9.初夢
僕は椎茸が食べられない。
好き嫌いの問題ではなく、食べられないのだ。あのぐにゃとした歯ごたえでぐにゅっとした食感でぐじゅっとした後味のあの食材を。思い出しただけで吐き気がする。実際吐いてしまう。だから、僕は椎茸が食べられないのだ。
このお話は、椎茸が食べられない僕君と何が何でも食べさせようとするお母さんの戦いの物語です。僕君を助けてくれる彼女ちゃん。なついてくる妹ちゃん。温かく見守ってくれる友人たち。そんな仲間とともに成長していく僕君。はたして僕君は椎茸を食べられるようになるのでしょうか。
僕たちは追い詰められていた。シータケ王イタ率いる悪の帝国の攻勢に僕らは手も足も出なかった。シータケ帝国の胞子攻撃で日本人の99%が感染してしまった。胞子に汚染された人間は椎茸を食べられるようになってしまうのだ。なんて恐ろしい……
シータケ帝国はかなり以前から日本侵略のため、周到に準備を重ねていたらしい。巧妙に出汁に椎茸を混ぜ、少しずつ人間を洗脳していたのだ。帝国に洗脳された人たちは見た目ではわからない。だが、見分ける方法は簡単だ。目の前に椎茸を突き付けてやればいい。洗脳された人は必ずむしゃぶりつく。干椎茸だろうが、生椎茸だろうが関係ない。
今日は隣のおじさんが感染した。
「うめ~っ、椎茸うめ~っ!」
反椎茸同盟の同志だったおじさんの惨状に僕は愕然とした。感染したら僕もあんな風になってしまうのだろうか。それだけは絶対に嫌だ。
「おとうさん! しっかりして……」
彼女ちゃんが必死に呼びかけるがおじさんは見向きもしない。ただひたすら椎茸をむさぼるだけだった。泣き出した彼女ちゃんをA子が肩を抱いて慰めている。
「B子もC子もやられちまった……ここはもうダメだ」
「おい、僕。しっかりしろ!」
「これを飲ませて。手遅れになる前に」
声をかけてきたのは先輩だった。同期ちゃんも一緒だ。同期ちゃんが僕に褐色の小瓶を手渡してくる。
「これは……?」
「研究所で開発した抗胞子剤よ。さっき完成したばかりの最新型。感染後24時間以内なら洗脳も解くことができるわ」
そんな怪しげな薬をおじさんに飲ませていいものだろうか?
「早く博士に。間に合わなくなるぞ」
「はい」
先輩の勢いに押されて博士に抗胞子剤を飲ませる。あれ? なんでおじさんが博士なんだ?
「はっ……私は何を……うっ、おぇぇぇぇっ……」
意識を取り戻した博士は先ほどまでむさぼり食っていた椎茸を吐いた。
「ひでぇことしやがる……」
つい3か月ほど前まで肉しか食べなかった先輩はやっぱり椎茸も嫌いだった。偏食の同期ちゃんもだ。仲間が生き残ってくれたことがこんなにも心強いなんて。
「私としたことが、見苦しいところを見せてしまったね。もう、大丈夫だ」
胃の中のあれをすべて吐き出した博士が立ち上がった。
「だが、これで新薬の実効性は確認できた。反撃に出るぞ!」
「「「「おおっ!」」」」
僕以外の全員が博士の檄に応えた。
「レッド、どうしたの?」
突然の展開についていけない僕に彼女ちゃんが呼びかける。えっ……レッド?
「まさか、心折られちまったんじゃないだろうな」
ブルー先輩が問い質してくる。なんでブルー先輩なんだろう……?
