王の気まぐれ 1
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妃とは「仕事」である。
不思議に思うかもしれないが、一般的な男性の妻の一人に収まるのとは違い、ハレムに入れば、その身分に応じて給金が出る。
給金はすなわちハレム内での生活費に充てるわけだが、衣食住のうち、食と住には基本的にお金がかからないし、衣についても、実家が太ければそこから差し入れが届けられる。王の寵が得られれば、王におねだりして衣服や宝石を得ることも可能だ。
つまり、シャハラのように実家がお金持ちの場合、基本的にはもらった給金はそのまま積み上がっていくのだが、とはいえ、使い道がまったくないと言うわけではない。
何故なら――
「ふふんふんふん」
「なんだ。今日はやけにご機嫌だな」
桃源郷から入手した美味しそうな果物の皮を剥きつつ鼻歌を歌っていると、ユエが近づいて来て、剥いたばかりの林檎をひょいっと奪い取っていく。
だが、今日のシャハラはそんなことでいちいち目くじらを立てたりしない。
ハレムに来て二週間。
今日は、市が立つ日だ。
ハレムには買い物をする商店はない。
けれども二月に一度、およそ三日間。ハレムの南の玄関近くの広場に市が立つのだ。
ハレムの市とは、カディール国内の商人たちが自慢の商品を抱えて、天幕を張り、そこで売買をするお祭りのようなものである。
煌びやかな衣服や宝石類、お菓子に茶葉にお香。小物から大きいものでは家具に至るまで、カディール国内のあらゆるものが集められる。
ハレムの給金は前払い制なので、シャハラも今月の分はすでに受け取っていた。
シャハラは上級妃の立場のため、支払われる給金も多い。金貨が詰まった袋をもらったとき、その輝きにしばらくうっとりとしたくらいだ。
(お金持って買い物なんて、それこそお母様がいた時以来だわ)
父から大量に巻き上げたお菓子類も半分以上がなくなった。何故ならユエがいるからである。文句を言っても我が物顔でシャハラのお菓子を分捕る彼のせいで、思った以上に減りが早い。補充が必要だ。
「わたし、午後から出かけて来るから」
「うん? どこに行くつもりだ?」
「市場。今日から三日間、南の広場に市が立つの。お買い物してくる」
「買い物ぉ?」
「そ、買い物。気が向いたら何かお土産を買ってきてあげるわよ」
何せ給金は毎月もらえる。ユエという面倒な居候はいるが、それでも、部屋でごろごろと日常を過ごすだけでお金がもらえるのだ。なんて素敵だろう。ハレム、意外といいところかもしれない。
王も怪異の起きる部屋に住む、この国の女性と比べるとつつましやかな体つきのシャハラには食指は動かないらしく、この二週間、一度の渡りもない。とてもいいことだ。このまま永遠に来ないでほしい。
「お土産ねえ」
ユエが胡坐をかいた姿勢で宙にぷかぷかと浮き上がりって、金色の耳をぴくぴくと動かした。同じ色の瞳がにやりと弧を描く。
「ちょっと、怪異は起こさないって約束よ!」
「そんな約束したかなぁ」
「したわよ! 市で騒ぎ何て起きたら、予定より早く帰るかもしれないでしょ! 絶対にやめてよね」
「つまり、騒ぎを起こさなければいいんだろう?」
「……そうだけど」
まあ、ユエだってにぎやかな市を見て回りたいかもしれない。怪異騒ぎを起こさないのならば、シャハラも文句は言えなかった。ユエは他の人には姿は見えないし――うん?
(あれ? そう言えば怪異の中に、夜の中庭で異国の服を着た男を見たってやつがなかった?)
シャハラは途端に怪しんだ。
「ねえユエ。ユエの姿って、わたし以外には見えないのよね?」
「んー? どうだかなー?」
「ちょっと!」
シャハラは宙に浮いているユエのふわふわの尻尾をむんずと掴んだ。「ふぎゃっ」とユエが尻尾を踏まれた猫みたいな声を上げる。
「おい、俺様の尻尾を乱暴に扱うな! 放せこら!」
「放してほしければ答えなさいよ! ユエの姿、他の人にも見えるの?」
「見えると言えば見えるし、見えないと言えば見えない」
「どっちよ!」
「故意に姿を現すことはできるってこった」
「するとつまり、夜の中庭で妃妾の誰かがユエの姿を見たっていうあれは、わざと姿を見せたってこと?」
「よくわかったな。考え事の邪魔をされたくなくて脅かしてやったんだ。だけどあの女、腰を抜かして悲鳴を上げやがって。逆に人が集まって来て、余計にやかましくなったからもうしてない」
「そうね、もうしないでね」
シャハラはとても疲れた気分になって肩を落とす。
この傍若無人な狐にお土産は必要ないかもしれない。
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