1.スタートがおかしくないですか、神様
気がつくと俺は牢屋の中にいた。
……もう一度言う。ここは牢だ。
ほわっつ?
「え、まて、なんでいきなり牢の中なんだよ」
石造りの牢の中を見渡し、現状を確認する。
茣蓙とぼろい毛布。それと木製の敷居とそれに隠れるように置かれた排泄用の壺。
壁には鉄格子の嵌められた小窓が一つ。
あとは向こう側に俺と似たような状況の人間が見える檻があるだけだ。
「転生したん、だよな。……スタート地点間違ってないか?」
「おう、起きたか兄弟!」
思考が追い付かず、どうにか頭の中を整理しようとしていると、向かいの檻に入っている男に声をかけられた。
ちょうどいい。この男から情報を集めよう。
「なあ、俺がどうしてここにいるのか知ってるか?」
「おいおい、記憶が飛んでるのか? まあ、そんな変なキノコ食っちまったんだししょうがねぇか」
「キノコ?」
足元を見ると、そこには傘が真っ青な「いかにも」なキノコが落ちていた。
しかも食いかけの。
……状況的にこれを食ったのが誰なのか想像に難くない。
「お前、ここに来てから「こんなんじゃ足りねーよ」って出される食事に文句言っててな、それでついに我慢できなくなって壁に生えてたよくわかんねえキノコ食っちまったんだよ」
「……止めてくれなかったのか?」
「そりゃあ止めたさ。けどお前さん「俺って身体が丈夫なのが自慢なんだ」って言って食っちまったんだ。そんで案の定ぶっ倒れちまったってわけさ」
「馬鹿だなぁ」
「俺もあんな馬鹿は初めて見たぜ。まあ、お前さんのことなんだがな」
そう言って男は豪快に笑う。俺は笑えなかった。
しかし、男の話を聞いているうちに、どんどん記憶がはっきりしてきた。
俺は転生した。それは間違いない。
小さな村の農民の四男として生まれ、レイドと名付けられた。
単なる労働力としか見られていない家に嫌気がさして十五のときに家を飛び出して冒険者になった。それから三年間冒険者として活動を続け、そこそこ充実した日々を送っていた。
しかし、この世界に生を受けてから今に至るまでの十八年の間には前世の記憶と言うものは存在しなかった。
前世の記憶が蘇ったのは、ほんのついさっきだ。
まさか、異世界転生(記憶を持ち越すとは言ってない)というやつだろうか。
「よっしー……」
いや、よっしーに当たってはいけない。
確かに俺は記憶の持ち越しに関しては聞いていない。
彼は約束通り異世界に転生させてくれたし、変なキノコを食っても食中毒で死なないくらいの体を与えてくれたのだ。
前世の記憶がなくて困ったことは一度もなかったし、記憶も蘇ったのだ。それでいいじゃないか。
……走馬燈で前世の記憶まで見たってことなのだろうか。
それよりも、目下問題が一つある。
牢に閉じ込められていることではない。記憶通りなら、時間が経てばすぐにでられるはずだ。問題はその後だ。
前世の記憶を取り戻したというのに、もうすぐで死刑になりそうです。
「なんでこうなった、マジで」
いや、記憶はもうはっきりとしている。
俺が何をやらかしたかと言えば、簡潔に言えば人を殴ったのだ。傷害罪だな。
そして殴った相手は貴族。
ほんと何やってんだよ記憶取り戻す前の俺ええええええええええっ!
このバリバリの封建社会において貴族の力と言うのは非常に強い。
仮に殴ったりなんかすればそんな平民は首ちょんぱである。
「無理やり連れていかれそうになってた娘を助けてそうなったんだろ? カッコいいじゃねぇか。極刑だろうけどな」
俺の呟きを拾って親切に成り行きを教えてくれる向かいの男。
笑ってはいるが、そこに蔑みの色はない。むしろ同情を感じる。
悪い男ではないのかもしれない。いや、捕まっているのだからなんか悪いことしたんだろうが。
事の発端は数日前のことだ。
いつものようにギルドでクエストを受けた俺は、街の外へ出る前に昼食を買って行こうと行きつけのパン屋へ赴いた。
売られているパンは美味しく、可愛い看板娘がいる店で近所でも評判だった。
住民だけでなく、俺のような冒険者や兵士も買っていくことが多い。彼らの目的はパンよりも娘さんの方だったが。
日本のパン屋のように多種多様とはいかないが、数種類のパンが売られているので今日は何を買って行こうか悩んでいると、なにやら店の前が騒がしかった。
近づいてみると、傲慢そうな男が無理やりパン屋の腕を掴み馬車に引っ張り込もうとしていた。
娘の方は涙目になりながら、必死に抵抗していた。
気づいたら、男の顔をぶん殴っていた。
周囲に人が集まっていたのになぜ誰も助けようとしなかったのか、疑問を覚える前に体が動いていた。
俺の行動に周囲が騒然とし、称賛の声に交じって「貴族を殴ったぞ!」と慌てた声を拾ってようやく理解した。やっちまったと。
そのあとは貴族の私兵たちとの乱闘だ。いつの間にか抱きかかえていたパン屋の娘を店の方の中に避難させて、やけくそになって大暴れした。
私兵たちも主に怪我をさせた失態を取り繕うと必死に俺を捉えようとしてきた。
街の兵士たちが駆けつけてくるまで乱闘は続いた。
流石に街の治安を守っている兵士にまで手を上げるわけにはいかなかったので、俺は大人しく拘束された。
そんでこの牢屋にぶち込まれて数日間なんの沙汰もなしだ。判決を言い渡されることなく放置プレイされている。
質素な食事だけでなく、先への不安からストレスがたまり、空腹に負けて壁に生えている食用ではなさそうなキノコに手を出したのだろう。
ここ数日精神的に不安定だったし。
しかし、そのおかげで俺は前世の記憶を取り戻した。
俺の異世界転生は今から始まったと言っていい。
あと少しの人生だけどな。
……こんな転生はあんまりだ。
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