「しっかりしろ。人類を守れるのはもうあたしたちしかいないんだ」
「あんな非道いことされて、このままでいいの?」
グリーンA子とオレンジ同期ちゃんも喝を入れてくれた。
そうだった。ここは人類解放戦線東京支部、人類をシータケの魔の手から守るべく立ち上がった正義の砦。僕は反椎茸戦隊のリーダー・レッドだ。
何を迷っていたのだろう。僕らは無理やり椎茸を食べさせようとする悪の手先シータケ帝国の極悪非道から人類を救済すべく立ち上がったのではないか。悩んでいる暇はなかった。絶体絶命まで追い込まれた僕らだけど、ここから反撃するのだ。
「許せるわけないだろう。さあ、ここから反撃だ!」
「装備は用意しておいたわ」
ピンク彼女ちゃんが支部を案内する。作戦本部で僕たちは色分けされたコスチュームに着替えた。フルフェイス型のマスクに全身スーツに身を包んだ僕たちに白衣姿の博士がレクチャーを始めた。
「君たちの着ているバトルスーツは対シータケ用に特別にあつらえた。胞子はもちろん分子篩機能によってレンチオニンも99.999%カットする。だが、残念ながら100%カットはできない。高濃度汚染域での活動は30分が限界だ。タイムリミットに気を付けてくれ」
「武器はこれ」
博士の助手でもあるピンクがバズーカ砲を担いで見せた。
「抗胞子剤を詰めた反シータケ砲よ」
「そして洗脳が定着してしまった人にはこれだ」
博士はレーザーガンを手渡してきた。
「電磁パルスによるショックで洗脳を解く対シータケ洗脳解除銃だ」
装備が全員にいきわたったところで博士が作戦の説明を始めた。
「第1フェーズでは、反シータケ砲を搭載したICBMで全国に抗胞子剤を散布する。本格侵攻が始まってまだ日がない。これで国民の7割は元に戻せるはずだ。完全除去は最終フェーズに残しておき、先に洗脳が解けて敵の指揮系統が混乱している本陣を叩く」
博士がスクリーンに映る地図の一点を指した。
……そうだと思ったよ。
「健闘を祈る。反椎茸戦隊出動!」
「「「「「了解」」」」」
博士の出撃命令で僕たちは多目的戦闘機『愛と自由』号に乗って敵地に攻め込んだ。
苦しい戦いだった。前線を突破した僕たちを笑い声が迎えた。
「ハハハハハ、マッテいたぞ、シータケバスターズ」
「カレーさん!」
「ソノナハステタ。イマノワタシハ、シータケのデンドウシャ、シータケイエローだ!」
「そんな……仲間だったじゃないか」
「ワタシハシータケノイダイサヲシッタノだ。スデニインドはテーコクノテニオチた。ニホンモオマエタチヲノコスノミ。アキラメろ」
「そんなことできない。嫌いなものを無理やり食べさせるなんて間違っている!」
「ソウカナ? コレデモ?」
「それは……椎茸カレー!」
「ニホンデドクジノシンカヲとげコクミンショクとナッタカレーだ。コレデインドジンモイチコロダッた。クラエッ!」
椎茸カレー攻撃に僕たちは追い詰められた。ブルーが被弾した。
「ぐぼっ……もぐもぐ……ごっくん………………俺、カレーは好きだけど……これはなしじゃね?」
肉しか食べなかった当時でもカレーの野菜だけは食べていたブルーが冷静に突っ込んだ。
「バカナ……」
シータケイエローがガックリして膝をついた。
僕たちはイエローの洗脳を解くことに成功した。イエローが仲間になった。
僕たちは敵の本拠地にやってきた。場所はもちろん大分県だ。
「悪いけど、ここを通すわけにはいかないよ」
僕らの前に立ちふさがったのは……
「妹ちゃん!?」
ピンクが悲鳴のような声を上げた。
そう。僕たちの前に立ちふさがったのは妹だった。
「その名は捨てた。今の私は椎茸の伝道者、シイタケブラックだ!」
なんということだ。妹まで洗脳されていたなんて……
「洗脳? ちゃうちゃう。そんなもんされてませんがな。ぶっちゃけ、あたしにはどーでもいーし」
「ならなぜ!?」
「だってお兄ちゃんを倒せばスマホの契約20GBにしてくれるっておとう……シータケ王イタ様が言ったから……」
確かにギガは重要だ。だが、そんなことで世界を裏切るな! バカ妹よ!
