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(9)ティグリスの象徴





「若!

 何ですかにゃ、その足は!!」



 遠くから甲高い声が飛んできたかと思うと、レイナートとまったくそっくりな黒髪の男が、城の回廊を走ってくる。



「お外は、お姉さんにまかせて、こっち来ましたにゃ!」


「……おまえその姿でそのしゃべりはやめろと言ったろうが!!」


「にゃ! 若わがままにゃ!

 オレ、がんばって化けたにゃ!

 若に化けるの、魔力消費して大変なのにゃ!」



 ぽん、と、煙がはじけ。

 レイナート瓜二つだった男は、猫の姿に戻った。

 説明するまでもないが、正体は、魔法の使える元使い魔の黒猫、ナルキッソスである。


 本来猫の身体が持つ魔力では上級魔法までは使いこなせないが、魔力を一時的に増強させる効果のあるレイナートの血を飲み、上級変姿魔法〈創造身体(クリアビト・コルプス)〉で変身していたのである。


 レイナートは、ベルセルカや領主代行とともに、部屋から出ようとしているモンスター?から逃げながら、ひょいと黒猫の身体を拾いあげる。


 振り返ると、今度は巨大な前肢ではなく、しまのある尻尾が勢いよく延びてきて、領主代行をかすめた。

 壁がミシミシと壊れそうだ。

 部屋から何が出ようとしている?



「ナル。

 〈創造身体(クリアビト・コルプス)〉でモンスターに化けることは可能か?」


「え、無理にゃ!

 脳内で細部にわたりイメージできる相手じゃないと無理にゃ!

 オレの場合、若には化けられても、ベル様やレマには化けられないぐらいだにゃ!」



 理由はだいたい想像がつく。裸を見たことがないからだ。



「でも、しいていえば、前世でやりこんだゲームのキャラには化けられるにゃ!」


「すまん、それはちょっとわからん。

 領主代行のほうに心当たりは?」


「おそれながら!!」



 レイナートとベルセルカより遅れがちになりながら、必死で走る領主代行。



「『ティグリス』とは、古語で虎を意味します!!」


「虎?」


「この地には、牙が剣のごとくのびた巨大な虎のモンスターが、かつて多く生息しておりました!

 数十年前にこの地にやってきたという、聖王級冒険者にほとんどが退治されましたが…」



 あ、その退治した人間心当たりある。



「いまでも、東の国境地帯の密林には、数百頭程度の個体数は生息しているのです

 おとぎ話の中にも出てくるので、ティグリスの民は大体知っているのですが……」



 領主代行の説明の間に、ビキビキとひびが入り執務室の壁が粉砕され、そこから、わあっ、と、虎が飛び出してきた。

 灰色がかった茶色と黒の縞模様。

 口から突き出た、刃のような牙。


 大きい。

 以前闘ったマンティコアと同じぐらいだろうか?

 人間の背丈の5倍ほどの大きさ、特筆すべきは腕が太い。

 そういえば獅子よりも虎の方がパワーが強いのだったか。

 そんなことをレイナートが考えた瞬間、虎が腕を(むち)のようにしならせ、領主代行をはじき飛ばした!



 断末魔のような悲鳴をあげ、回廊から落ちていく領主代行。



 レイナートは肩にナルキッソスを載せたまま、回廊を蹴って頭から飛び降り、領主代行の身体を空中でどうにか捕まえ、緩衝魔法をかけながら一回転して着地した。


 ベルセルカも遅れて追ってきて着地する。



「……ベルセルカと一緒に、城の中の人間の避難指示を頼む」

「へ、陛下は?」

「なんとか城を壊さないように闘ってみる」

「はい!?」



 呆気にとられた領主代行だが「お邪魔になるので行きますよ!」とベルセルカに引き取られ、引きずられていった。



 領主代行の後を追うように、巨大化した虎が回廊から、吹き抜けの空間を飛び降りてくる。


 そうして、レイナートと対峙した。

 そこは城の、大広間と言える場所だった。



「……オレも避難したいにゃぁ、若」



 レイナートの肩にのったナルキッソスが、ぶるると震えながら言った。



「悪いがおまえは付き合ってくれ。

 〈変姿魔法〉についてはおまえのほうが詳しい」


「転生者だからってだけにゃ?」


「あと、ちょっと武器にリーチが欲しい」


「――――猫使い荒いにゃ!」



 城の壁に掛かっていた剣を、レイナートは手に取る。

 ナルキッソスはぴょいっと、その剣に飛びつくと、柄にまとわりつき、柄に変異した。

 つまり、剣がそのまま槍へと変化したのである。



「いつどこで虎を見る機会があったのか。

 密林ででも暮らしていたのか?」



 恐ろしい目でこちらをにらみつける、虎。

 ぐるるるる……喉の奥を鳴らす、不気味な音がする。


 さっきの少女の姿を思い返した。頭を刈り上げて、男に化けて生きながら、ハンターとして生計を立てていたのだろうか?

 それとも、虎を町にいれないようにする警備兵の仕事をしていたのかもしれない。



「さぁ。一対一だ」



 言うなり、虎がレイナートに飛びかかってきた。

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