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僕は椎茸が食べられない  作者: 灰色シオ
第2章 僕と彼女の成長
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10.給食

 僕は椎茸が食べられない。

 好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。

 このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。

 小学生の頃、椎茸が入ってない料理が食べられるということで僕は給食が大好きだった。それでもときには椎茸が入っていることがある。お母さんの料理に慣れている僕は丸呑(まるの)みしてやり過ごしていた(後でトイレで吐いていたけど)。小3のとき、あのときは八宝菜だったろうか。そのときの椎茸は強敵だった。ほぼ半身がごろっと入っていたのだ。

 『いただきます』の挨拶(あいさつ)をしたかもどうか覚えていない。僕はトレーを見たまま気を失っていたらしい。

「僕君、大丈夫?」

 食べ終えた彼女ちゃんに声をかけられて我に返った。クラスの半分は(すで)に食べ終え、教室を出ていた。(あわ)てて僕は八宝菜以外の給食を()き込んだ。だが、今日は難敵(なんてき)(ひか)えていた。


 今では食べられないものを無理に食べさせる指導はしなくなったと聞く。あの頃でもそういう風潮(ふうちょう)になりつつあった頃だ。だが、僕たちの学校ではそうではなかった。『好き嫌いをなくそう』『食べ物を粗末(そまつ)にしてはいけません』 そんなスローガンに染められ、食べ終わらなければお昼休みにならなかった。

「大丈夫?」

 心配そうに見守る彼女ちゃんに応えながら、本丸以外を落としていく。豚肉は大丈夫。人参もいける。イカとタケノコは味が染みこみにくいからなんとか。とろみ餡がからんだ白菜は椎茸臭がきつくて苦労した。ウズラの卵で口直(くちなお)し。

 残るはあいつだけだ。


 八宝菜とは8種類の具が入っているわけではない。たくさんの種類の具材が使われている炒め物という意味だ。『八』には末広がりの意味もあっておめでたいからそう名付けられたのだそうだ。

 何がめでたいものか。椎茸を入れたせいで椎茸の味しかしないじゃないか。こんなものを食べるくらいなら校庭の泥を食べたほうがましだ。そのときの僕は本気でそう思っていた(わりと今でもそう思っている)。

 最大の難敵をにらみつけた。


「僕君、好き嫌いはダメなんだからね」

 クラス委員長のA子ちゃんがただ一人残っている僕に言った。

「……わかってるよ」

「A子ちゃん、僕君は好きで食べられないわけじゃないんだから……」

 彼女ちゃんがかばってくれたけど正義感の強いA子ちゃんにとっては決め事を守れないことは許せない悪なのだった。

「大丈夫……」

 彼女ちゃんを押しとどめて僕はそれを丸呑みした。

「……ごちそうさま」

 お昼休み終了まで残り5分。僕は吐き気をこらえてなんとか時間内に食べ終えた。


「大丈夫?」

 食器はすでに給食当番が下げてしまったので、自分で配膳室(はいぜんしつ)まで()げに行かなければならない。途中で彼女ちゃんが気遣(きづか)ってくれる。

「……大丈夫……じゃな…い…」

 気分が悪くなった僕はその場に食器を置くとトイレに駆け込んだ。そして胃の中のものをすべて吐き出した。

 トイレから出ると、すでに食器は彼女ちゃんが片付けてくれていた。

「大丈夫、僕君? はい、これ飲んで」

 彼女ちゃんが差し出した水筒の水を飲んで僕は落ち着くことができた。

「ありがとう。もう大丈夫」

 食べた給食を全部吐き出してしまった僕はその日の午後を空腹で過ごすことになった。


     *


 A子ちゃんは正義感が強い。大人びていて正しいことを言うから誰も反論できない。だけど、それは納得(なっとく)しているわけじゃない。

 もちろんA子ちゃんだって小3の子供だ。完璧なわけじゃない。好き嫌いだって人並みにあった。それは子供らしい意趣返(いしゅがえ)しだったのだろう。その日の給食のA子ちゃんの皿にはこれでもかというほどパセリが盛られていた。A子ちゃんはパセリが嫌いなのだ。

 気の強いA子ちゃんは頑張った。メニューはハンバーグだったと思う。付け合わせのパセリを数人分も押し付けられたA子ちゃんはハンバーグと合わせたり、パンにくるんで飲み込んだり、頑張ったのだ。ほかの食材がなくなったとき、皿にはまだパセリが3(ふさ)残っていた。

