嘘はもう、ないよ
初夏も近づいた頃。
「よし、、と。」
私は鏡を見ながら、唇に紅を引く。
お気に入りのシャネルのリップが、そろそろなくなりそうで、辛い。
色も、廃盤になってしまったとかで、お店に行っても、もうない。
「おかしくないかな。」
姿見の前で、一回転してみて、ま、いっか。と頷く。
同時に、間の抜けた着信音が響き、ずっこけた。
「―はいはい!」
この電話を切ったら、即刻着信音を変更しようと心に決めながら、電話に出れば。
《花音!?準備できたの?!》
当然のように訊ねる母の声が、耳を突き抜ける。
「…できたよ、一応。」
電話で顔が見れないことをいいことに、私はぶすっと膨れっ面を作り、鏡の中の自分を睨んだ。
《一応って…しっかりしなさいよ!今日はお祖母ちゃんも来るから!くれぐれも粗相のないようにね!》
「…はーい。」
《時間には遅れないでよ!》
「…はーい。」
機械的に返事をし、早く終わらないかなーと思いながら、ストッキングを履いた脚のつま先を見つめた。
《……何時に出るの?!》
母は、気のない私の返事に気付いたようだ。
「もうすぐ出るよ。」
《え!?早いんじゃない?》
「ちょっと…寄る所、あるから…」
え、と、母が息を呑んだのが電話越しに聞こえる。
《逃げんじゃないわよー!?》
直ぐに疑うような声が上がり。
「大丈夫……そんなんじゃないから。」
諦めたように笑って、電話を切った。
「いってきまー…す」
戸締りを確認して、居間から玄関に向かう際。
ちらりと、伏せられた写真立てに目をやった。
無言で、さらにその下に隠すようにして入れてある、鍵を思う。
テーブルの上には、窓からの柔らかな陽射しが差し込んで、寒い冬のことなど、なかったかのように、振る舞っている。
「…と、いけない。」
一瞬、漂いかけた思考は、置き時計が目に入った事によって引き戻され、私は慌てて玄関へ向かった。
バタバタと鍵を閉め、外に出れば、ふわりとした空気が纏わりつく。
「ちょっと、暑いかなー?」
薄手のカーディガンの上に羽織った、春用のコートは必要なかったかもしれない。
置いていこうか、一瞬迷ったが、帰りは恐らく夕方になるだろうから、と思い直し、結局そのまま階段を下りて、駅まで向かった。
退院から、既に一ヶ月程経過していた。
怪我はすっかり良くなったものの、腰はまだ痛む。
だから、そんなに長くは座ってられないのと、父から祖母には伝えてもらった。
今日は、祖母の決めた人と会う日。
つまり、お見合いの日だ。
強制的な。
―新緑の季節。
行楽日和のこんな週末は、電車の中でも和やかな雰囲気が漂う家族連れが目立つ。
私ひとり。
置いてけぼりを食ったかのような、空しさ。
そして、すごく嫌な感じ。
つまり、憂鬱。
端っこのすかすかな車両に乗り、空いている座席に座ることもせず、扉脇の手摺に寄りかかって、流れる景色を空っぽな気持ちで見つめた。
何にも考えなければ、何も思わずに済む。
そう自分に言い聞かせてきた。
でも、今日は。
今からは。
ちょっとだけ、考えなくちゃいけない。
「昼からだとちょっと変な感じ。」
定期を使って会社の最寄りの駅で降りると、会社とは反対側の道を行った。
夜になると、ぴかぴかと光る繁華街は、今、静まり返っている。
ゴミなどが散らばっている道路は、どこかしら、現実感を漂わせているような気がした。
―やばい、緊張してきたな。
去年の冬から足が遠退いていた看板を目の前にして、私はごくりと唾を飲み込む。
灯りの消えたネオン。
押しても開くことのないNotte di Lunaの重たい扉を。
ぎゅっと握った手でノックした。
何度か、叩いてみたけれど。
「…やっぱり、裏口かな。」
反応のない扉を前に、ちょっと気分が萎えた。
それよりも、この扉自体が音を吸収してしまっているような気がする。
ノックした所で、中に居る人に届くことはないんじゃないかな。
「最悪、居ないってことも…」
昼間だし、有り得るか、と。
裏口のある路地へと身体の向きを変えた数歩先。
「あ。。」
「―また、会っちゃったね。」
立ち止まって、私を見る、燈真の姿があった。
「俺はもう大分前から、君の顔は二度と見たくないと思ってるんだけどなぁ。」
人の良さそうな顔は健在。
顎に蓄えていた髭はもうない。
