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31.帰るとメイドが転がっていた

「レイドさんは冒険者でしたよね? ランクはいくつなんですか?」


 食事を終えて片づけを済ませると、談話にミリィも混ざる。昼食の準備を買って出たために、会話に参加できず母親だけが楽しんでいたのが余程悔しかったらしい。席に着くと同時に積極的に話題を投げかけてきた。


「元Cランクだよ」


 冒険者にはランク制度が存在し、その階級によって受けられる仕事や支援、掛ってくる義務が変わってくる。階級はSSSからGの十段階で、俺はその真ん中あたりまでいっていた。


「へえ! Cランクですか。私とそんなに年が変わらないのに――――ん? 『元』?」


 少しオーバーに思えるくらいに驚いてくれたミリィだったが、ランクの前についていた言葉に気づいて小首を傾げる。

 隣のオルラさんも不思議そうな顔だ。


「元ってことは、今は冒険者じゃあないんですか?」


「今は……なんだろう、一応貴族の一兵卒かな?」


「貴族!?」


 まだ仕事らしいことをしていないが、正直に居候状態だとは言いづらいため、取り繕う様な言い方になってしまったのだけど、二人は貴族というところに反応した。

 まあ、先日貴族に酷い目に合わされたので過敏になっているのだろう、と判断したのだが、どうもおかしい。


「……あの、釈放されてから何があったんですか?」


「ん? ああ! 俺が仕えてるのはあの馬鹿貴族とは別の方ですよ。あの男の手先とかじゃありませんから」


「そ、そうですか。……えっと、なんで貴族に仕えることになったんですか?」


「そりゃあ、買われたからですけど?」


「買われた? 雇われたってことですか?」


「いえ、奴隷商で買い取られてですね」


「奴隷商?」


 ……なんだか会話がかみ合っていない様な。

 どこかお互いの認識に齟齬が生じている気がする。

 そう感じていたのは俺だけではなかったようだ。


「あの、レイドさんは無事に釈放されたんですよね? なんで奴隷商なんかに?」


 頭上に疑問符が大量に浮かんで見えそうな困惑顔のミリィの問いかけで、このすれ違いの謎が氷解した。

 そういえば、あれからのことについては全く話していない。オルラさんが食事の用意をしている娘に配慮してか、さっきはあまり踏み込んだことを聞いてこなかった。何となくそれを察して、俺も当たり障りのないことしか喋っていない。

 ならば彼女たちは、俺が貴族に暴力を働いたことで犯罪奴隷に落ちたことを間違いなく知らないだろう。しばらく拘留されていて、最近解放されたくらいに思っているのかもしれない。


 だとすると、さっきのは完全に失言だ。

 助けられた相手が奴隷落ちしてるなんて知ったら、今まで以上に気をつかわせてしまうこととなる。

 今からでもなんとか誤魔化せないかな、と二人の表情を窺うが……手遅れだった。

 ミリィはまだ困惑しているけれど、俺たちの会話を横で聞いていたオルラさんは顔が硬直し真っ青になっている。


 ……あー、不味ったなぁ、こりゃあ。


 ここで下手に誤魔化すと、悪い方向に勘違いして余計な心配を掛けそうだ。あの日からかなり気にしていたようなので、それは嫌だ。

 うーん、別に隠さなくちゃいけないことでもないし、正直に話しちゃったほうがいいかもしれないな。


「勘違いしているみたいだけど、貴族を殴った罪で処罰されたんだよ、俺」


「……へ?」


「それで、犯罪奴隷になったんだけど」


「…………へ?」


 衝撃を受けすぎたせいか、ミリィが数時間前の俺みたいになってる。オルラさんに至っては蒼白になって魂が抜けたような顔になっている。

 だ、大丈夫か? 話聴こえてる?

 しかし、ここで話を止めるとどこにも安心させる材料がない。二人に正気に戻ってもらうために、俺は早口で現状に至るまでの経緯を話した。


 もちろん、闘技場の話は飛ばした。心配かけるだけだし、竜と戦ったなんて信じてもらえるか怪しいし、信じてもらってもブラックな職場ではないかと不安がらせてしまう。

 ……うん、ブラックではない、よね?