 悔しいのだろう。正義感だけでなく責任感も強いA子ちゃんは自分がクラスのルールを破ってしまうことが許せないのだ。

 A子ちゃんは涙をこぼした。

「いいよな、女子は。泣けば許されるんだから」

 それはA子ちゃんにとって死刑宣告にも等しいものだった。泣くことすら禁止されてしまったのだ。

 言ったのは前にA子ちゃんにやり込められた男子の誰かだろう。何人かで仕組んだことなのだ。お昼休みだというのに教室にはかなりの生徒が残っていた。

 僕は彼女ちゃんを見た。彼女ちゃんが頷いた。


「あっ、あれUFOじゃない!?」

 窓の外を指した声が教室中に響いた。全員の視線が窓の外に集まる。

「どこどこ?」

「あそこ、雲の上!」

 みんなが窓際(まどぎわ)に集まる。

「なーんだ。飛行機じゃんか……」

 当たり前だ。UFOなんかいるわけがない。

 みんなの意識が教室に戻ったとき

「えらい! A子ちゃん、頑張ったわね」

 教室の中から声が上がった。

 そこには空の食器とぼうぜんとするA子ちゃんの姿があった。


 彼女ちゃん、そんなにもぐもぐしてたらバレるって


 それからA子ちゃんは正義を振りかざさなくなった。もともとリーダーシップはあったのだ。ルールや正義を押し付けるのをやめて、それぞれに寄り()うようになったA子ちゃんはいいクラス委員長だった。八宝菜が給食に出たときも僕の皿には細かめの椎茸を選んで盛ってくれるようになった(()けるのはやっぱり彼女の正義感に反するらしい)。


     *


 あれから13年、A子は彼女ちゃんと親友でいる。

 今日は彼女ちゃん家に料理を習いに来ている。彼氏さんに作ってあげたいメニューがあるそうだ。僕も味見(毒見?)係として呼ばれている。信用金庫に勤めているA子だけれど大手銀行に勤める彼氏さんの次の転勤についていくつもりらしい。

「関西風の八宝菜ってやっぱり牛肉で作るの?」

「それは聞いたことないから、豚肉でいいんじゃないかな」

 八宝菜は中華料理だからね……ちょっと待てよ。椎茸は日本の食材のはずだ。なら中華料理の八宝菜に椎茸は本当に必要か?

 *筆者注)2017年時点で国内生産量のほぼ倍の乾椎茸を輸入している(財務省 貿易統計より)。日本が輸入する椎茸はほぼ全量を中国からの輸入に頼っている。中国でも一部では椎茸を食用に使う。椎茸の中国語名『冬菇(中国語の発音「dōnggū」)』から、肉厚でかさが開ききっていない椎茸を国内でも「どんこ」と呼ぶようになった。しかし、中国では日本ほど洗脳されてないのでほとんどは日本への輸出に回されている。


 今更ながらスマートフォンで必死に検索する僕に向かって彼女ちゃんが教えてくれた。

「中国でも椎茸は食べるけど本場の八宝菜ならキクラゲを使うんじゃないかな」

 何ということだ。どこのドイツだか知らないが、八宝菜に椎茸を入れることを考えたやつに文句を言ってやりたい。給食を食べている児童何百万のためにも言ってやらねばなるまい。被害者は僕たち卒業生を合わせれば数億人は下るまい。そうだ。これは正義の戦いなのだ。

「給食のメニューに文句を言うのは文部科学省でいいのかな?」

「知らないよ」

 小学校時代、好き嫌いで給食に悩まされた仲間だというのにA子はつれなかった。彼女ちゃんは苦笑いするだけだ。

「できたぞ。いつまでもうじうじ言ってないで、いいから食え!」


 その日、A子が作った本格中華八宝菜(椎茸抜き)はおいしかった。



 それでも、やっぱり、僕は椎茸が食べられない。

 A子はパセリが食べられない。


今回から新章「僕と彼女の成長」編です。僕君と彼女ちゃんの成長の物語が回想として描かれています。

第10話は僕君視点の小学校時代の給食のお話でした。小学生の彼女ちゃんもかわいいですね


 このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。全部とは言いませんがほとんどの料理は作者の体験済みです。給食に出ていた八宝菜は……もちろん幼いころのトラウマです。椎茸に関する内容の90%は作者本人が体験した実話をもとに書いています。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。


 新年あけましておめでとうございます。ということで今回は元旦投稿してみました。次回からはこれまで通り毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。

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