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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第2章 僕と彼女の成長
14/43

13.私の好きなもの

 僕は椎茸が食べられない。


 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。


 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

 私は物語が好きだ。

 物語の中なら私はなんにでもなれる。ラブストーリーのヒロインにも、勧善懲悪(かんぜんちょうあく)の正義の味方にも、殺された恋人の(かたき)を取る復讐のヒロインにだって……最後のは(うそ)。私は悲劇が好きじゃない。架空の存在であっても登場人物キャラクターには悲しい思いをしてほしくない。そんなことは私が許さない。物語の中ではそれが可能だ。つまり物語の中では私は理想の私になれる。それを私は知っている。

 もうひとつわかっていることがある。現実での私は主人公ではない。


     *


 私はB子。どこにでもいる中学2年生だ。

 学校での私は目立たない。黒髪をおさげ(おさげ髪のことを英語ではpigtailsというらしい。豚にはしっぽが2つあるのか? 編んであるのか? 意味不明!)にして制服は乱さず。アクセサリの類もつけない。個性のない娘だ。そうすれば先生に目を付けられることもない。いいことでも悪いことでも先生に目を付けられるなんていいことない。私は目立ちたくないのだ。


「B子ちゃん、今日の三つ編みかわいい」

 そんな私にも数は少ないが友達がいる。話しかけてきたのは彼女ちゃん。中学に上がってからできた友達だ。

「そう?」

「うん。いつもよりふんわりした感じでとってもかわいい」

「……昨日、髪乾かさずに寝ちゃったからうまくまとまらなくて」

 そのせいでいつもより2つも編み目が少ない。そういうところも彼女ちゃんは気が付いてくれる。

「変じゃないかな?」

「ううん。そっちのほうがいい!」

「お前は(すき)がなさすぎんだよ。いっつもひっつめてばかりだと将来ハゲるぞ」

 突っ込んできたのはA子。面倒見(めんどうみ)の良い姉御肌(あねごはだ)で私たちの保護者みたいな娘だ。陰キャな私と引っ込み思案(じあん)な彼女ちゃんがいじめられずに済んでいるのはA子の存在が大きいだろう。


 学校に着くと私は髪をほどき、丁寧に結い直した。これでいつも通り。

「なんで直しちゃうの? かわいかったのに……」

「だって、かわいいなんて私には似合わないから……」

 そう。私はかわいくない。もちろんきれいでもない。顔といえば目が二つ、鼻が一つ、口が一つついているくらいで……つまり特徴がない。そんな私がかわいい髪形をしようだなんて似合うわけがない。

「そんなことないのに……」

「似合う似合わないじゃなくてかわいくなろうと自分で望まなければかわいくなんてなれないぞ」

 ゆるふわの彼女ちゃんや美形のA子には私の気持ちはわからないだろう。


     *


 私がこんな風になってしまったのは小学校時代にあることがあったからだ。


 私は物語が好きだ。本も好きだしマンガも読む。絵を描くことも好きだった私は仲のいい友達と互いに描いた絵を見せあって遊んでいた。それは特別オタクではなくてもよくあることだったろう。

 それは小学校5年生のときだった。オリジナルキャラがうまく描けた私はその娘に物語をつけてみたくなった。思い上がったことを言えばオリジナルキャラに命を吹き込みたくなったのだ。私はカット絵ではなく。マンガを描いてみた。

 あなたもやってみればわかる。絵をかくのとマンガを描くのとは全く違う。キャラをかわいく描くだけとは違い、マンガを描くに物語が必要だ。絵そのものにも前後があり、動きが必要だ。つまらなく描けばキャラは死んでしまい。心の底からは笑ってくれない。気軽に始めたことだった。私の処女作(しょじょさく)はたった5ページのつたないものだったけど、私は2か月もその作品に集中していたのだ。今、見返せば恥ずかしくて死にたくなる。技術もない知識もない、でも、情熱だけはあった。そして知ってしまったのだ。作る側と受ける側の隔絶(かくぜつ)した立ち位置の差を。