「…………そんなことになってたなんて」


「ミリィ、ちゃん?」


 話を終えると、目に涙を湛えたミリィは顔を俯かせて肩を震わせていた。

 今の話に泣く要素がどこにあったのか全く分からない俺は、彼女の暗くなった表情に困惑するしかない。


「わ、私、ずっと心配だったんです。兵士に連行されていく貴方を見て、もしかして処刑されてしまうんじゃないかって。助けてくれた相手にお礼も言えず、私のせいで死なせてしまったんじゃと思うと眠れなくなりました。でも今日、レイドさんに再会したら考えすぎだったんだって安心しちゃって、やっと会えて嬉しくて舞い上がってたんですけど、でも本当はそんなことなくて、だから全然レイドさんのこと考えられてなくて、それで」


「ごめん、泣かないで! 俺が悪かったから!」


 段々と言葉が気持ちに追い付かなくなっていくミリィに駆け寄り、必死に謝りながら彼女を宥める。

 自分を責め続ける少女の姿に、彼女がどれだけ俺のことを心配してくれていたのかが痛いほど伝わってきた。


 もっと早くに会いに行っていればよかった。

 犯罪奴隷だからと、視線に怯え拒絶されることを恐れて、屋敷で呑気に過ごしていたことを激しく後悔する。


 襲撃を受けたからとか、負けられない試合があるからとか、そんな言い訳を並べてあの新米冒険者の少女のように、助けた彼女から拒絶されることを恐れていた。けど、それが間違いだったことが今わかった。

 俺が牢に入れられてからずっと、彼女の身を案じていたのと同じように、彼女もあの日以来ずっと俺のことを気にかけてくれていたんだ。

 だから、一日でも早く無事な姿を見せてあげることが正解だったんだ。


「レイドさんは悪くないです。無神経にはしゃいでた私の方が悪いんです」


「……逆だよ、はしゃいでくれた方が、良いんだよ」


「え?」


「俺も不安だったんだよ。俺が助けたことで余計に貴族を怒らせて、もっと大変な目に合わせてるんじゃないかって。でも、実際は俺が無事だったことを喜んでくれただろ。すごく嬉しかったよ」


「レイドさん……」


「俺はミリィちゃんたちが無事だっただけで十分なんだよ。オルラさんは俺がやったことを早計だった、間違いだったなんて思わないでくれっていたんだ。被害者で、俺が助けた君自身が自分のせいだと責めないでくれよ。じゃないと、また俺がしたことに自信がなくなる」


 自分に過失がなかったかどうかは否定はできない。けれど、元をたどればすべてはあのバカ貴族のせいなのだ。

 連れ去られそうになったミリィも、助けようとして牢に入れられた俺も、どちらも傲慢で我儘な男の被害者だ。

 どっちが悪かったとか、今更自責の念で自分を傷つけるよりは、あの男の悪口でも言って気分を晴らす方がいい。

 それよりも、さっきまでのように会話に花を咲かせるほうが有意義な時間の使い道だと思う。


「……そうですね。すみません」


「別に謝らなくていいさ。俺たちはお互いに迷惑を掛けられた側なんだし」


 申し訳なさそうにしていたミリィは、袖で目元を拭い顔を上げると晴れやかな笑みを浮かべていた。


「なら、あらためて――――ありがとうございました」



   ◇



「それじゃあ、またお店に来てくれるんですか?」


「ああ。やることは冒険者時代と変わらないからね」


 仕事の内容から、また以前のように店に通えるようになりそうだと伝えると二人はとても喜んでくれた。


「よかったわ。最近、レイドさんだけじゃなくて他の冒険者の方も何人か見られなくなってしまって。ちょっと寂しく思っていたのよね」


「……そうなんですか?」


 冒険者は自分に見合った稼ぎを得るために各地に移動する。最近見かけなくなったというのなら拠点を移したと考えるのが妥当だが、時期が引っかかった。

 あと一か月ほどで何番目彼の王子の誕生祭が行われる。街を上げてのお祭り騒ぎになり、そんな大きなイベントが近いということは冒険者にとっての稼ぎ時でもある。

 様々な素材の収集依頼が持ち込まれ、やってくる人々の安全を確保するために周囲の魔物や盗賊の討伐に駆り出される。物資の輸送やその護衛、当日の警備など狙い目の仕事が山のように張り出される。

