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星降る丘の子猫  作者: 歩羽
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第二話

小学4年生の今日と同じように暑い夏の日。

夏休み、学校のプール解放に行った帰りにのことだった。

近所で有名な変わり者が住む家の軒下から、何か聞こえた気がした。

普段からこの家には近づくなと大人たちに言われていたが、子供の好奇心を留めることはできなかった。

人の気配がないことを確認し、柵がさび落ちた門構えを抜けて音を辿って縁側の軒下に近づく。

声の主は子猫だった。

産まれて間もない小さな子猫が三匹、ダンボールの中にいた。


「子猫だぁ。」


そのかわいさに思わずてを伸ばしてしまった。

触れた子猫はやわらかく、そしてあたたかかった。


「なにしてんだ。」


びくっとしたあたしの頭上からしわがれた声が降ってきた。

この家の住人である変わり者のおばさんだ。

この人がなにを生業にしているのか、何者なのか、子供のあたしは全く知らなかった。


「あっ、あの。」


「あぁ猫。触ったね。じゃあもうお前のだよ。責任持って連れていくんだ。」


それだけいうと、おばさんは家に入っていった。

あたしとダンボールの中の子猫を残して。





どうしよう。


しかたなく、あたしはダンボールを持ってその家の敷地から出た。

どうしようなんて思ったけど本当は少し嬉しかった。

動物が飼いたかったあたしは、このままこの子猫を飼えると考えていたからだ。

高鳴る気持ちを押さえきれず走って家に帰った。




家にはお母さんがいなかった。

あたしがうんと子供のころ、病気で死んでしまったから。

お父さんはあたしを大切にしてくれていたが、あたしのためと言いながら若い人と再婚した。

あたしを疎ましく思うような人だった。

そんな環境のせいで家があまり好きではなかったあたしは、よく大輔の家に通っていた。

大輔もあたしも一人っ子だったのでお互い兄弟のような存在だったし、大輔のおじちゃんもおばちゃんもあたしを可愛がってくれるし叱ってくれる、自分の家よりもずっと居心地のいい場所だった。




家に着くと珍しくお父さんが早く帰っていた。

ダンボールの子猫を見せ嬉々としながら言った。


「買ってもいい?」


ダメと言われる事は考えていなかった。

お父さんもまた動物が好きなことは知っていたから。


「お母さんに聞いてきなさい。」


お父さんはそう言った。




あたしは継母のことをお母さんとは呼んでいなかった。

それは自分がお母さんと思えないからではなく、彼女がそう呼ばれることを拒んだからだ。


“私はこの子の母親になった訳じゃない”


初対面のあたしに向けられた彼女からの第一声だった。




あの人になんか聞かなくていいじゃん。

そう思いながらしかたなく聞きにいこうとしたが、そんな必要はなかった。


「イヤよ、そんな汚らしいの。全くそんなものを拾って来るなんて。家に入れないで。」


継母が姿を見せたと同時にそう言った。

それだけ言うとそのまま部屋の奥に姿を消した。

お父さんを見るとあたしの頭に手を乗せ言った。


「元の場所に戻してきておいで。」


お父さんは継母の言うことを否定しなかった。

このことだけでなく、全てにおいてだ。

いつもはあたしも逆らわないが、このときばかりは違った。


「でも、子猫だよ!このままになんてしておけないよ!」


食いついたあたしに、お父さんはそれ以上なにも言わなかった。

お父さん都合が悪くなるとしゃべらなくなる。

この話はこれで終わり、ということだ。

あたしはいたたまれなくなりそのまま家を出た。





どうしよう。


今度のどうしようは本気のどうしようだった。

この子猫たちをあの場所に戻すわけには行かない。

親猫らしき存在は見あたらなかったし、あそこに置いたらあの家の住人に子猫たちがなにをされるかわからない。

途方に暮れるしかなかった。


「どうしたの?」


背後からかけられたら声に振り返ると、そこには司がいた。




当時あたしは4年生で初めて同じクラスになった司が苦手だった。

家以外では元気だっあたしと違い、司はこの頃から大人びていた。

物静かで綺麗で頭のいい、自分とは違う司という存在に馴染めずにいた。




「あっ。猫が鳴いて・・・でも飼えないからって。あの人は戻せって言うしお父さんは聞いてくれなくて。」


説明にならず、おどおどと言うあたしに司は言った。


「拾ったの?でも飼えない。けど戻すわけにはいかない状況なんだね。そうか。」


俯いてなにも言わないあたしに司は続けた。


「うちは父さんがアレルギーだから飼えないんだ。じゃあ誰か飼えないか探してみようか。」


あたしは驚いて顔を上げた。

まさか司が手伝ってくれるとは思わなかった。

正面から見つめた司は困ったような、でもほっとけないというような顔で少し微笑んだ。


嬉しかった。

あたしを放っておくことなんて簡単なのに司は一緒にいてくれるんだ。

それまであたしの中の司は、無愛想で周りの喧騒とは我関せずな人だった。

同じクラスになって約半年、イメージが先行しすぎて苦手意識が育ってしまっていたせいだ。




「綾女?司もかぁ。珍しいな二人が一緒なんて!なにやってんだ?」


大輔だった。

プールで一緒だったが、その後も別の男の子と遊んでいたのをみた気がする。


大輔は司とも仲が良かった。

というか、だれとでも仲良くなれるヤツだった。

あたしも友達は多かったけど、静かな子より明るい仲間が多かった。

だけど大輔は同じクラスの人みんなと、本当にみんなと仲良くなるヤツだった。


そばに来た大輔は、あたしが抱えるダンボールを覗き込んだ。


「子猫か!かわいいなぁ!」


中から一匹を抱き上げ腕に抱いた。


「でも飼えないの。ダメだって言われた。」


あたしの言葉に司も家も無理だと続けた。


「家なら一匹はいけるかもな。とおちゃんも母ちゃんも猫好きだし。聞いてみようぜ!」


大輔の声にあたしは笑顔になり、早く行こうと急かした。

司も笑顔で一緒についてきてくれた。





「そうねぇ、一匹なら。ちゃんとお世話できるならいいわよ。」


大輔のおばちゃんはそう言って、子猫に少し温めた牛乳をくれた。

三匹の子猫はダンボールの中でそれを美味しそうに舐めた。

おばちゃんはあたしたちにもおやつと言って揚げパンをくれた。

おばちゃんの作る揚げパンは、大輔とあたしの大人気おやつだった。




一匹は大輔の家で飼えることになったが、子猫はあと二匹いる。

このままにはしておけず、あたしたちはダンボールを持って貰い手を探す旅に出た。

旅なんて大げさな言い方だけど、小学4年生のあたしたちにとって、この時の出来事は本当に旅のようなものになった。

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