「えっ、すご~い、B子ちゃん!」

「ほんとほんと、プロになれるんじゃない?」

 友達は()めてくれた。感心してくれた。でも……

「そんなことないよ。まだまだ下手だから……みんなも描いてみたらわかるよ」

「「……」」

 私の誘いには誰も乗ってきてはくれなかった。


 それでも陰キャがちやほやされていることを面白く思わないヤツがいた。

「なにあんた、マンガなんて描いてんの!? オタクじゃん。キモっ」

 声をかけてきたのはクラスの中心にいる娘だった。

 イジメとかではなかった。ただ単に自分とは違う価値観の陰キャをいじっただけだったのだろう。だからその後もいじめとかにはならなかった。

 だけど彼女の言葉は友達だった娘たちと私の断絶(だんぜつ)(まね)いた。彼女たちにとってお絵描きは遊びでしかなかった。間違っても自己表現ではなかった。だから気軽に人にも見せられるし、非難されれば止めるのにも抵抗がなかった。

 私とは違った。


 それ以来、彼女たちとは友達ではなくなった。ケンカしたわけじゃない。教室で会えば話くらいする。でも、私は二度と彼女たちに絵を見せることはなかった。


     *


 うわべはともかく、友達が一人もいない私も中学生になった。義務教育とは便利なものだ。

 あれ以来、私は人前では絵を描かない。代わりに人間観察を趣味としていた。

(なるほど……あれってスキの裏返し……ツンデレか)

(あの人、何やってんだか。ほめてほしいなら素直に言えば良いのに……)

(あの人、他人の見ていないところで頑張ってるなあ。なんでそんなに一所懸命になれるのかな)

 そんな風に私の中学校生活は始まった。


(この娘、なんであんな娘とつるんでいるのかな?)

 中学に入って最初に気になったのはA子だった。キレイ顔で大人びていてハキハキものを言うA子はクラスの中心にいてもおかしくない娘だった。なのにそれを望まずクラスでも目立たないおとなしい娘といつも一緒にいた。その目立たない娘というのが彼女ちゃんだった。

 あのA子の隣にいてそれでも目立たずにいられるってそれはそれですごい。それが私の彼女ちゃんへの第一印象だった。よく観察してみれば彼女ちゃんは私の隣の席だった。そこまで存在感を消せる彼女ちゃんスゲー……

 いつしか彼女ちゃんは私にも話しかけるようになっていた。「うん」とか「はい」とかおざなりにしか応えない私だったけどそれでも彼女ちゃんはあきらめなかった。あきらめてくれなかった。根負けしたように私はいつしか話すようになり、遊びにも行くようになった。保護者のA子も一緒だ。他に遊ぶ相手もいなかった私は(ことわ)らなかった。


 ある土曜日、学校の帰りがけ駅前まで買い物ついでに遊んでいた私たちは通り雨に降られた。たまたま私の家が近かったので皆でうちに避難した。彼女ちゃんとA子は前にも来たことがある。友達を呼ぶときは完璧にかたづけて隙を見せなかった私だったが、そのときは急なことで時間がなく机の上を隠すので精いっぱいだった。