 最たるは祭りでは美味い飯や酒にありつけるというところだ。今この時期に王都にやってくることはあっても拠点を移すことは考えにくい。


 もちろん、依頼で遠出していたり他の理由があって店に顔を出せないのかもしれない。けれど、冒険者の顔が見えないと言われて最初に思い浮かぶ原因は――死だ。

 魔物との戦いに敗れたのか、はたまた探索中の事故か。

 そんな憶測を一瞬で振り払う。


「冒険者なんて根無し草ですからね。いつの間にか勝手にどこかに行っちゃう連中ですよ。まあ、時期的に考えても仕事で手間取って帰りが遅くなっているだけでしょうけど」


 王都の周辺で冒険者が死亡することは少ない。王国騎士団が治安維持に努めていて、冒険者の手に負えない様な魔物が出てもすぐに討伐されてしまう。地理も完全に把握されていてどういうところが危険なのかは素人でも調べればすぐにわかる。

 不測の事態か余程のへまをしない限り、この辺で死ぬことはない。


「そうだよお母さん。レイドさんみたいに無事に帰って来てくれるよ」


「もう、あんたは楽観的なんだから」


「でも、騎士団のおかげでこの近くには凶悪な魔物なんていませんしね。心配するようなことはないと思いますよ」


 まさにゲームの序盤みたいなところだからな。新人冒険者の死亡率が一番低いのも王都だとギルドの人間から聞いたことがあるくらいだ。

 手強い魔物がいないので、新人教育には都合がいい。たまにすぐに強敵と戦いたがるやつとかがいるが、そういう事故の心配がない。


 ……そんな安全な場所のはずなのに、なんで俺はドラゴンなんかと戦うことになったんだろうか。


 遠い目をしていると、玄関の方が騒がしくなった。


「あ、お父さんたちが帰ってきた」


 出かけていた父親と息子の二人が戻って来たらしく、ミリィが出迎えに行った。

 帰ってきた二人は家に上がっていた俺を見て訝しんだが、先日の恩人だとオルラさんが説明すると相好を崩し感謝の言葉を並べられた。


 このままだとずっとお礼の言われ続けそうなので、俺はそろそろお暇させてもらうことにした。


「そうですか、俺もぜひお話をさせていただきたかったのですが」


「すみません。挨拶だけのつもりで、主人には遅くなるとは言っていなかったんですよ」


 たぶんアリーシャ様は怒ったりしないだろうが、建前は大切だ。


「また店には寄りますから、その時に最高のパンを売ってください」


「わかりました。用意しておきましょう」


 ニヤリと得意そうに笑う旦那さんと握手をし、他の家族とも別れの挨拶を済ませる。


「あの、レイドさん!」


 結構長居してしまったな、と外に出て日の落ち始めた空を見上げていると、ミリィが玄関から一人で出てきた。

 何か忘れものでもしたか?


「あの……えっと……あ、ありがとうございました!」


「ははは、だからお礼はもう十分もらったよミリィちゃん」


「……」


 律儀だなぁ、と若干顔を赤くした彼女を見て笑っていたら、表情が不満そうになる。


「レイドさん、一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」


「うん? 俺に出来ることなら構わないけど」


「私、実は『ミリィちゃん』って呼ばれるのあまり好きじゃないんです。子供っぽくて」


 そうなのか。他の客たちが呼んでたから同じようにしていたのだが、彼女は気に入っていないようだ。


「じゃあ、これからはミリィさんで」


「それも他人行儀で嫌です。他の人ならまだしも、レイドさんに言われると距離を取られたみたいに感じます」


「……えーっ、じゃあ、呼び捨てにしろってこと?」


「はい、ぜひミリィって呼んでください。あと、喋り方もかしこまらなくていいです」


 女の子を呼び捨てにするなんて……と考えたところで、そういえばウルシも呼び捨てにしていたことを思い出した。それに、女冒険者も普通に呼び捨てにしてたし……いや、あれを女としてカウントしてなかっただけか。

 前世はほとんど異性の関わりがなかったけど、今世は女の人との関わりも多い。それに気づくと、無意識にあった引け目が消えたような気がした。


「じゃあ、ミリィ。また来るよ」


「はい。お待ちしています」



   ◇



 帰りの足取りは非常に軽かった。

 気がかりは解消され、可愛い女の子と仲良くなれた。

 これで気分が良くならないわけがない。


「ただいまー!」


 弾んだ声で屋敷へと戻った。

 そして、高揚していた気分は一瞬で霧散した。


 だって、目の前で人が倒れているのだもの。


「え? ナナ、さん?」


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