そのせいか、前よりも幾分若く見える。
声は、春に聞いた時と変わらず。
私の背中をぞくりと冷たいものが過ぎった。
映像が、感情と絡まって、燈真に拒否反応を起こしている。
ゆっくり、ゆっくりと、距離を縮める燈真から、私は逃げないよう必死で足に力を籠めていた。
―頑張れ、花音。
わざわざ会おうと決めてきた、人物だ。
会えないかもしれないと思った瞬間だったんだから、却ってラッキーな筈なのだ。
「何で。」
先に口を開いたのは、燈真だった。
「警察に言わなかったの?俺の事。」
笑みは薄くなり、つまんなそうな表情で、私を見つめる彼の意図がわからない。
「…捕まりたかったような、言い方ですね。」
何故か、先ほどまでの緊張がすっと引いていき、やけに冷静に切り返す。
「そんなわけないでしょ?けど、花音ちゃんの悪運のが強いんだから、仕方ないよ。」
燈真は馬鹿にしたような顔を一瞬して。
「俺の負け。今のうちに消した方が、いいんじゃない?その方が都合が良いじゃん。」
伏せた瞼の横に、治りかけの傷跡があった。
あの夜、あの歩道橋で。
押された背中の感触と、憎々しげに掛けられた言葉は、今もはっきりと思い出すことができる。
病院で目を覚ました私は、言おうと思えば医者には勿論、警察に届けることもできた。
証明するに当たってはよく知らないけど、もしかしたら、そんなに難しくはなかったかもしれない。
だけど。
「私、、貴方のこと、赦しません。」
「別に赦してもらおうなんて、思ってないね。」
背の高い彼の目をじっと見つめて言えば、燈真は可笑しくて仕方ないとでもいうように噴き出した。
「あれ、もしかして、花音ちゃん直々に俺をしょっ引きたかった訳?警察に頼めば楽なのに。いいよ、付いてくよ。」
燈真は肩を竦めて、両手を揃え、私に差し出した。
まるで、手錠をかけられる犯人みたいに。
燈真の握った指の隙間からは、鋭利な刃物でも握ったかのような大きな切り傷が覗いている。
私はそれをじっと見つめ。
「いえ…貸しです。」
「は?」
呟くと、燈真の眉間に皺が寄った。
「だから、貸しです!」
「・・・・」
今度は顔を上げて、もっと大きな声で言うと、燈真は、何も言わずに探るような目つきで、私を見る。
「私、警察には言いません。あなたを訴えることはしません。」
きっぱりと言い放つ私に、燈真の目が僅かに見開かれる。
「あなたは…中堀さんの、友達だから。」
それを伝える為、私は今日ここを訪れた。
「だから、、、中堀さんのこと…もう、放して上げてください、お願いします!」
勢い良く頭を下げると、暫く沈黙があった。
そして。
クツクツと漏れる、笑い。
「―?…っ!」
不思議に思い、頭を上げた瞬間、燈真が私の身体を路地裏の壁に勢い良く押し付けた。
「うっ…」
背中に硬いコンクリの衝撃が伝わって、思わず顔を顰める。
「何甘いこと言ってんの?お前みたいな善人気取りの女、まじで俺大っ嫌い。」
それまで笑みを絶やさなかった燈真が、真顔で私を睨みつけ、首に巻かれた手がきつくなった。
「いくら昼間だってね?俺にとっての庭みたいなこの街に、のこのこ一人で現れて、無防備過ぎると思わない?しかも俺はあんたを消したいと思ってるんだよ?」
息苦しさのせいなのか。
それとも、悲しいのか。
私の目に、じわりと涙が浮かんだ。
「俺等の世界には、貸すも貸さないもない。」
燈真の冷たい目は、いつから、だったのか。
いつから、そんなに冷たい目になったのか。
「……そ、、れでも…」
自分の手を、首元にある燈真の手に重ねると、ビクリとその手が震えた。
「あの、、時の中堀さんを、あなたが助けたのは…確かだから…」
緩んだ力によって、喉の押さえが少し楽になり、絞り出すような声が、通った。
「だから…感謝してるんです…」
元から何も持っていなかった中堀さんが、持っていた僅かなものも失って、壊されていくその時に。
「あなたが、良い友達とは言えなくても…あの時、中堀さんには、、あなたが必要で、、、正しくは無くても、、あなたが支えになっていたと、、思うんです。。。」
だからこそ。
中堀さんは、燈真との約束を、契約を、ずっと守っていた筈だから。
―あの子には、裏切りのない愛を教えてあげなければ。
私の脳裏には、いつか見つけた、お養父さんの手帳の中のある頁が、思い出されていた。
