プロローグ 神との邂逅
思いついたので
気がつくと白い空間にいた。
天地の境もなくただ白いだけの非現実的な光景に呆然としながらも、なぜ自分がこんなところにいるのか思い出そうと頭を働かせる。
「……そうだ俺、トラックに撥ねられて」
まさか、これは。
「そう、君は死んだんだよ」
自分以外の声に驚いて後ろを振り返る。
そこにいたのは、『天使』だった。
柔らかな長い金色の髪。子供くらいの体躯で、ゆったりとした白いローブに身を包んでいる。頭の上には金色の輪が輝き、純白の翼を優雅に羽ばたかせていた。
想像を裏切ることのないまさに天使といった姿だった。
そこまでは。
「ああ、勘違いしないでよ。僕は天使じゃないよ。神様だよ」
そうか、天使じゃなくて神様なのか。
――――このオッサンは。
金色の髪も頭に浮かぶ輪っかも白い翼や衣装はとても神々しい。
だが、顔はオッサンだ。
しかも日本人の。
四十代くらいの中年といったところだろうか。
ぼさぼさの眉に髭の剃り残しの目立つ口周り。泣きぼくろと言うには低い場所にある大き目の黒い点からはちょろんと一本毛が生えている。
髪は金色なのに他の毛はすべて黒なので、日本人のオッサンが金髪のヅラをかぶっているようにしか見えない。
神と名乗るオッサンを観察していると、やけにパッチリとした目と合う。
「これ、地毛だから」
証明するかのようにばさりと髪を払うオッサン。
確かに一ミリもヅレない。
異様にサラサラなのがなんか腹立つな。
「えっと、あなたは神様なんですよね」
これが夢ではないのはわかる。
目の前が神と言う超常の存在であることも。
まあ、顔はオッサンだが。
「あまり堅苦しいのは好きじゃないだよ。気軽によっしーって呼んでよ」
神様はとてもフランクだった。
よっしーってなんだよ。
どこぞの緑色の恐竜みたいな名前だ。
そんな神様聞いたことねぇよ。
「えー、よっしーさん? あなたが俺をここに呼んだんですか?」
「そうだよ。君は輪廻転生の権利を得たんだよ」
「マジで!?」
「マジだよ。日本の男性はトラックに轢かれそうになった女の子を助けて代わりに死ぬと異世界に転生できるんだよ」
なんと、衝撃の事実だ。
俺が助けたあのパグは雌だったのか。
「君はマロンちゃん(二才)の命を救ったからその権利が与えられたんだよ」
犬を救って転生できるだなんて幸運なことではないだろうか。
いや、死んでいるのだから不幸なことだぞ、俺。
しかし、死んでしまったものは仕方ない。生き返ることはできないけど、新しい人生を歩めることはやっぱり幸運なのだと思う。
家族や友達には申し訳ないけどな……。
「あの、よっしーさん。異世界に転生って言ってましたけど、もしやいわゆる剣と魔法のファンタジー世界だったりとか」
「するんだよ」
異世界転生なら聞いておかなくてはいけないだろう。
魔法。
そう、魔法がある世界に行けるのだ。
死の悲しみから一転して小躍りそうなほどの喜びが湧いてきたが、ここは神の御前である。自重しよう。
「踊らないの?」
「心読まないでよ、よっしー」
やはりこんな見た目でも神。俺の心が読めるようだ。
結構失礼なこと思ってたけど怒られないかな?
神様だし、そんな狭量じゃないはずだ。よっしーは心が広いそうだから大丈夫だ!
「そんなに慌てなくても怒らないんだよ。僕、こんな容姿だから変な風に思われるのは仕方ないんだよ」
「よっしー……」
「だから、『こんな変なオッサンじゃなくて駄女神でも美少女がよかった』なんて思われてても全然気にしてないんだよ」
「ごめん、よっしー!」
そんなこと考えてごめんなさい。
普通に気にしてるんだけど。
オッサンは繊細な生き物と言う噂は本当なのかもしれない。
「本当に気にしていないんだよ。……それじゃあ、そろそろ君の魂をあちらの世界に送るとするんだよ」
「あ、ちょっと待って、もう一つ聞きたいことが」
でも、さっきのこともあって聞きづらいな。
「いいんだよ。僕は心が広いから言ってみるんだよ」
「やっぱ気にしてんじゃん。……えっと、チート能力なんて貰えたりとかしないのかなーって」
神様との邂逅からの異世界転生。
この流れながらチートが手に入ってもおかしくない。
できることなら俺TUEEEとかしてみたい。
俺の質問によっしーは難しそうな顔をして唸っている。ちょっと厚かましかっただろうか。
フィクションを参考にして聞いたけど、本当なら転生させてくれるだけでも好待遇だ。
それにチート能力までくれというのは欲張りだっただろうか。
……でもここで発言を取り下げるつもりはない。チート能力欲しいし。
ダメと言われたら引き下がるけどさ。
「君が思っているようなすごい力はあげられないんだよ。世界のバランスを崩すことになりかねないから、神として認めることはできないんだよ」
「……そっか」
まあ、そういうことなら諦めるしかないか。
チートはなくても魔法はあるのだ。それで十分だろう。
宮廷魔導士とか目指してみようかな。
馬鹿だけど、現代知識チートとかできるかもしれないし。
夢が広がる。
「でも、ちょっとしたサービスくらいはしてあげるんだよ。身体を丈夫で病気になりにくくしといてあげるんだよ」
「あ、ありがとうございます!」
チートとは言えなくても結構すごいのではないのか。
日本ほどの衛生を期待できないだろうし、そこで身体が丈夫で病気になりにくいというのは十分にアドバンテージになる。
生まれてすぐに病気で死んだりしたらたまらない。
よっしー、あんたいい神様だよ。
「うんうん。そんな風に敬うといいんだよ」
サービスしてくれたからか、よっしーがちょっと違って見える。
顔や喋り方に愛嬌を感じるようになってきた。
我ながら現金なものだ。
「よっしー心遣いを無駄にしないよう、向こうの世界では精一杯生きるよ!」
「頑張るんだよ。じゃあ、向こうに送るんだよ」
「はい、行ってきます!」
元気よく返事をすると、俺は光に包まれた。
……そのうち、よっしーにお供えでもしようかな。
21時にもう一話投げ込みます