【幕間4ー1】フェリクスと奴隷政策(1)
◇ ◇ ◇
アリアドネが不在にした、数日後――
王都から見て北東に位置する王佐公爵領タウルス、その主城にて。
「……領主代行様。
あなたさまは転生者という者たちを御存知ない」
「彼らには道徳というものが欠片もない。
意欲も低い。
能力もおしなべて低い
おそらく、チキュウという異世界の文明レベルも、我らより低いのでしょうな」
「結局、奴隷として生きることが必然なのです」
城の応接室にて、タウルスの領主代行フェリクス・グールは、せつせつと訴える富豪たちの言葉を聞いていた。
(なるほど。
先代カバルス公が奴隷を廃止した時にもこのような抵抗勢力がいたのだろうか……)
相手にしているのは、貴族ではないがタウルス内の有力者の老人3人。
フェリクスは、鼻にひっかけた片眼鏡の奥で、隙のない笑みをうかべて見せている。
15年前、主の娘には
『完璧な武装』
と言われた笑みを。
王都の流行をほどよく取り入れた、ビシリと隙のない服装が、手足の長いフェリクスの身体によく似合っている。
「教会は、奴らが『女神』を名乗る女悪魔から異能力を与えられてきたと言いますが、そんなものは見たこともない」
「いかに楽をするか。
いかに主のものをくすねるか。
いかにずるをして多く食べるか多く休むか。
転生者とは、そればかりです。
我々自由民とくらべ、知能は、明らかに低い」
「温情などかければたちまちに増長するのです。
しつけるのもそれはそれは大変で。
それに、すぐ、自分は実は転生者ではないなどと訴えます。
烙印がすべて物語っているというのに」
「さらに傲慢で己の立場をわかっておりません。
しばしば逃亡という卑怯な手段に出たり、さらには暴力的手段で自由になろうといたします。
あろうことか暴動を起こす者までも」
「すなわち、転生者とは、もともと知能が低い上、おそらく本性が根っから野蛮で卑怯で暴力的なのでしょう」
老人たちはこれでもかというぐらい、転生者とはいかに酷いものか、いかに自分は奴隷の管理に苦労しているか、を訴える。
十分すぎるかというぐらい老人たちの訴えを聞き、それから、にこやかにフェリクスは返事をする。
「………皆様のご苦労は大変よくわかりました。
しかしそれではなぜ、奴隷の公有化を拒まれるのです?
その大変な奴隷の管理や世話を領主側でやり、皆様がそれを、安価で利用できるかたちを作ろうとしているのですよ?」
「し、しかし!
奴隷とはわしらの資産であって……!!」
「資産という割には、皆様、『資産価値』を落とされるような奴隷の使い方をしていらっしゃるのはなぜでしょうか?」
言われて、彼らはみな、顔を見合わせた。
「失礼ながら、お持ちの奴隷の身体を拝見させていただきました。
こどもの頃より、鞭などによる体罰を与えていますね?
あるいは何か気にくわないことがあれば些細なことでも暴力をふるう」
「…………!
それは、必要なしつけの範囲で!」
「女性やこどもの奴隷を慰みものにするのも、必要なしつけの範囲ですか?」
「そ、それは、わ、若くて魅力的な奴隷を持つものなら、だれでもしていることでしょう!?」
老人たちの目が突如泳いだのは、婚姻外での性交が、国教会が禁忌と説く行為に該当したからであろう。
「それもまた、人の心身に大きなダメージを与える行為であることを認識していらっしゃらない」
「そ、そのようなことは聞いたことがない!」
ここで、『では、あなた方は自分の娘や息子がそのような目にあって平気なのか』と聞いたところで、おそらく転生者と自由民は違うと言い出すのだろう。
だからこそ、あくまでも彼らの心当たりを突け。
「では、あなた方が快楽をむさぼった女性の奴隷、あるいは若い男性の奴隷もいたかもしれませんが、どれだけの間、『魅力』を保ちましたか?