―それは、沢山愛された者の使命だ。
―決して、傷の舐め合いをさせてはいけない。
「前に、、、私に聞かせてくれましたよね…?ある、、男の子の話…」
以前、単なる世間話だと燈真から聞いた中堀さんの物語は、私から見て、とても、辛くて、信じられない程、冷たいものだった。
そんな自分は、燈真の言う通り、甘い人間なんだろうと思う。
中堀さんと会って、初めて知った。
アスファルトの上に、陽の当たる部分と、当たらない部分があるように。
この、小さな国にも、当たり前のものを当たり前に受けてきた人間と、当たり前のものを、当たり前に受けてこられなかった人間が居る、ということ。
どちらも、固いアスファルトの隙間に落ちた、蒲公英の種だったのかもしれない。
陽が、当たっても、当たらなくても、芽を出して、花をつけた。
その花が。
いびつに咲いたからといって。
暖かい太陽の光に浴びたいから、茎が変に伸びてしまったからといって。
光により近い者に、寄りかかってしまったからといって。
誰が、それを責められるんだろう。
「愛された…記憶がないのは…、あなたも…」
中堀さんに物語があったように。
「あなたにも…物語が、あるんじゃないですか…?」
きっと、燈真だって、最初から冷たい目をしていたわけじゃない。
ほんの一瞬。
見間違いかと思うほど、少しだけ。
燈真の瞳が、彷徨った。
と。
突然、添えていた手を振り払われ、身体が楽になって、空気が流れ込んだ。
「あー!うざい…。空生も頭がおかしくなるわけだわ。俺、もう本気であんたの顔見たくない。馬鹿になる。」
前髪をくしゃくしゃとかきあげて、燈真が苦いものを口にした時のような口調で私から一歩下がる。
「…あの…」
「どっか行って。」
これ以上、聞きたくない。
話したくない。
燈真の全身から、そんな空気が漂っていた。
「…心配しなくても、あんな使い物にならない男はこっちから願い下げだっつーの。」
ぐっと押し黙って俯いていると、燈真のそんな台詞が降ってきて。
「!」
信じられず顔を上げた時には、既に燈真は私に背を向けていた。
「あっ、ありがとうございますっっ!!!」
私はその背に向かって大きく叫び。
いつか、燈真の傍に。
光の暖かさを知っている人が。
傷の舐め合いではなくて、ちゃんとした愛情の暖かさを知っている人が。
寄り添ってくれる時が、来れば良いのにと。
願わずにはいられなかった。
「…行かなきゃ…」
ぽそ、と呟いて。
私は燈真とは反対の方向へと歩き出す。
途中、袖とか、スカートとか、確認しながら。
「良かった…そんな汚れてない。」
ほっと、安堵の溜め息を吐いた。
それなり、きれい目コーデ。
これからお見合いに行くのに、汚していくわけにはいかない。
皺になったとことか、ちょっとずれた首元とかを直し、それから前を見た。
―私も、前に進まなくちゃ。
一歩を、踏み出さなくちゃ。
燈真のことを信頼できるかどうかはわからないけど。
中堀さんについて、自分の中での区切りはついた。
もう、いいよね。
まだ、駄目でも。
中堀さんに対して、自分にもうできることはない。
空は、青い。
空気は、暖かい。
何かを、終わりにして、何かを、始めるには、うってつけの季節かもしれない。
腕時計の時刻を確認し。
「がんばれ、私。」
頬をパンパン、と叩いて気合を入れた。
========================
指定されたお見合い場所は、今住んでいる所から実家に帰るまでのちょうど真ん中の距離にある。
お抱えの運転手に迎えに行かせるという祖母からの申し出を丁重にお断りし、電車からタクシーに乗り換え、向かった先は。
「うわ…」
超がつく程の高級料亭。
ニュースで、たまに政治家同士の内密の話し合いが行われてます!とかって報じられてる所じゃないの?と思考がぶっとぶ。
芸術、と名の付く日本庭園を眺めながら、個室で日本料理を楽しむような場所だ。
こんなことでもない限り、私には一生縁がない。
数奇屋門の前には、黒塗りの高級車とか停まってたりして。
運転手らしき人は主を待っているのだろうか。
―お祖母ちゃん…半端なさ過ぎ。。。
「櫻田、花音さん、ですね?お待ちしておりました。」
口をあんぐりと開けて、暫く放心状態に陥っていると、横から、声がかかった。
「あ…へ?」