「なら、こっちに寝返ればピンクが頭なでなでしてくれるぞ」
「……」
答えはない。切り札だと思ったのだが、まだ足りなかったようだ。
「……お兄は……?」
「は……?」
「寝返ったらお兄ちゃんは何してくれるの!?」
「ぼ……僕か? ……ああ、何でもしてあげるとも」
「……なんでも?」
「ああ、何でもだ!」
「だっこしてくれる?」
妹は僕より少しばかり……身長は10cm以上、体重で言えば10kg以上重いのに……
バコッ
「僕君……今その具体的な考察は必要かな? そういうところだよ」
ピンクにボコられた。確かにその通りだ。
「約束だ! だから妹よ。我が手を取れ!」
「うん! お兄ちゃんに寝返る!」
「うげっ……」
僕は抱きつかれた勢いで妹の下敷きになった。押しつぶされた僕のHPは枯渇寸前だ。
ブラックが仲間になった。
さあ、いよいよ最終決戦だ。
「おとう……シータケ王イタ、お母さんを放せ!」
「無駄なことを、おかあ……この女は生粋の大分人、解放したとしてまた何度でも同じことをするぞ。それはお前もよく知っているだろう」
イタの台詞に僕はひるんだ。お母さんならやるだろう。それは僕の23年が証明している。
「でも、それはうちの問題だ。人類を巻き込むのは間違っている。くらえっ!」
「うわああああああーっ!」
洗脳解除銃の一撃でシータケ王イタは倒れた。僕たちは勝ったのだ。これで世界を侵略していたシータケの恐怖から人類は解放された。そう思ったとき
「だらしないわね。まったく役立たずなんだから」
ラスボスは倒したはずなのに……シータケ王だったものをなじる声がした。
「お母さん……?」
お母さんの洗脳が解けていないだと……
「そうよ、レッド。あなたに椎茸のすばらしさを教えるためにシータケによる世界征服を計画したのよ。今からでも遅くないわ。シータケ胞子を受け入れなさい。シータケを食べられるようになるのよ。そうなれば、あなたの悩みもなくなって家庭も平和になるわ」
……そうかもしれない。僕が悪かったのだ。僕が椎茸さえ食べられたら、お母さんも悪魔の料理(椎茸オムレツや椎茸ハンバーグ、椎茸ミートソースなど)を作らずに済み、うちの食卓も幸せだったかもしれない。
「レッド、目を覚まして!」
ピンクの声に我に返った。
「目を覚ますのはおばさまです。私だってレッドに椎茸食べてほしいけど、でも、無理やり食べさせるなんて間違ってます。椎茸を食べさせるために洗脳するなんて、やっぱりおかしいです。だから、目を覚まして、おばさま!」
そう言うとピンクは洗脳解除銃の銃爪を引いた。
「ぎゃああああああああああああーっ!」
こうして真のラスボスは倒された。
「しっかりしてください、おばさま……」
「ああ、彼女ちゃん……洗脳だなんて、私が間違っていたわ。これからも僕君が自然に椎茸を食べられるように、美味しい椎茸料理を開発しないとね」
全然倒されていなかった……
*
「……という初夢を見たんだ」
1月2日の朝、うちに来ていた彼女ちゃん(振袖バージョン)に初夢の話を聞かせた。これから二人で近所の神社まで初詣に行くのだ。
「そんな夢見るのって、僕君、本当は椎茸を食べられるようになりたいんじゃないのかな?」
「そうかな?」
いわれてみればそんな気がしてきた。
「試してみる?」
おせちの重箱から彼女ちゃんが椎茸の煮物(お母さん作)を取ってくれた。
あんな夢を見たせいだろうか。なんだか今日はいけそうな気がする。
「いただきます」
……
やっぱり、僕は椎茸が食べられない。
第9話は僕君の初夢のお話でした。意味不明でついてこられない方もいらっしゃったかと思います。すみません。でも、所詮は夢の話ですから。
このお話にはところどころで料理に関する記述が含まれます。全部とは言いませんがほとんどの料理は作者の体験済みです。煮物ってなんで椎茸入れるんでしょうね。意味わかんない。椎茸の煮物入りおせちは……もちろん幼いころのトラウマです。椎茸に関する内容の90%は作者本人が体験した実話をもとに書いています。私怨が込められているのでお見苦しい部分があろうかと思います。特定の地方の方には不快な思いをさせてしまうかもしれません。お詫びを申し上げます。温かい心でお目こぼし頂ければと思います。
これにて第1章「僕と彼女の日常」編はおしまいです。次回からは僕君がどのように成長してきたのかを紹介する第2章「僕と彼女の成長」編をお送り致します。
本作は毎週水曜日に投稿する予定です。今後もお付き合い頂けたら幸いです。感想・レビューなど頂けたらうれしいです。




