少女が“騎士”を選んだ日(3)
◇ ◇ ◇
「どう、して……目が……」
青年が目をおさえ、床に転がっていた。
両目からは止めどなく血が流れ出ている。
部屋のなかは、めちゃくちゃに壊れ、緩やかに流れる竜巻のような魔力の気流が、ベッドに横たわり眠り続ける少女を中心に立ち上っていたが、青年はもはやそれを見ることもできない。
「ベルセルカ、ベルセルカぁ!?」
アースガルズ家の部屋のドアを、渾身の力で叩く少年の声。
青年はなにも見えなくなった目を、いや目があった場所をおさえ、うめいた。
どうしてだ。
本人の意識を奪ってしまえば、魔法はかけられないはずなのに?
だから、侍女たちを言葉巧みに外に出させ、ベルセルカに薬をかがせて眠らせたのに。
どうにか魔法で服を脱がせた、と思ったら、何かの力で身体が吹っ飛ばされ、強く打った。
痛みに苦しみ、気づけば暗闇のなかにいる。
目が痛い、腕が痛い、痛い痛い痛い痛い。
いったい、どうなっている?
(どうしてだ、今まで私が買ったこどもは、みんなおとなしかったのに……!?)
いとも簡単に、幼いこどもが奴隷や『娼婦』『男娼』として買える、この国の環境下。
彼のなかではいつしか、こどもとは大人の肉欲を満たすべきものでしかなくなっていた。
もっと強い刺激がほしいと考えていたときに、王都で幼いながら絶世の美少女と言われる幼女を見つけた。
それがアースガルズ家のベルセルカだ。
あちらは侯爵家、こちらは伯爵家。
身分はあちらの方が上であり、簡単には手が出せない。
そこで目をつけたのは、感情表現が苦手なくせにかんしゃくもちで友人がいない長兄グリトニル。彼に接近し、優しい言葉で篭絡し、まんまと『親友』といわれる立場になり、アースガルズ家に出入りできるようになった。
なのに、肝心のベルセルカは初対面から自分を拒み、ふさぎこんで笑顔を見せず、逃げ回り、挙げ句のはてに妙な『魔法』をつかってくる。
どうして、こんなことになるというのか。
とにかく痛む腕がどうなっているのか、と、青年は逆の手で触れようとした。
しかし、あるはずの腕には、いつまでたっても触れられなかった。
「………!?」
片腕が、なくなっている。
(どういうことだ、これは!?)
指を、恐る恐る目にもっていく。
自分の目がいったいどうなっているのか?
ぬる、とした血の感触。
しかし指に眼球が触れない。
あるべき箇所には、ぬるぬるとした半液体のようなものが溜まっているよう。
目が。腕が。なくなった。
暗闇の絶望のなか、青年は絶叫した。
◇ ◇ ◇
「〈解錠〉」
レイナートは覚えたての魔法で、扉の施錠を解いた。
「あ、ありがとうございます、バシレウス家のご子息様!!」
アースガルズ家の侍女たちが叫ぶ。
3人、音を聞きつけ戻ってきたが、鍵がかけられてドアが開かず困っていたのだ。
しかしドアがバタンと開いたとたん、魔力の気流が外にあふれだす。
「きゃあああああっ!!!?」
「なん、だ、これ!?」
嵐のような暴風に、侍女たちは押される。
レイナートも必死で部屋に入ろうとするも、8歳の体では逆にじりじりと後ろに押される始末。
「退くが良い」
遅れて部屋の前にたどりついたバルバロスが声をかける。
父は、腕をまっすぐ伸ばし、人差し指だけ折り曲げたかたちの大きな大きな手のひらを、アースガルズ家の部屋のなかに向ける。
「――――〈強 制 解 除〉!!!」
バルバロスの手のひらから雷のような光が地面と平行に走り、アースガルズ家の部屋に注ぎ込まれる。
中から吹き出す風は、押し戻され、かき消えた。
「父上、これは?」
「〈加護〉の一時解除の魔法じゃ。
調べておって遅れた」
レイナートたちより早く侍女たちが部屋のなかに入る。
血まみれの男に驚きながらも怯むことなく
「ベルセルカさま!?」
「ご無事、ご無事です!!!」
ベッドの上で気を失っているベルセルカを見つけ、毛布でくるんだ。毛布越しに彼女に触れたその手は、焼けることはなかった。
「〈純潔の加護〉。
ひとつは、その身体に触れたものは触れた手を焦がす。
ふたつめは、その肌を見たものは目を焦がす。
そして、最後のひとつじゃが……」
残った手で目の辺りをおさえ、苦しむ青年を見下ろしながら、バルバロスは、ため息をついた。
「おぬし、女かこどもを犯したことがあるな?」
「…………!!」
「過去にそのような罪を負う者を、〈純潔の加護〉の持ち主は〈断罪〉をくだすことができる。
娘の肌を見て目を焼かれ、〈断罪〉がおきて腕一本もっていかれたか」
「そんなのっ……。
みんな、みんな、やってるじゃないか!!
