9.土下座から始まる試合支度
「武器と毒を無効にする魔道具を貸してください」
第一回竜人対策会議は俺の土下座から始まった。
ケイトさんが汚い頭絨毯につけてんじゃねぇよ、みたいな目で見降ろしているような気がするが気のせいだと思いたい。なんか俺嫌われてんだよなぁ、なんでだろ?
まあ、ケイトさんの視線にめげている場合ではない。
何としても魔道具を借り受けなければ、俺はディーとの戦いに絶対に勝てない。
碌な準備もせずに毒を持つ相手と戦えば死ぬ。
これはディーに限ったことではなく魔物にも当てはまることで、冒険者時代にそれを疎かにして死んでいった冒険者は少なくない。かくいう俺も、駆け出しのころに解毒薬をケチって死にかけたことがある。
昨日の試合みた後にアリーシャ様にディーの戦法を聞いてみたのだが、やはり爪牙には毒があり、溶解液や毒霧を吐けるらしい。
さらに鱗に毒液を纏うことができるそうなので始末に負えない。あの人食いスライムの死因でもある。
こんな完全毒武装の野郎に耐毒装備の一つでも用意しなければ即死である。
靴をなめてでも高価な魔道具を貸してもらわなければならない。
果たして、お嬢様の返答はと言うと、
「いいわよ」
思いのほかあっさりとお嬢様から了承を貰えた。
紅茶を飲みながら二つ返事でだ。
「け、結構高いと思うですけどいいんですか? 魔道具だけじゃなくて、武器も溶けたりしないやつですよ?」
「レイドが勝つために必要なんでしょ? 渋る理由がないわよ」
そ、そうだよな。俺が勝たないとお嬢様は相手の貴族から結婚を迫られるかもしれないんだよな。端から断るわけがない。
「それに、貴方が言ったのってそんなに高価でもないでしょ?」
くっ、金持ちめ……。
溶解液にも耐えられる武器なんて中級冒険者の収入が数か月は吹っ飛ぶレベルだし、毒を無効化する魔道具なんて上級冒険者でもそう手が出るものではない。てか、貴族でも普通に高いと感じる値段だと思うんだけど。
この人の金銭感覚が心配だ。
「じゃあ、武器はメイスと盾でお願いします」
竜人の鱗は硬く、全身に鎧をまとっているのと変わらない。そんな相手に刃こぼれを気にしなくてはならない剣で挑むなんてしない。打撃武器でぶん殴ってやった方がよっぽど効果的だ。俺は剣士ではなく戦士だ。剣に拘りはないし、他の武器も普通に扱えるので問題なく戦える。
「あら、そんなのでいいの?」
「えっ?」
だというのに、お嬢様は不思議そうに目を瞬いた。
なにか見落としがあっただろうか?
「この戦いは私と貴方の人生がかかっているのよ? そんな毒で溶かされないだけの装備じゃなくて、もっと強力な武器を用意するわよ?」
なんと、お嬢様は俺の頼んだ装備よりもさらに高価なものまで準備してくれるらしい。
俺が頼んだものでも合わせればかなりの額になるのだが、それの上を行くものを揃えてくれるとは。表情を見る限り強がりでもなさそうで、普通に用意してくれそうだ。貴族と言うのは想像以上に金があるみたいだ。
「別に今から調達しなくても、屋敷の倉庫に魔道具の武具はいくつか転がってたはずよ。その中から使いたいものは好きに持って行っていいわ」
わぁお、お嬢様ったら太っ腹ですね。
魔道具なんてそんな簡単に貸し与えるものじゃない。そりゃあ、ピンキリあるし庶民でも手が届く値段のものもあるが、貴族の屋敷にしまってある魔道具なんて桁が三つくらいは違うはずだ。
「えーっと、どんなのがあるんですか?」
「毒を無効化するアミュレットはあったわよね、ケイト?」
「はい。他には、雷を纏う剣、受けた衝撃を倍にして返す盾、魔力を籠めている間装備者の身体能力を二倍にする腕輪、一定量の血を染み込ませると魔獣を呼び出せる短剣、数秒先の未来を映すモノクル、纏う魔力量が勝れば何でも貫ける槍、投げれば必ず当たる大斧、一日に二回だけ上位魔法をランダムで発動させられる両手剣、あとは」
つらつらと倉庫にある魔道具の内容を上げていくケイトさん。
よく覚えてるなぁ、と感心できたのは最初だけ。一向に彼女の口がよどむことなく動き続けて次第にアリーシャ様の所有している魔道具の数に驚くのを通り越して呆れ始めた。
何十個転がってるんだよ。
もうすでにどんな魔道具があるのか覚えきれなくなったので、三桁の大台に乗る前にストップをかける。