 とはいえこの二人は家探しをして他人の秘密を暴いたりしない。そのくらいには信頼していた。いい娘たちなのだ。

 いい娘たち……なんだけど公開情報つまりオープンにされた本棚は別だった。

「おっ、前来たときよりマンガ増えてんじゃん」

「それ、私も持ってる。Bちゃん、こういうお話が好きだったんだ。Aちゃんと好み合うんじゃない?」

「好みって……何ハズイこと言ってんだよ。所詮(しょせん)マンガだろ!」

「だからマンガの話してるんだよ」

 よくわからないけどA子が自爆したらしい。

「そうなんだ。光の王子かっこいいよねぇ……ヒロインがピンチのときは颯爽(さっそう)と助けに来てくれるし、それなのに気障(きざ)にならないし!」

 彼女ちゃんに乗っかって私もA子をいじる。

「所詮マンガだろ!」

「そうよ。マンガの話をしているのだけれど」

 素直なA子は意外とかわいい。


「彼女ちゃんだって王子押しだろ!?」

「あら、浮気なの?」

 話が赤裸々(せきらら)になってきたので私からもぶっ込んでみた。入学してから3か月。二人から直接聞いたことはなかったけれど見ていればバレバレだ。幼馴染(おさななじみ)だというのに教室でのあのぎこちなさ、意識しているのがまるわかりだ。

「Bちゃん……浮気っていうのは付き合っている恋人がいるのに他にも手を出すことでしょう? 私たち付き合ってないから……わかる?……ねえ、わかる?」

「……ゴメン」

 彼女ちゃんの(やみ)が深い……


「ま、まあ、それは置いといて。このシリーズ持ってるってことはB子も王子押しなんだろ? それともこっちのシリーズのイケメン生徒会長か? どっちが……す、好きなんだよ?」

 反撃のつもりかA子が問い返してきた。『好き』って言葉を口にするだけで恥ずかしくなってしまうA子は外見とは違って13歳の少女だ。本当にかわいい。でも……確かにそこは私の弱点だ。

「どっちも格好いいと思う。でも、『好き』ではないと思う……」

「どっちもって、ずりーぞ!」

「そうだよ、Bちゃん。どっちがいいの?」

 彼女ちゃんまで悪乗りしてきた。でも、本当にこういうのこまる……

「王子もいいよね。会長も押せる。でも、『好き』っていうのはよくわからない……私、人を好きになったことないから……」

「「……」」

 二人が黙ってしまった。私もそれ以上何も言えなかった。


 先に話し出しのはA子だった。

「ごめん……あたしもそうだから。恋とか愛とかよくわかんない」

「うん……」

「わ、わたしも……」

 最後に残った彼女ちゃんが重い口を開く。

「わたしも……わかんない……」

「でも、彼女ちゃんには僕君がいるじゃない?」

「うん……そう……僕君は……わたし、将来結婚するなら僕君しか考えられない。付き合うとか恋人ってよくわかんないけど……でも、結婚するなら僕君がいい。僕君としか考えられない。でも、それって『好き』なのかな……」

 彼女ちゃんの気持ちはよくわかる。私たちはまだ中一で子供なのだ。中一で付き合っている子たちもいないわけじゃない。でも、親しい中ではいなかったし、身近にいるカップルといえば両親くらいだ。だから、結婚(子作りとかエッチな意味ではない)なら想像できるけど恋人として付き合うっていうことが想像できないのだ。


「『好き』だから結婚するんじゃないの?」

 最もおこちゃまなA子が素直な質問をする。

「でも、パパとママはよくケンカするよ」

「いちゃいちゃもしないわね」

「でも……でも……」

 A子は結婚に理想を抱いているのだろう。

「嘘よ。ケンカするほど仲がいいってことじゃない?」

「子供の前でいちゃいちゃしないのは当たり前でしょ。きっとA子のいないところでイチャイチャしてるわよ。きっと……」

「うん……」

 機嫌を直したA子はちょっと考えて微妙な顔をした。

 これは私が悪い。親のイチャイチャするところなんて想像するものじゃない。そのおかげでA子には弟と妹がいるんだけどね。


     *


「ごめんね」

 A子が落ち着いたころ、彼女ちゃんが謝ってきた。

「もうそれはいいって」

「そうじゃないの……Bちゃんはこのマンガのお話が好きなのかなって」

 彼女ちゃんの言葉に私はドキッとした。それは私がずっと隠していた憧れだったから

「さっきは意地悪しちゃってごめんね。わたし思ったの。Bちゃんが好きなのって王子や会長じゃなくってこのお話じゃないのかなって……マンガって登場人物もそうだけど、それだけじゃなくってやさしくってきれいでとてもキラキラしている世界がステキでしょ。だからBちゃんもこのお話が好きなのかなって思ったの。だってわたしもそうだから……」


