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第一話 「知らない世界」

「あんな仕打ち……」


どこからか、女の声が聞こえた。


「何故、わらわが……」


……なんだ?


俺は辺りを見回す。


だが、周りにいるのは目の前で竹刀を構えている友人だけ。当然こいつの声じゃない。


そもそも、こいつが「わらわ」なんて言い出したら心配になる。


「絶対に……復讐してやる」


まただ。


耳から聞こえてくるというより、頭の中に直接響いてくるような妙な声。


怒っている。


いや、憎んでいると言った方が近いか。


何なんだ、これ。


「おーい、聞いてるか?」


「ん?」


友人の声で我に返る。


「ああ、悪い」


「ボーッとしてんなよ。俺から行くぜ!」


「おう」


そうだった。


今はこいつと、遊び半分でチャンバラをしているところだった。


お互い竹刀を持ってはいるが、防具なんて着けていない。


今考えると普通に危ない。


まあ、一応俺は剣道の有段者だ。


こいつの攻撃くらいなら、軽くいなせる。


そう思っていた。


友人が一歩踏み込む。


その瞬間。


『絶対に……』


また、あの声。


なんなんだよ。


気になって、ほんの一瞬だけ意識が逸れた。


「メン!」


「え?」


ゴンッ!


頭に強い衝撃が走った。


そこから先の記憶はない。


…………ん?


なんだ?


何か聞こえる。


「――――、――――」


「――――――?」


……何語だ?


日本語じゃない。


英語でもない。


少なくとも、俺が知っている言葉ではなかった。


ゆっくりと目を開ける。


最初に見えたのは天井だった。


「…………」


知らない天井だ。


いや、それ以前に。


なんだ、この天井?


向こう側が見える。


透明だ。


ガラス……なのか?


天井のほとんどがガラスみたいな透明な素材でできていて、その向こうには青い空が広がっている。


どういう家だよ。


上から丸見えじゃねえか。


プライバシーとかそういうのないの?


……いや、待て。


そもそも、ここどこだ?


身体を起こそうとする。


「んっ……」


動かない。


いや、正確には思ったように動かない。


腕を上げてみると、視界に入ってきたのは小さな手だった。


「…………」


ちっさ。


ぷにぷにしている。


指も短い。


試しに握ってみる。


きゅっ。


……ちっさ。


なんだこれ。


そこでようやく、周囲の物が異様に大きく見えることにも気づいた。


いや。


周りが大きいんじゃない。


俺が小さい?


「――――!」


声が聞こえた。


顔を向けると、一人の女の人が俺を覗き込んでいた。


綺麗な人だ。


長い髪をした、見たこともない女性。


何かを言っているが、やはり意味は分からない。


「――――、――――」


その隣から、今度は男が顔を出した。


こっちも知らない人だ。


男は俺を見ると、頬を膨らませて目を見開いた。


「…………」


何してんだ、この人。


笑わせようとしてるのか?


女の人が笑う。


男も笑っている。


楽しそうだ。


誰だ、この二人。


知らない。


本当に知らないはずなのに、不思議と怖くなかった。


むしろ、この二人の顔を見ていると妙に安心する。


なんだ、この感覚。


まだ状況が何も分かっていない。


ここがどこなのか。


なんで俺の身体がこんなに小さいのか。


あの声は何だったのか。


聞きたいことは山ほどある。


まあ、喋れそうにないけど。


…………。


だめだ。


眠い。


俺はそのまま、再び目を閉じた。


それから何度か目を覚ました。


腹が減れば、俺の意思とは関係なく泣く。


「ふぎゃああああああ!」


最初は自分の声だと気づかず、本気で驚いた。


さっきの女の人に抱き上げられ、食事を与えられた時にはさらに驚いた。


……いや。


食事というか。


「…………」


これは仕方ない。


不可抗力だ。


赤ん坊の身体が悪い。


俺は悪くない。


そして、別の問題もあった。


トイレに行きたくても歩けない。


声を出そうとしても、


「うー! あー!」


言葉にならない。


結果。


じわっ。


「…………」


世界地図を描いた。


知らない場所で目を覚まして、最初にやることがこれかよ。


最悪だ。


しばらくして女の人がやって来ると、俺と濡れた寝床を見て優しく笑った。


やめろ。


そんな優しい顔で見るな。


俺の尊厳が死ぬ。


身体を綺麗にされ、服を着替えさせられ、再び寝床へ戻される。


もう何も考えたくない。


寝よう。


今日のことは忘れよう。


特に世界地図のくだりは忘れよう。


あれはノーカウントだ。


完全な不可抗力だからな。


そして、また目を覚ます。


「…………」


また、この天井だ。


夢じゃない。


何度寝ても同じ場所。


同じ透明な天井。


知らない男女。


聞いたことのない言葉。


そして何より、この身体。


どうやら本当に、俺は赤ん坊になっているらしい。


何が起きた?


あの竹刀が頭に当たって、そこから先の記憶がない。


あの一撃で何かあったのか?


それとも、その前に聞こえていたあの声が関係している?


『あんな仕打ち……』


『何故、わらわが……』


『絶対に……復讐してやる』


…………。


何だったんだ、あれ。


夢?


幻聴?


分からない。


考えても答えは出そうにない。


俺はぼんやりと部屋の中を眺める。


すると、頭上で何かが揺れていることに気づいた。


五つ。


人の形をした飾りが吊るされている。


赤ん坊用のモビールみたいなものだろうか。


ただ、普通の人形とは少し違った。


五人とも、背中に翼が生えている。


「…………天使?」


そう言いたかったが、口から出たのは、


「あー……」


だけだった。


翼の生えた五人の人形。


変わった玩具だ。


そんなものを眺めているうちに、部屋が少しずつ暗くなってきた。


透明な天井の向こうを見ると、空が夕焼けに染まり始めている。


夕方か。


少しして、あの男が部屋へ入ってきた。


男は部屋に置かれた燭台の前まで行く。


蝋燭か。


電気はないのか?


そう思った、その時だった。


男が人差し指を立てる。


次の瞬間。


ぼっ。


「…………は?」


指先に、小さな火が灯った。


ライターもない。


マッチもない。


何も持っていない。


ただ、指先に火が出た。


男はそれを当然のように蝋燭へ近づけ、一つ、二つ、三つと次々に火を灯していく。


そして用が済むと、指先の火は消えた。


「…………」


俺は固まった。


今の、何?


手品?


いや。


こんな状況で?


赤ん坊相手に?


それに、あまりにも自然だった。


男にとっては、火をつけるために指先から火を出すことなんて当たり前。


そんな動きだった。


透明な天井。


知らない言葉。


知らない男女。


赤ん坊になった俺。


翼を持つ五人の人形。


そして、指先から生まれた火。


ここまで揃えば、さすがに俺でも一つの可能性に辿り着く。


こんなの、現実で考えれば馬鹿げている。


だが。


もし、本当にそんなことがあるのなら。


俺は。


異世界に来たのか。

初投稿です、お手柔らかお願いします

2026/9/12 改稿

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