案の定、きちんと対応することができない私が、首をぐるりと回すと、隣に見知らぬスーツ姿の中年男性が立っていた。
「初めまして。私、櫻田会長の秘書をやっております、錦、と申します。」
男は自己紹介をすると、丁寧に頭を下げた。
「は、初めまして。。。いつも祖母がお世話になってます。。」
私も深々とお辞儀返し。
そんな私を前に、錦さんは少し困ったような顔をする。
「あの、、実はですね…、会長が今日ここにお出でになる予定だったのですが、急に体調を崩され、同席できないことになってしまいまして―」
「あ…そうなんですか…」
祖母とは大分疎遠だから、実は久しぶりに会うのが億劫でもあった。
それだけでも気を遣うのに、その上お見合いなんて。
心臓が幾つあっても足りない。
だから、恐縮しきっている錦さんには悪いけれど、ちょっと、いや、かなり、ほっとした。
「私で役不足だとは思いますけれど、精一杯代理として仲人役を務めさせて頂きます。」
なんて良い人なの、錦さん。
…でもまぁ…つまりは、監視人て所かなぁ。祖母の代わりにきちんと見届けるよう言われてきたのだろう。
複雑な思いを抱え、錦さんに連れられて門をくぐると、着物姿の美人なお姉さんが丁寧に出迎えてくれる。
―服のチョイス、間違ったかな…。着物着てくれば良かったのかな。
案内の下、部屋まで続く長い廊下を歩き、反省。
だってまさか、こんな所だとか、思ってなかったし。
「こちらでございます。」
洗練された所作で、障子を開けるお姉さんに続いて中に入ると、さっき予想していた通りの、期待を全く裏切らない、気品溢れる和室が広がっている。
窓から見える風景は、みずみずしい青が映えて美しく、自分がここにきた目的を一瞬忘れるほどだった。
「…先方はまだいらっしゃっていないのですが―」
着物美人が部屋を後にすると、腰を落ち着けた私に、錦さんが話し出す。
「どういう方か、ご存知ですよね?写真は見られましたか?」
祖母が気に入った結婚相手の詳細情報は、送られてきたまま、封筒に入ったまま。
だって。
見るわけない。
私は渋い顔をして、無言で窓際に目を逸らした。
「―やはり、そうでしたか…、実は会長も、ご両親もそうじゃないかって心配してらっしゃって」
錦さんは、特に驚く風でもなく、自分の鞄からファイルのようなものを取り出した。
「念のため、ここに準備させていただいたのですが…。名前は、舟木馨さんと言います。学歴も、職業も申し分ない方ですよ。現在は病院を経営してらっしゃいますし。」
パラパラと紙を捲るような音が、する。
でも、私の目線は、錦さんの向こう。
窓の、外。
「写真も一応、準備してきました。ご覧になりますか?折角ですし…」
「…いいです。。」
ぽつり、ぽつりと。
「えぇ?…まぁ、これから直ぐお会いになりますし、、あれですけど…。外見も穏やかそうな、素敵な方ですよ。眼鏡越しの優しそうな目とか…ですね…」
雨が、外を濡らして。
濃い、緑が。
さらに濃くなる。
さっきはあんなに天気が良かったのに。
私、みたいだ。
「いわゆる、最近で言いますような、イケメンとは言いませんが、、、経済面では抜群ですし、何より働く必要もないですし―」
空っぽなのに。
湿り気を帯びている。
だから、きっと。
いつでも、泣ける。
あぁ、でも。
優しい人なら、良いかなぁ。
こんな、私でも、良いと、言ってくれるかなぁ。
「―と、そろそろ時間ですね…」
錦が腕時計に目をやってから、ファイルをパタンと閉じ、鞄に仕舞う。
私はそれをぼんやりと視界に捉える。
あくまでも、クローズアップされているのは、庭の青。
はっきりと見えるのは、濡れた、青。
「―お連れ様がお出でになりました。」
部屋の外から、声が掛かった。
「どうぞ。」
錦さんが返事をした。
スッと、障子が開く、音がした。
それでも。
私の視線は窓の向こう。
だって、やっぱり、嫌なのと。
塞いだ想いが、暴れるの。
「すいません、遅くなりました。」
一も、
二もなく。
上から降ってきたその声が好きだなと思った。
心臓が、止まるかと、思った。
―まさか
「いえ、ぴったりですよ。遠い所、お疲れ様でした。櫻田と申します。今日はよろしくお願い致します。」
身体が硬直して、手先が震えた。
「雨が降ってきたようですが、道は混みませんでしたか?」
どうして?
