【幕間4ー2】フェリクスと奴隷政策(2)
◇ ◇ ◇
「待っ、て。
あんた、あたしに、この連中の相手をさせに連れてきたのっ…?」
「申し訳ございません。
私は戦闘はからきしなのでお願いできますか、アリアドネ様」
アリアドネは目を剥いて、隣に立つ、にこやかな領主代行をにらんだ。
馬車に揺られてしばらく行ったと思ったら突然、ゆるやかな山道の手前で下ろされて、しばらく歩かされたと思ったら、目の前には、どうやら旅人を狙っているらしい賊の一団が、姿を現したのだ。
(やられた。
魔道具の杖を持ってくるように言われたわけだ……)
「おい、聴こえなかったのか!?」
「2人とも、こっちに来いと言っているんだよ!」
「金目のものを身ぐるみ置いていけ、ではなく、か」
ぽつりとアリアドネが言うと、賊の頭らしい男が、フフン、と鼻を鳴らした。
「殺しはしねぇよ。
そこの女、烙印があるってことは、解放奴隷か?
まぁ、もう一度同じことをするだけだぜ」
では、身ぐるみ剥いだうえで2人とも奴隷として売ろうというのか。
気に入らない。それをやろうとする賊たち――全部で8人いた――の首筋、見える限り、はっきりと烙印が刻まれていたのだ。
「―――フェリクス。どうやろうが、文句はないんだね?」
「ええ、お好きに」
「だったら、好きにやるよ。
あたしだって、国王に負けてから労役の合間に鍛練もしたんだからね」
アリアドネは魔道具の杖をふわりと掲げた。
「――――〈召喚、死霊王〉!!」
一瞬で空が黒く染まり、賊は天を見上げざわつく。
足元の土が、大きなモグラでも走っているようにボコボコと砕けて盛り上がる。
ボコッ。
土がはね上がったと思ったら、その下から骸骨が幾体も立ち上がる。
「ひいいいっ」
「化け物!?」
混乱の声のなか、骸骨たちがガラガラガラと奇怪な笑い声をあげて賊たちに抱きついていく。
拘束され、泣きそうになる賊たち。
さらに、土が、一際大きく、ボコリと膨らんだ。
膨らんだところから、ドスッ、と、大きな骨の手が突き出る。
人のものでは、明らかにない大きさ。
その手が土をぐっと掴む。
もう一本、骨の手が突き出る。
膨らんだ土がくだけ、その下から、ざんばらの髪が残る頭が、わずかにのぞく。
その頭もまた樽のごとき大きさで、明らかに人ではなく、そして、髪以外は骨なのだ。
巨大骨が、ズズズ、と這い上がろうとしている。
首が上に上がり、眼球を失った黒い眼窩が、賊たちを見ている。
それを目の当たりにした賊たちは、ある者はへたりこみ、ある者は泣き出し、ある者は失禁した。
「〈召喚、解除〉!!!」
戦闘不能になったのを見て、アリアドネは再び杖をふった。
骨たちは、一瞬で姿を消し、男たちはへたり込んだまま動けない。
「ついでに、――――〈蜘蛛の巣〉!!」
男たちのからだの上に、蜘蛛の巣を繊細に編み上げた網のような白い糸がベタリと降ってきて、地面に拘束した。
「――――なんだ、これは!?」
「う、動けねぇ!?!?
なんなんだあっ!??」
悲鳴をあげて地面を転がると、8人が白い粘着糸でからめとられたように固定された。
「で? これで、あとから捕まえに人を寄越してくるってわけ?」
「いえ。我々のあとをすこし離れて官吏がついてきておりますので、すぐに連行いたしますよ」
「………あんたのそういうとこ、本当に嫌いだわぁ」
罵倒にも動じずにこやかに、しかしいきなり、フェリクスは、アリアドネの手をとった。
「この先ですよ」
「へ、これが、目的じゃないの!?」
「あれはついでです。見せたいものがあると申し上げたではないですか」
「ちょ、ちょっと、あんた、フェリクス!?」
手をつないだフェリクスが小走りに走りだす。
手足が彼ほど長くないアリアドネは、杖をもった方の片手でドレスの裾をもち、スカートのなかでぽんぽんと布地を蹴りあげながら、必死でついていく。
「なに、なんなの、いったい!??」
「もう少しですから。ほら」
山道? というよりも野原のような場所を越え、彼の向かう先には、小高い丘。
(……ああそういえばこどものころも、いつも、何かあったら私のペースを省みず引っ張るのよね)
男の服と女の服では、走れる速さが全然違うというのに。
息を切らしながら、フワッとそんなことを思いだしたとき。丘の下が見えた。
眼下に広がる、建物群。
「なに、これ……」
「公有化した奴隷の家です。
タウルス領内にあと3つつくるつもりですが」
石を積み漆喰で固めた、思いのほか大きな建物だ。奴隷の家とはとても思えない。
そして農場もある。
「さすがに個室とはいきませんでしたが、いままでよりは格段によく眠れるでしょう。
食事も栄養のあるものをこちらで用意します。もっとも奴隷のうち、3割ほどは、ここで食べる作物をつくったり用意したりする役目です。
それに、出産と子育ての支援に、教育と、職業訓練を」
「……アイツがやってたことと、同じ?」
「正確には、奴隷の公有化からの解放は、先代カバルス公の政策ですね。陛下は特に就業対策を、より広範囲な貧困層に広げたのです。
ちなみに、タウルスの他に隣のラットゥスも同じ試みを始めています。
ドラコも、家出をされていたご令嬢がこのたび領主代行の地位につかれ、また違ったかたちで奴隷解放を検討するとか」
アリアドネは、建物をじっと見つめた。
「……きっと、あたしが売った奴隷もここに入るんだね」
「ええ」
「さっきの、野盗たちは?
きっと逃亡奴隷だけど」
「彼らは、余罪があるでしょうから、それを裁いて、死刑か労役刑かですね。
それは、ここの奴隷を守るためにも、線を引きます」
「そうね……」
あの野盗たちも、奴隷にさえならなければあんなことはしなかったのか。
それとも自由民であっても、誰かを虐げたのか。
それは決して他人事ではない。
アリアドネ自身も罪人なのだから。
だからこそ、きちんと裁かれなければならないのだ。
「しばらくは大変でしょうが……どうにか新しい領主が決まるまでにかたちにしておきたかった」
「新しい、領主?」
「王室法にのっとれば……現状、ほぼ確実に、私の父と、長男である私の兄が、タウルス公爵を継承するでしょう。
さかのぼれるかぎり最も近い男系の親類です。
そして2人とも私とは、死ぬほど仲が悪い」
「じゃあ、フェリクスは……解任されるの?」
「でしょうね。
限嗣相続に乗っとれば、財産もいまの爵位もあわせて兄だけのものですから。
まぁ、陛下とも懇意になれましたし、どうにか生き残りますよ」
「………そう言われると、全く、心配がなくなるのが、へんな気持ちね」
ふふふ、とフェリクスは笑った。
「……私にも、罪滅ぼしができるのかしら」
「アリアドネ様にも何かができると思います、というのをお見せするために、今日お連れしたのです。15年前の……埋め合わせになるとは思いませんが」
「それはそうだわ。
15年前には、どうあがいても戻れないもの。
でも」
できることはあるのだ。やり直しはきかなくても。きっと、それを探りだせる。
帰るからとフェリクスが再び差し出した手を、アリアドネは強く握りしめた。
……で、その直後、またフェリクスの歩くペースの速さに引きずられた彼女は閉口するのだった。
【幕間4 了】




