(10)教会のなかでは
◇ ◇ ◇
――――ベルセルカが砦に連れていかれていた、ちょうどその頃。
「…………おれ似の女悪魔に会った?」
『正確に言うとイヅル先輩の生き別れの妹みたいな感じの激似っぷりッス。
ただ、右手だけ、イヅル先輩なみにおおきかったッス』
教会のなか。
イヅルは、魔道具の鏡をつかってファランクスと通信している。
周囲には、教会のなかで籠城していた人々が集まって、会話を逐一もらさぬよう聞いている。カルネにドレイクもだ。
15分に1回の悪魔化は、レイナートの『悪魔祓い』以降、パタリとやんだ。向こうもなにかも感じ取ったのかもしれない。
「おまえとエレナさまは?
大丈夫だったのか?」
「大丈夫ッス。
オレたちはいま、馬でベルセルカ様捜してます!」
「エレナ様は!?」
「オレの膝の上! 目隠ししてもらってます!」
正しい。何せ周囲は死体だらけだ。
「落とすなよ、絶対!!
それと、おれに似た女だが、こちらでもその話を聞いた。教会の者たちを攻撃する一団の長となっていたと」
最初にイヅルの姿を見た者たちが怯え始め、そこから聞き出したのだ。
なので、とりあえず、イヅルについては3年前にこの土地で闘った軍人であるということだけ、周囲に伝えてある。
『……ねぇ、イヅル先輩。
3年前に斬られた腕、結局さがしても見つからなかったんスよね?』
「ああ。
だから、それから毎日若に〈再生治療〉をかけていただいて、一か月半かけて腕を生やした」
〈再生治療〉。レイナートが生み出した治癒魔法の最高峰で、魔法によって“万能細胞”を作り出し思いのままに人体を再生する、という、レイナート・バシレウスの真骨頂ともいうべき技術だ。そこからカバルスの医学も飛躍的に進歩したのだが、それはまた別の話。
『いまオレが考えてることわかります?』
「………多分おれも、同じことを考えている」
『この、オレらがいまいる世界観でこの言葉出すの、超、違和感なんスけど……。
これ、イヅル先輩の腕からつくった、クローン的なものなんじゃ?』
クローン、という言葉にドレイクが首をかしげたので、イヅルが補足する。
「おれたちがいた世界には、まったく同じ生き物をつくりだす技術があります。
おそらくは、人間にも応用できるだろうと言われています」
「……おなじ人間を?」
「ええ、身体の一部から。
ほんとうなら、腕からにょきっと身体が生えてくるというのではなく、小さい細胞……身体のごく小さい部分から、ガラスの管などの中で育つのですけど」
「…………えと?
つまり、人間の腕なんかから、ホムンクルスをつくりだして、それが、もとの人間と同じものになるってのか?
そんな魔法が……」
周囲の人間がざわつき顔を見合わせる。
この世界の一神教では、人間は神がつくったものとされているので(こんなにも人を殺しておいて何故そこは禁忌なんだ、と思わないでもないが)、人工的に人間を作り出そうなどというのは大変な禁忌なのだ。
そもそもイヅルたちは転生者なので、この世界の成り立ち自体は、わからない。
もとの世界と同じように、ビッグバンが起きて宇宙がうまれ、地球のような星ができていって……、なのか。
それとも、かつて自分たちがいた世界で信じられていた天動説そのままの世界なのだろうか? 猿から進化して人間になったのではなく、神が人間を作ったような?
そのあたりはわからない。
ただ、ひとつイヅルたちに言えることは、少なくともこの世界では転生が存在するということ。
人間以外の生き物も同じように魂をもっていて、時に人間にも転生する、また人間が人間以外に転生することもある、ということだけだ。
「……摂理に反したことをする、悪魔の技術だったのです、おれのいた世界でも」
イヅルはそう続けた。
わかりやすく収斂させるというのは、なにか大切なことを落としてしまうのだけど、今は生命倫理の議論をする時間ではない。
「……うん、わかった。
そうか、おまえらの国も、悪魔に悩まされて大変だったんだなー」
村人たちが何かよくないことを言いたげにしていたところ、ドレイクが色々ざっくりと断ち切ってくれた。
ええまぁ、と、イヅルはうなずき、「なにかわかればまた連絡しろ」とファランクスに指示して通信を切った。
「レイナートは、ベルセルカをさがしにいってるだろ?
俺たちは引き続きここで籠城で、いいのか?」
「……そうですね。
ええと、修道女どの」
少し離れたところに立ち、ずっとイヅルに対して懐疑の目を向けていた修道女が、警戒した様子で、「何でしょうか」と返す。
若い。イヅルより少し年下ぐらいだろうか。
(意外と庶民は比較的結婚年齢が遅いので、20代女子も、貴族の間ほどは年増扱いはされない)
「……悪魔にとりつかれ、命を奪ったという方々の遺体を、少し見せていただいても?」
「神のみもとに旅立たれた方々です。
遺体を汚すようなことは許しません」
キッ、とにらみつけながら、修道女は言い返し、イヅルの前をふさいだ。
汚す。つまり、転生奴隷の烙印を押されたイヅルは近づくなという意味だ。
――――イヅルは、並べられた死体のもとへ〈転移〉した。
「あなた、何を!?」
「汚れるぐらいなら死んだほうがましかは、ご本人にうかがいましょう?」
比較的新しい、こどもの死体に手を伸ばす。
格闘術はイヅルがレイナートの師匠だが、魔法に関しては、逆。この国最強の主が、いまのイヅルの師匠だ。
この国最高の蘇生魔法つかいから、イヅルは叩き込まれている。
――――――――こどもが、ぱちりと、目を覚ました。
修道女を一瞬止めながら駆けつけてきたドレイクが、大声をあげる。
「おまえ、蘇生魔法、できるのかよ!?」
「先ほどまでは外の悪魔を警戒しないといけませんでしたが、今はもう大丈夫です。
ちょうど、結界が張られていたので、魂が逃げずに教会のなかにいました。
他の方々も、心臓に傷がなければ、生き返らせることができると思います」
「マジか………よかった………」
ドレイクがへたりこむ。
「結界……?」修道女が呆然とした顔で呟いた。
「続けて、蘇生していきますね」
「お、おねがい! うちの、うちの夫を……」
「すみません!! 妻を、妻をおねがいします…!」
教会の中の人々はいまや、イヅルにすがりついていた。
蘇生魔法を続けていく。
――――それにしても、ベルセルカ様は大丈夫だろうか。
“純潔の加護”があるとはいえ、不死身ではない。それにあの加護を〈強制解除〉する魔法をかけられてしまったら。
ぞわっ、と、己の想像に寒気が走った。
◇ ◇ ◇




