(8)正義などどこにもない連鎖
◇ ◇ ◇
「殺した、とは?」
「はい、国王陛下。
わが主、ティグリス公は、お若いころより後先考えず、女性に手を出しておりました」
髪を刈り上げた少女を、ベルセルカが拘束する。
少女は床からこちらを見上げ、にらみつけてきた。
「対等な立場の女性を口説いて、ならばまだ良いのですが。
あの方の性癖だったのでしょうか……自分よりも弱い立場、人に相談できない立場の相手に強要するということが多かったのです。
その結果、私の知る限り8人の女性が自ら命を断ちました。
確認した限りで、うち5人は身ごもっていらっしゃいました」
「なぜそれを知っている?」
「私を含め、数名の者が、そのような証拠を消す仕事をしておったのです。
しかし20年ほど前、もと使用人の女性が、出産した上でこの城に参りました。
ティグリス公のお子であるため、引き取って保護をしてほしいと。
女手ひとつで子を育てるには厳しく、せめて子だけでも、と。男子でございました。
その女性と、赤ん坊とが、生きてこの城を出ることはございませんでした」
その事実は少女が初めて知るものだったらしい。
目を見開き、息をのむ。
「男子だと、爵位の継承にかかわるからか?」
「はい。
貴族の家には普通にあること、と、先代の旦那様はおっしゃいました。
ですが、いま思えばなぜそれに疑問を抱かなかったのだろうと……。
普通に考えれば、赤ん坊を殺すことが普通であるわけはないのですから」
そのとおりだ。
そして、それに気づけないほど、“処理役”の彼らもまた洗脳されていたのだろう……。
「同じことが、その後も?」
「しばらくは若君も注意をしていらっしゃいましたので。
しかし年月がたつごとに気がおゆるみになったのか、またお子ができたのです。
それも今回はひどく問題となるお相手、修道女の方でございました。
ティグリス公は国教会と深くかかわりがございましたので、国教会支部や修道院に出入りする折に目をつけたのではないかと思われます。
そのお方は、名乗り出られることなく、修道院を出てひそかにお子を産んだのですが……」
「彼女のあとをおい、そして、また殺したのか?」
「――――赤ん坊は、女の子でございました」
「女であれば、爵位の継承にはからめない」
「ええ。
ですので、影響はすくないと考えました。
ゆえに、仲間たちで話し合い、赤ん坊のみ生かしたのでございます。
教会には赤子を託す親が頻繁におり、ゆえに、亡くなる赤子も多かったので、その遺体を掘り返し、その子であると偽って旦那様方にお見せいたしました」
「ふざ……けんな!!!」
少女が叫ぶ。
「女だから命を助けてあげました?
親もなく女に産まれたってことがどういうことだと思ってんだよ!!
この格好を見ろよ。
親もいないこどもが『女』の格好のまま生きていたら、何をされると思う!?」
「知っている」
レイナートは、思わず返した。
「髪を切り性別を偽って軍に入る女たちは、多くが、死ぬか犯されるか、そういった危機を経験し『男』になることを選んでいる。
カバルス軍にも、元々ほかでそういうかたちで従軍していた女は多い」
「……オレだけじゃないって言いたいのかよ!!」
「おまえだけじゃないのは事実だな」
あっさりとレイナートが返すと、しかし少女は不満げに目を背け、
「転生者どもと一緒にすんなよ……」と小声で呟く。
自分を弱者だと認識しその理不尽を訴えている者が、『転生者ども』と吐く。
それだけ、この国の『転生者』への蔑視は根強い。
「おまえはいつから自分の素性を知っていた?」
「……育ててくれた婆さんが、死ぬときに」
「なぜ領主代行を狙った?」
「……去年から、昔ティグリス城にいたって奴が、オレにつきまとってきたんだよ。
先代の公爵が亡くなり、いまがチャンスだ、金をむしりとりに行こうって……。
聴いたら、自分の母親を殺した奴らの名を知れた。
……本当は、公爵を殺すつもりで、ずっと去年から計画を練っていた」
「だが、公爵は殺されてしまった?」
「そうだ。
だったら……母親を殺した仲間でもあった領主代行を殺すしか、ないだろう?」
「――――雑だな」
「なんだと!?」
「巻き込んだ人間たちを死の危険にさらして、いま城にどんな戦力があるかも掴まずに。
作戦も、人の命の扱いも雑すぎる」
「……うるさい」
「いま、思い切り俺の喉を掻き切ったな。
罪がないだろう相手を殺しても、自分の殺人は正義か?」
「………う、うるさいうるさいうるさい!!!
〈想像身体!!〉」
少女は突然変姿魔法を使った。
光に包まれた身体、とっさにベルセルカは少女から離れる。
その身体はむくむくと膨らむ。
「〈転移〉!」
レイナートは領主代行とベルセルカを連れて部屋のそとに転移した。
部屋のなかは、さらに、ミシン、と揺れた。
建物が揺さぶられ揺れる。
「巨大化の変姿魔法?ですか?」
「しかし、いったい、何に?」
やがて、扉を突き破ったのは、丸太ほどもある大きさの、肉球と鋭い爪のついたケモノの前足だった。