「あー、じゃあそんなとんでもアイテムで装備をガチガチに固めれば余裕で勝てるから、あんな賭けに乗ったんですか?」
こんだけ魔道具が選り取り見取りなら、毒の竜人が相手でも楽勝だろう。毒の対策や身体能力の差も解決できる。
負ければ何でも言うことを一つ聞かなければいけないが、逆に言えば何でも一つ言うことを聞かせられるということだ。権謀術数の渦巻く貴族の間では強力な手札になる。
そんな安易な考えが浮かんだのだが、お嬢様は首を横に振って否定した。
「闘技場では使える魔道具は三つまでがルールよ。制限しないと、貴族がスポンサーについてる選手にどんどん装備させて、ただの魔道具をひけらかすだけの試合になっちゃうでしょ。選手の強さじゃなくて、スポンサーの財力や人脈で勝負か決まるようにならないようにしているのよ」
「ああ、確かに」
俺が思いつくような姑息な手段は誰でも考え付くようだ。その対策もすでに運営側に立てられていた。
三つというのは、試合が成立しかつ盛り上がるラインなのだろう。
「それに、向こうは私が後ろについてるのを知っているから、当然相手も魔道具で装備を固めてくるでしょうね」
そうか。じゃあ、装備の条件はイーブンということになるぞ。
前提条件として負けているので、ディーの優位は揺らがないではないか。
俺が毒対策に魔道具を用意すれば、残りの武装に使えるのは二つ。対してディーは三つも魔道具を用意できる。
残り二つの選択はよく考えないといけない。
……なんてこった、俺はあまり頭が良くないというのに。
「安心しなさい。用意できる魔道具の質は私の方が上よ」
自慢気に胸を逸らし、指を鳴らす。すると、隣の部屋からヨハンがカートを押して現れた。
どうやらずっとスタンバってたみたいだ。
カートに乗せられていた魔道具がテーブルに並べられていく。
「この剣は風の魔剣。風の刃を飛ばし、暴風の壁を生み、疾風のごとく駆けられる。この鎧は名工ガープの作品よ。身体能力を向上させ、さらに傷を癒し体力も回復してくれるわ。この盾はダンジョンからの出土品。あらゆる魔法を跳ね返し、状態異常を防いでくれるの。私が見繕ったのだけど、嫌だったかしら?」
「いや……」
文句なんてつけられないだろ、これ。
どの魔道具も平民が一生に一度拝めるかどうかという規格外の代物だ。魔剣なんて希少品はもちろん、効果が複数ある魔道具。こんなのを用意してもらって文句なんて言えるはずがない。
これで負けるなんてことは許されないが、まず負けるはずがない。
お嬢様もやはり結婚はお嫌らしい。その本気度が伺える品揃えである。
「この三つで城一つ買えるんじゃないのか?」
「そんなことありません。城三つは買えます。だから壊さないでくださいね」
呟きをケイトさんに拾われ、とんでもない事実を伝えられる。一つで城一つか。
そんなの持って大丈夫か?
ケイトさんはプレッシャーをかけるのが好きなようで、俺の膝は震えっぱなしである。
「あいつが用意できるこれクラスの装備はせいぜい一つくらいよ。それなら勝てるでしょ?」
「勝てますね」
正直、これを上回ろうと思えば神話に出てくるような神器でも引っ張ってこないと無理だろう。
俺の装備が現代の最新鋭のものだとすれば、相手は精々第一次世界大戦くらいの装備しか用意できないのだ。それで真正面からやり合って負けるだろうか?
「でも、ここまで来るとなんかズルい気もしますね」
「あら、勝てるなら構わないでしょ?」
「そうですね」
正々堂々とした勝負?
ディーはそういったものをお望みかもしれないが、残念ながら状況がそれを許さない。この勝負にはお嬢様の運命がかかっているのだ。
つまり、仮にお嬢様がお嫁に行くようなことになれば、俺は隣に控えているメイドさんにお仕置きされてしまう。
そんな恐ろしい結末は何としても回避させてもらう。
彼には彼の矜持があるのだろうが、俺にだって譲れないものがあるのだ。
不服なら再戦するのは構わないが、今度の試合は負けるわけにはいかない。問答無用で叩きのめさせてもらう。
「試合は一週間後でしたよね。絶対に勝ってきますよ」
「楽しみにしているわ」
ルールに抵触しているわけではない。俺とお嬢様の運命もかかっている。やれることはなんだってやって勝つべきだ。
懸念があるとすれば、ただ一つ。
「絶対に壊さないようにしよう」
弁償、それはとても怖い言葉だった。




