(11)しばしの別れの前
◇ ◇ ◇
「じゃあ、あとはまた、おまかせください!」
「今回もあとをまかせて、悪い」
翌日、帰り支度を終え、出発寸前のレイナートの部屋を、ベルセルカが訪れていた。
ドラコのときと同じく『征東大将軍』としてここに残るので、本来は甲冑姿で来るべきところだろう。だが今日は、見送る間だけだと言って、夏用の軽めのドレスをまとっている。
ベルセルカが女である以上、甲冑なのかドレスなのか、いずれを正装と見なすべきかは議論がわかれるところだが、いずれにせよ、ものすごく似合っている。似合っているという言葉が喉につまってスッと出てこないぐらい似合っている。
布地が冬用より薄く、身体の線が伝わりやすいのと、袖が短く、かたちのいい腕が二の腕の途中から見えているので、一瞬つい何か羽織らせたくなる衝動にかられた、のをこらえた。
「予定では、7日か……」
「今回は騎士のおうちに、領主代行が信頼できる方々がいらっしゃってよかったですね!」
そう、今回ドラコと異なるのは、ティグリスの騎士たちの中に即戦力となる人物が多いということだ。
しかし、2代続けて公爵家の当主がアレだったため、能力があって評判が高い者は皆遠ざけられていたらしい。町で語られていたのは風評被害もいいところである。
セメレーの身辺、及び過去公爵家で起きたこと、領主代行の罪状については、早急に王城から人を派遣して調査するということが決定した。
もうひとつ不審な点として、王族で魔力が強いとはいえ、セメレーがなぜ虎に変身できたのか?がある。
そもそも〈創造身体〉自体、上級魔法として、通常は一般人の立場では知り得ない魔法なのだ。
するとセメレー曰く、
「春頃、突然現れた銀髪の悪魔みたいな美男に力を授けられて魔法を教わった」
という、ひどくざっくりした答えが返ってきた。
銀髪の、美貌の男……といえば、国王と王族を惨殺しただいま行方をくらませている、ユリウス王子ではないのかと考えてしまう。
それについても追って聴取は必要だろう。
「警護の人間は増やしたが、『征東大将軍』を狙ってくる人間もいるだろう。
気をつけろよ」
「ええ、気をつけます。
―――どうかしました?」
「いや………」
一瞬目をそらしたのを敏感に気づいたのか、微笑むベルセルカは、今日も髪をほどき、下ろしていた。
束ねている髪をただ解くだけでも、印象がかなり変わる。
彼女の美人過ぎる顔も、耳も頭のかたちも首筋も微笑みも、見慣れたものなのに、不意にドキリとする。
「あ、髪、変ですか? やっぱり」
「え、いや」
「そうですよね、貴族の娘は髪を下ろしたりしないですよね。
一人だったら、後ろで束ねるしかできなくて……」
「そういうわけじゃないっ」
その場で髪を荒縄で束ねようとするベルセルカを止めて、つい、レイナートは後ろを向かせた。
「レイナートさま?」
「ピンは、あるか?」
「………はいっ」
ベルセルカが差し出したピン刺しを手に、レイナートは、艶やかな赤髪を編んでいく。
「久しぶりですね、髪を編んでくださるの」
「そうだったかな」
確かに最近はなかったが、こどもの頃はよく彼女の髪を編んでいた。
艶やかだけどさらさらとしたこの髪は、意外とひっかかりにくく編んでも崩れやすい。綺麗に編むには少し、コツがいる。痛くならない程度に、ねじりをいれて。
「……大きくなったな」
「そうですか?
身長はだいぶ差がついちゃいましたけど」
「それは、そうだけど」
大人になった、と言いたいのだが、言葉にするにはどうしてもその身体について言及することになり、言いよどむ。
しかし、レイナートの視線を察したのか、
「――――どなたかにとっては、悲鳴をあげるようなものみたいですけど」
「!! いや、その、あれは!?」
「ショックですー。
結構しっかり鍛えて綺麗な身体だと自分では思ってたんですけど!」
ベルセルカは、いかにもショックという口調ではなく、あくまでからかうような口調なのだけど、
「いや、そういう、つもりでは、だな……」
と、レイナートは言葉につまってしまった。
「……こちらも、はしたなかったかなとは思いますけど。ねぇ」
「……………」
そんなことを言ってうつむかないでほしい。
そんな角度でも、語彙力を奪うほど、ベルセルカは。
「綺麗、だよ」
柄にもない、いったい何をいうのかという言葉が口をついて出ていた。
口にした一瞬あとにはしまったと後悔していた。
「もう一回言ってください」
「……何でもない」
「いえ、だからもう一回」
「言ってない」
「言いましたよね!?」
ついレイナートは顔を背け、もうっ、と、ベルセルカは髪が崩れるのもかまわず、レイナートの両頬を手で挟んで戻そうとするのだった。
【第6話 了】