なんで?
空耳?
耳に馴染む声に、自分の感覚を疑う。
「ああ…まだ降り始めですし、大丈夫です。途中、事故渋滞に巻き込まれてしまいましたけど、問題ない位でしたので。」
それでも、間違いなく、この声は。
「ほら、花音さん、ちゃんと顔を見て―」
「………っ」
錦さんに促され、やっとのこと振り返って、入ってきた相手を見た。
髪の毛は、長め。
髪の色は、真っ黒。
高い、背。
黒縁の眼鏡をして。
先生って感じの、かっちりしたスーツ。
ちょっと猫背。
「初めまして。」
そして、初対面のような口を利く。
だけど。
これは。
この人は。
「なっ―――!!!!!」
ヒヤリ。
声をあげようとした瞬間、そっと触れられた唇。
冷たい人差し指が、声を立てるなと口に命令している。
「失礼。折角のキレイな唇に埃が付いてしまっていたもので。」
目の前の彼は、にっこりと微笑んで、いけしゃあしゃあと嘘を吐く。
「あぁ、すみません。いや、お恥ずかしい。」
ぱくぱくと金魚みたいに口を動かすだけで、目を白黒させている私を見かねたのか、錦が私の親のような台詞を言い出す始末。
「…ええと、それでは、これからお見合いを始めたいと思います。舟木さん、どうぞ、こちらへ。」
な、な、な。。。
何の冗談?!?!?!?!
目は、しっかりと中堀さんに釘付けになったまま、私は声に出して叫べない分、心の中で思い切り叫ぶ。
中堀さん、ターゲット間違えちゃったの?!
それとも私だってこと、知らずに来たの?
「えー、では、改めまして、それぞれのご紹介をさせていただきます。」
中堀さんが、私と向かい合わせに座った所で、錦さんが軽い咳払いと共に、口を開く。
「まず、こちらが舟木馨さん。舟木医院の院長をなさっておられます。」
中堀さんが小さく会釈し、錦さんの手が、今度は私の方へ来る。
「そして、こちらが、櫻田花音さんです。今はカスカコーポレーションにお勤めでいらっしゃいます。」
心臓が、口から出そう。
会釈するなんて、余裕どこにもない。
完全なる挙動不審。
錦さんは冷や冷やしているに違いないけど。
私は私で、冷や冷やしている。
「それでは、本人同士で、自己紹介など、軽く交わしていただけますでしょうか。」
え?!
放り投げ?!
お見合い初体験の私は、どういう段取りなのかが全くわからない。
何これ。自己紹介って何言うの?!