 彼女ちゃんがなんで特別なのかようやっと理解できた。引っ込み思案でおとなしくて目立たない彼女ちゃんが、なんでA子の親友でいられるのか。あんなに目立つ娘の隣にいて卑屈(ひくつ)にならずにいられるのか。自然体(しぜんたい)でいられるのか。

 周りに振り回されないこの娘はどこまでも優しくて強い。


 きっとA子にも今日のようなことがあったのだろう。A子が彼女ちゃんを隣においてるんじゃない。その前に彼女ちゃんがA子を友達に選んだんだ。それがうれしいからA子は彼女ちゃんと一緒にいる。

 私も選んでもらえたのだろうか。彼女ちゃんの友達に


「あのね……彼女ちゃんの言う通り。私はこの作者先生の描く物語が好き。登場人物も魅力的なんだけど、それだけじゃなくって優しくて純粋で透き通るようなお話が好き。王子や会長も素敵だけど、それだけじゃなくって彼らとヒロインが紡ぐお話が好き……現実ではありえないようなことかもしれないけど」

 二人がうなずいてくれた。

「まあ、マンガでしかありえないカッコよさだもんな」

「現実にはそんな人いるわけないもんね」

 彼女ちゃん! 君はそれを言っちゃダメ!


「でね……私は主人公じゃなくていいんだ。むしろ主人公じゃなくってお話を作る側になりたい。いつか私もそんな物語を描いてみたいと思ってる……」

「できるよ!」

 笑われるかもしれない。そう思いながら打ち明けた私の夢は全肯定された。私のほうがびっくりだ。私がマンガを描いていることは教えていないのに

「ずっと思ってた。B子ちゃんはまわりに惑わされずに自分の世界を持っててすごいなって。それが物語だったんだね」

 ああ、認めてもらえるってこんなにうれしいんだ。あのときの友達の賛辞を素直に受け取っていればよかった。一緒に創作の道、楽しいけれど苦しいときのほうが多い道を歩んでくれないことにがっかりして、付き合いを絶ってしまったけど。


「あたしは知ってた。でも、B子が言わないなら触れないでおくつもりだった。友達だからってなんでも話さなきゃいけないものでもないだろ」

 私のいた小学校からも中学には上がってくる。当時のクラスメイトと話すこともあっただろう。どのような話だったかは想像がつく。でも、A子は私を認めてくれた。待っていてくれた。


「でね……わ……私も……ちょっとだけ描いてみたんだけど……まだまだぜんぜんなんだけど、下手だってわかってる。技術も足りてないし、知識もない。わかってるんだけど……」

 二人は笑顔で私を待ってくれた。

「……………………読んでくれる?」


     *


 あれから10年、彼女ちゃんとA子は相変わらず親友でいる。高校から一緒になったC子も入れて4人で親友してる。

 私は相変わらずマンガを描いている。現実に友達の少ない私はイベントには参加しないけど、ネットに作品をあげたりして活動している。親友たちはいつも応援してくれている。


 主人公であることより創作者(神)であることを選んだ私だけど、あのときの二人の言葉は胸に残ってる。

「主人公じゃないっていうけど……それは創作の世界の主人公なんじゃない?」



 私B子は好きなものしか愛さない。

 愛してるよ、親友たち!

第13話は中学から一緒になった彼女ちゃんのお友達のB子ちゃんのお話でした。ちょっと斜に構えた素直じゃない女の子ですが、そんなB子ちゃんの心も彼女ちゃんのやさしさに融かされていきます。


 第13話でも椎茸君はお休みです。


 本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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