないとわかっているから、王女様は自力で防衛戦力を増やそうとしていて、この子はその手伝いを買って出たのだろうな。
「その人は嫡子ではなかったものの、自力で精霊と契約を交わし、さらに国に大きく貢献したことで新たに爵位を与えられたほどの人なんです」
「少し聞いただけでもすごく優秀なのは分かった気がする」
だけど変人、なのか。
「優秀な人です。良くも悪くも影響力が強く、周囲を振り回す自由人でもありますけどね。そのせいで妬まれることが多いとか」
「かなり癖が強そうだな。王女様の頼みでも平気で蹴ったりして」
「まあ、十中八九断られることはないと思いますよ」
あ、少しはあるんだ。
「……ちょっと気になったんだけど、貴族ってのはどいつも精霊と契約してるものなのか? 俺の知ってる範囲ではそういう人はいなかったんだが」
もしくは、俺が知らないだけか。
アリーシャ様やゴーシュさんも精霊と契約しているのかもしれない。
「すべての貴族が精霊と契約しているわけではありません。ただ、精霊と契約を結べたのならばそれだけで貴族になれる功績にはなります」
「マジで?」
「精霊の加護は血族や土地にたくさんの恩恵を与えますからね。例えば、小さな土地でもほぼ毎年平均以上の収穫が見込めるようになれば、国にとっても利益になりますよね。武力や魔力に秀でた子が国に仕えるようになれば、軍事力の強化につながります。貴族に取り立て爵位を与えるには十分な功績になのです」
つまりは、地位と土地を与えて国に縛ろうってことか。
豊作の約束された土地に、屈強な騎士や優秀な魔術師が手に入るのなら、そりゃあ国も厚遇するわな。
「フェニキシア王国は、初代国王を筆頭にその臣下たちが精霊と契約したことが建国の始まりです。詳しい歴史は省きますが、周辺の精霊と共存する民族が蛮族からの庇護を求めて来た結果、徐々に国が大きくなる一方で様々な精霊を受け入れるようになっていったんです。知ってますよね?」
わかって聞いてるな?
もちろん知らなかったよ。一般常識が不足してて悪かったな!
「精霊と血筋による契約をしている貴族の血筋を辿ると、初代の臣下や庇護を求めて来た民の族長に行き着くんです。何百年も前から親から子へと代々契約を受け継いで、今もそれは続いています。もちろん、途中から加わった家もありますけれど、精霊と契約している貴族というのはそういった子孫なんです」
「精霊との契約って家宝みたいなんだな」
「みたい、ではなくて家宝そのものですよ。実際に、時代の当主が契約を受け継ぎますからね」
「まあ、そうなるか……いや、待てよ? 次期国王でもない王女様や王子様がさっき精霊と契約してるって言ってなかったか?」
「それは、王家が契約しているのが『大精霊』だからですよ。大精霊は普通の精霊より上位の存在で、眷属として他の精霊を従えています。一代限りですが、兄弟姉妹も守護精霊として眷属の精霊と契約できるんです」
普通の精霊は後継者一人にしか継がせされないが、大精霊の場合は自分の部下を次の世代に契約させるそうだ。とは言っても、全員ではなく契約者の子の中かでも大精霊が認めた者だけが守護精霊と契約できる。そして、来たる時が来れば大精霊は後継に相応しいと認めた子と契約をするのだという。王族でいうと、現国王から次期国王への世代交代するときに契約が改められるのだそうだ。
「フェニックスは光と炎、死と再生を司る大精霊で、その眷属たる守護精霊もその系統に属する力を備えているのですよ」
誕生祭では民衆に守護精霊の力の一端を見せるパフォーマンスが行われるのだそうだ。
国民にとってはこれが一番の目玉だそうで、その時が一番城下が賑わうとのこと。
15歳にもなって国全体で誕生日パーティーなんて公開処刑だよなー、などと王子様には少々同情していたのだが、そんな面白そうなものが見られるのなら俺も積極的に参加してみるのもいいかもしれない。
「大勢の国民が誕生祭を楽しみにしているのです。愚か者たちに台無しなどさせてなるものですか」
「……そうだよな」
当日は民衆に無料でご馳走や酒が振る舞われたり、大道芸や演奏など様々な催しが行われて王都中が盛り上がる。
国の守り神ともいえる大精霊の契約者である国王を民は敬意を抱き、善政を敷いているため好感と信頼を寄せている。
成人を迎える第三王子の目出度き日が来るのを多くの人間が喜び心待ちにしているのだ。
「夜会のやつらの好きにさせてたまるかよ」
今日だってウルシとモカは楽しそうに市場を見て回っていた。当日になればもっと多くの屋台や催しがあるはずだ。あのはしゃぎっぷりなら二、人は、は…………。
「レイドっ!」
「…………は?」
不自然な感覚にふと視線を下げる。
いつの間にか、わき腹からナイフが生えていた。
黒塗りの小さなナイフで、じわりと赤い色が滲んでいく。
痛みはない。だから、刺されたことにも気づかなかった。
――――――いったい、いつ?
視界が揺れる。