どうしよう。
ジェットコースターに乗ってるみたいだ。
「じゃ、僕から。」
眼鏡ボーイになった推定中堀さんは、短くそう言うと、またにこりと私に微笑みかける。
くらくら、する。
絶対に本物の、舟木さんはそんなに笑わない人間だと思う。
写真見てないけど、絶対違うと思う。
「僕は―」
じっと見て、私の視線が彷徨うのを許さない術は、相変わらず、狡い。
一体何を言うんだろう、と。
心拍数が跳ね上がる。
「貴女が好きです。」
「―?!」
嘘だ。
と、思うけど。
隣で、錦さんが、小さくおっと驚きの声をあげたけど。
不意打ち、過ぎて。
不覚にも、一際大きくドキっと心臓が音をたてた。
胸が。
いっぱいになってしまった。
ただただ、私は中堀さんを見つめるだけ。
中堀さんからも、笑みが消えた。
「何度も、忘れようかと思ったけど」
しとしとと、雨がまだ降っている音がする。
「貴女に会えないと、ここが痛むのは」
言いながら、中堀さんは自分の胸を、右手の拳でトンと叩いた。
「笑った顔が、見たいと思うのは」
部屋を、静かに錦さんが出て行ったようだけれど、私は中堀さんのことしか目に入らず、中堀さんの声しか聞こえない。
「愛してるってことなんだと思います。」
嘘だ。
私は、首を小さくふるふると横に振った。
「俺の、最後のターゲットは、花音。」
二人だけになった空間で、中堀さんの言葉遣いが、空生のものに変わる。
「欲しいのは―」
さっきから、逸らされることもなく、逸らすこともできない視線が、絡まって―
「花音自身。」
絡めとられそうになる。
ああ、嫌だ。
なんで。
「…うっ、、嘘…だぁ…」
わかっていながら、涙が零れるの。
どうして大粒なの。
「なっ、に…言っ、てるの??」
本当は、嘘でしょうと笑い飛ばしてやりたい。
なのに。
どうして、期待するの。
「もしも、まだ間に合うんだったら―」
中堀さんは、そんな私を切なそうな目で見つめて。
「…俺の傍に居て。」
その、長い指をそっと伸ばして。
「今言った事に―」
私の頬を伝う涙を掬い取る。
「嘘はもう、ないよ。」
声が出ない。
涙が。
ぼろぼろぼろぼろ。
後から後から零れてきて。
顔、ぐしゃぐしゃ。
だってね、閉じ込めて、押し込めていた想いが、溢れ出すようで。
だってね。
会いたかった。
本当は、ずっと会いたかった。
諦められるなんて自信はどこにもなかった。
貴方への想いを終えることなんてできるわけないこと、頭では理解してた。
気付かないフリが、上手になったから。
そのまま、いつか、忘れられたら。
そう思ってたけど。
本当は。
もしも叶うなら。
もう一度。
ちゃんと、好きだって。
言って欲しかった。
ずっと傍に居たかった。
まさか、現実になるなんて。
もしかして、これは。
「…夢―?」
しゃくりあげながら、訊ねると。
「残念ながら―」
中堀さんが立ち上がって、眼鏡を外し、ネクタイを緩めた。
「夢じゃないから。」
そう言ったと思うと、私の手を取って、立ち上がらせ。
「!」
刹那、軽く、触れるだけのキスが落ちてきた。
「絶対、バレてる。花音、走って。」
中堀さんは、そう言うと、さっきまで庭を見ていた窓を開ける。
「え?!え?!」
状況が飲み込めないでおろおろする私を、先に外に出た彼が強く引っ張った。
「時間ずらしたから、今頃本人が来る頃だろ。」
「えぇ!!!!?!?!」
走る、走る。
ほとんどひきずられているんじゃないかって位。
甘い余韻、ゼロ。
―この詐欺師め。
息切れしながら、私は掴まれた手の先に居る中堀さんの横顔を見た。
いつの間にか。
俄か雨は止んで。
あらゆるものを綺麗に流し去って。
空気に新しい青を、映し出す。
そんな青を、私達は疾走する。
運命、なんて。
絶対、なんて。
有り得ないから。
きっと、私達の道はこれからも、平坦じゃない。
それでも。
貴方の歩幅と、私の歩幅が。
揃っていたら、それで、いい。
愛しくて、不器用な、私の詐欺師。
もう、嘘を吐かない、何色にも染まらない、青い、空。
―fin
初めまして&お久しぶりです。
lahai_roiです。
こんな拙い作品に、最後までお付き合い頂いたことに、心から感謝申し上げます。
アルバトロスシリーズ、第二弾『詐欺師の恋』いかがだったでしょうか。
第一弾に比べ、かなりシリアスな感じ(のつもり)でスタートさせた今回のお話は、空生目線が多いものに!と願いながら、書いていました。
一人でも多くの方に楽しんでいただけたら、幸いです。
それでは、また別の作品でお会いできましたら、嬉しく思います。
―lahai_roi




