第一話
「綾女、ごめん。」
「もういいっ!」
ブチッ、プープープー
こんなはずじゃなかったのに・・・
夏の真っ昼間。
日陰が極端に少なくなるこの時間帯、照りつける太陽がジリジリと肌を焼く音が聞こえるようだ。
社会人になって8年。
夏休みを利用して地元に帰ってきた。
高校卒業後、地元を離れ就職した私は夏と冬に司と一緒に里帰りをしていた。
司は小学生からの幼なじみだ。
高校1年の夏から付き合っていて、今は同じ街で働いている。
幼なじみから恋人なんてただの腐れ縁と言われることもあるが、あたしは司が好きだったし司はそれ以上にあたしを思ってくれている。
これは自惚れなんかじゃない。
言葉にはしなくても、全身であたしを愛してくれているのをいつも側で感じているから。
本当なら今だって一緒にいるはずだった。
毎年二人揃って地元に帰るが、今年は司の仕事が終わらず一人きりの里帰りになってしまった。
「司は仕事か?」
カウンターの向こうから訪ねられる。
ここは幼稚園からの幼なじみ、大輔の実家が営む小料理屋だ。
「そう。あんな愛想なしのくせに、大口案件のプレゼンご指名されたんだって。」
「あいつは口数多くないけど、しゃべったら説得力あるからな。」
さんまのお造りをあたしの前に出しながら、大輔が言う。
司は昔から何でもよくできた。
顔もまぁまぁ・・・いや、だいぶ整っている。
黒目がちな大きな瞳、きれいに通った鼻筋、少し薄めの唇が完璧な配列を組んでいる。
子供のころはさらさら艶々の黒髪を少し長めに伸ばしていたので、ショートヘアだったあたしよりもずっと女の子みたいだった。
勉強も運動も要領がいいのか少し学んだだけでソツなくこなすし、大人になってからもそれは変わらず、上司からの期待は大きいようで。
大輔はまだ学生だ。
調理系の専門学校に進学し一度は就職したが、医者になるために医学部に通いなおしている。
隣町の大学近くで一人暮らしをしているが、こちらも夏休みで里帰りし実家を手伝っている。
夏のこの時期、大輔の家に集まるのがここ何年も変わらない、夏の風景だ。
「司はあたしより仕事が大事なんだって。」
ビールを飲み干しながら、憎まれ口を叩く。
「あいつが一番大切にしているのは今昔もおまえだろ。まぁ大人になれば自分の気持ちだけで動けなくなってことだよ。サラリーマンは大変なんだろ。」
困ったような口調で、大輔が言う。
そんなことわかってる。
司は忙しいなりにもあたしとの時間を大切にしてくれている。
それをわかっているから、いつもはこんなふてくされたりしない。
ビールなんてハタチの頃は飲めなかった。
苦いだけで、おいしいなんて感じなかったのに。
味覚は大人になっているのに、あたしの心はあのころのままちっとも成長していない。
「おばちゃんごちそうさま。」
奥で洗い物をしていた大輔のお母さんに声をかける。
「あらもう帰るの?ってもうこんな時間だったのね。」
時計の針は11時をさしている。
「うん。帰るまでにまた来るね。」
「はいはい、司君と一緒にいらっしゃい。」
「そうだね。できたらね。」
席を立つといつの間に回ったのか、戸口に大輔が立っている。
「ほら。早く帰って風呂入って寝ろ。」
「うるさい大輔。子供じゃないんだから。」
軽口をたたきながら、大輔をにらむ。
なんだかんだで大輔も優しいんだ。
あたし家はすぐそこなのに、一人で来たときは危ないからなんて送ってくれたりする。
「今日はいいよ。おばちゃんの片づけ手伝ってあげて。」
あたしの言葉に大輔は何か言おうとしたみたいだけど、口には出さなかった。
やっぱり大輔は優しいと思った。
またねと言って、一人で店を出る。
引き戸を開けると夏の夜特有の、生暖かい空気まとわりついてきた。
それでも昼間の焼けるような暑さは和らいでいて、いつかの夏夜を思い出させる。