顔色悪く、陰鬱な顔や取り繕ったような顔をいたしませんでしたか?」
「…………」黙り込む。
「こどもの奴隷は、その行為のあと、健やかに育ったのですか?」
「…………」
「それに、精神に異変を感じませんか?
判断力の低下や無気力とおっしゃいましたが、私がお見受けするに、精神疾患の症状では。
暴力というかたちで発露する者も、確かに中にはいるでしょう。それに」
精神疾患、という言葉に、老人たちは息を飲んだ。
心の病というものについても老人たちは認識していた。
しかも、得体のしれない何か恐ろしいものや悪魔つきのように理解していた。
持っている奴隷が精神疾患なのでは。
そう言われ、ぞわりと、恐怖に包まれているようだ。
その病を与えたのはあなたたちなのだ。
そう言ってやりたい。
だが、言わない。
その言葉は、彼らに届かないから。
「精神も、一度壊すと、健康だった頃にはなかなか戻れないのですよ。
あとすこしが、がんばれなくなる。
倫理を、道徳を守る、そうしたくても、あとすこしだけ必要な自制が、足りなくなる」
といって、みながみな、危険な存在ではない。
それに、奴隷という不当な環境下で積極的に楽をしようズルをしようサボろうという考えにいたるのは、逆に健康であるせいかもしれない。言わないが。
「……公有化して、それをきちんと管理させていだきたいということですよ。
繰り返しますが、あなた方は食事や寝床の用意に気を使うこともなくなる。
奴隷の管理に頭を悩ませることもなくなる」
「おそれながら―――その先に、奴隷解放、および奴隷廃止が待つというようなことは?」
フェリクスは、にこりと笑みながら、返した。
「私にはそのようなつもりはございませんよ。
国王陛下が決定なさらない限りは」
「………」
一見、形式は否定である。
だが、老人たちにとっては、肯定より強い肯定に聴こえる言葉だった。
現在の国王レイナート・バシレウス・テュランヌス。母が転生者であったために首筋に奴隷の烙印を押された、18歳の少年である。
当時の法に従えば、彼自身も奴隷に落とされたはずだったのだ。
その背景から言っても、突然の奴隷制度廃止や、奴隷の扱いがひどかったものへの刑罰などを始めてもおかしくない。
さらに恐ろしいのは、王国史上最強の魔法使い=意思ある大量破壊兵器、ということだ。
国王という切り札を出され、老人たちはしばし、固まった。
「…………しょうち、いたしました」
「!!何を言う!?」
「いや、無理であろう、国王陛下がもし決定を下されたら、だれが抵抗できる!?」
騒ぎながらも老人たちは折れた。
彼らの地域の奴隷たちもすべて公有化していくことがこれで決まったのだ。
すごすごと老人たちが帰っていく。
――――と、入れ替わりに応接室に入ってきたのは。
「なんなの、あのじいさんたち」
「おかえりなさいませ」
遠出から帰ってきたかつての主の姿に、フェリクスは笑顔で立ち上がる。
この女性を目にすれば、万人が万人がとも、『色気に満ちた女盛りの美女』と評するだろう。
だが、彼の目には、15年前この屋敷で暮らしていたときの少女の面影が、色濃く映っていた。
「――――国王陛下のお手伝いはいかがでございましたか? アリアドネ様」
椅子を勧めながら、あたかもいまなお主人であるかのように、フェリクスは呼んだ。
タウルス公爵家に令嬢として生まれながら、不幸にして転生者と疑われて奴隷身分に落とされ、娼婦として長年働かされたアリアドネ。
しかしフェリクスは、彼女に対して、敬意を払ってつねに接している。犯した罪に対して、労役という刑罰はきっちり与えているものの。
「………まぁ、悪くはなかったわよ」
意外と好意的な言葉を吐いて、アリアドネは腰かける。
「で、あんたはさっきの人相の悪い老人たちと、何をしていたの?」
「これもある意味、国王陛下のお手伝いです」
「?」
「少し、お時間をいただけませんか?
アリアドネ様にお見せしたいものがあるのです」