この国の、貴族から末端の民まで!!
それ用のこどもが用意されて売られてるし、わ、私よりももっと酷いことしてる奴なんて、いくらでも」
さらになにかわめき倒そうとした青年の頭に、耐えかねた侍女が木椅子で一撃を食らわせた。
「いたい、いたい、いたいよう、なんでっ、なんでわたしだけそんなこと言うの……みんな、みんなやってるじゃないかぁ……」
苦しみながら青年は、床をはいずりまわった。
◇ ◇ ◇
青年は一度レイナートの手で止血され、医務室につれていかれた。
目が覚め、侍女に着替えをさせられたベルセルカは、部屋の片付けが終わるまで一度バシレウス家の部屋に預けられた。
気を張って疲れたのかベッドで珍しく爆睡しているイヅルはそのままおいておいて(目が覚めたらどんな顔をするだろう?)、レイナートは、ハチミツ湯にレモンをしぼったものを、ベルセルカに渡す。
うなずき、口に含むベルセルカ。美味しい、と言った。
「……信じてくれないと思うけど、同じようなこと、あったの。他の大人からも。
手が焼けて、助かったけど……」
「おれも、あった」
レイナートはそう返した。
頭を撫でてあげたいけど、それも嫌がるかもしれないと、膝の上で手持ちぶさたな手を握ったり開いたりしていた。
「王城でも、時々変な大人が、人の見えないところで変なことをしようとしてきて。
『転生奴隷になるはずだったんだから身体で罰を受けなければならないんだ』とか『騒いだら父親の立場が悪くなる』とか謎の理屈で。だいたいはイヅルに助けられたり、自分で撃退したりした。
(最近はしょっちゅうユリウス王子に追いかけられるから、なくなったけど…)
恐かったね」
「からだの骨が、折れるかと……」
「大人って、自分たちがどんなに馬鹿力なのか気づいていないからね」
レイナートが、話が聞こえづらいほど遠くに座ってくれているバルバロスに目をやると、なにか察したのか、父は知らぬ顔で咳払いする。
こどものうちから厳しい鍛練をさせようとしたバルバロスは、何度となく、転生者のイヅルに、『からだができていないこどものうちに何させようとしてるんですか!?』と叱られていた。
「でも、こんな身体、もういや……
悪い人だけじゃない、お父さんやお母さんや、みんなの手が火傷するときもあるの」
「ベルセルカ」
自分の手のひらを、ベルセルカのほほに触れさせて、レイナートは言う。
安心させようとして話すとき、イヅルは、父は、グラッドは、他の皆は、どうやって話していただろうと思い返しながら。
「火傷した人がいたら、すぐに呼んで。
ひとりのこらず、おれが治すから」
「ほんとう……?
でも、やけどはあとが残るの」
「跡を残さない治し方や、火傷の跡を治すのはまだできないけど……やってみる。亡くなった母は、そういう魔法が使えたはずなんだ」
「…………」
「それに、父は〈加護〉の効果を解除する魔法を知ってる。良かったらしばらく、一緒に練習――――」
「ベルセルカ!!!!」
バシレウス家の部屋のドアを乱暴に叩く音。
レイナートはその声を聞いたことがある。たしか、アースガルズ家の21歳の長男グリトニル。
「開けんでも良い」バルバロスが先に声をかけた。
「貴様!!
私の親友に、なんてことをしてくれたんだ!!」
グリトニルが発する言葉に、レイナートは耳を疑った。
「腕を失い、目を失った。
それで一生いきていかなくてはいけないのだ、なんて残酷なことを!!
下手をしたら、そのまま死ぬかもしれない!
おまえが、何をされた。そこまでの罰を受けなければならないほどのことを、あいつがしたというのか!?」
「……うるさいのう。
ならば止血なんぞせず、そのまま見殺しにしておけば良かったのか!?」
バルバロスが部屋の中から言い返すが、ベルセルカは急にカタカタと震えだした。
血の気が戻りつつあった顔が、一気に蒼白だ。
「わた……し……、わたしが……」
「ベルセルカは悪くない」
「……酷かったの? わたしがしたこと……死んじゃうって……」




