少女が“騎士”を選んだ日(2)
◇ ◇ ◇
「……〈純潔の加護〉? ですか?」
ベッドの上で、寝巻きに着替えながら聴く父親の言葉に、レイナートは首をかしげる。
人並み外れた、というか人間ではほぼ見かけないほどの巨体の父バルバロスは、レイナートのベッドのへりに、どっかりと腰かけている。
「娘の身体に触れて焼け焦げる、と聞いてな。
さきほどそれを思い出したわ」
「それは、どのようなものなのですか?」
「呼び名のままじゃ。
持ち主の身体を汚す、いかなる行為をも許さぬというもの。
具体的には、その身に触れると、その触れたところが焼け焦げる。また、その肉体を目にいれると、目が焼け落ちる。それから……あとひとつ、なんぞあったな。忘れた」
「身を守る〈加護〉ということですか?
でも、ベルセルカはそれに守られているというより、おびえているように見えましたが……」
レイナートが呟くと、
「戻りました」
と中性的で涼やかな声とともに部屋の扉を開けて、イヅルが戻ってきた。
異世界からの転生者で、このとき16歳。
女のからだには産まれたが前世は男で、自己認識も男。よって服装は男のものである。
王城では転生者であることを伏せ、首巻きで首の烙印を隠して、レイナートの世話係をしていた。
「アースガルズ家の侍女の方々に、少しご様子をうかがってきました」
「ほんと!」
レイナートは話を聞くために、父の隣に座った。
「いわく、なぜか最近突然、身体に触れると火傷することが起きるようになってしまった。
そういう状態になるのは、不規則。
しかし、男が触ると特に顕著にその症状が出る様子。
……それと時を同じくして、ひどくベルセルカ様はふさぎこむようになったとか。
アースガルズ夫妻は悩み、使用人たちは恐れていとまを乞うものがあとをたたないと」
「そうか、ご苦労」
簡略すぎるイヅルの報告を、ならんで聞いていたレイナートだったが、不安はとれず父の顔を見上げる。
「あの、父上……治す方法はないのですか?」
レイナートが問いかける。
「うむ。儂の知る限りは、〈加護〉そのものをなくしてしまう方法はないのう。
しかし、その娘が己の意思によって自在に〈加護〉の効果を〈解除〉できるようになれば、問題なく生きられるはずじゃ」
「なぜ、そのような力が〈加護〉なのです?」
「ごく稀なものじゃから、あまりはっきりしたことはわからぬが……。
神か、あるいは何者か強い力、強い思いを持つ者に大切に愛されたとき、その身に〈加護〉の力はやどる。
〈純潔の加護〉は、それがその身を守る唯一の手段であるときに、おもに女に発動すると言われておる」
「………?」
「イヅルよ。
使用人らが、なにか言っておらんかったか?
親子、きょうだいの関係性や、そのほか」
「両親と次兄は愛情深いようですが、長兄は冷淡であると。
それから、長兄の親友だという人物が彼女の身のまわりの世話を買って出ていると聞いています。
長兄と同じ年齢、伯爵家の21歳の次男坊だとか。火傷ができても、耐えるからと言って」
「ほう?」
「なので最近は……その男と2人きりにすることが増えているのだそうです」
イヅルはしゃべりながら、苦渋の表情を浮かべた。
レイナートは立ち上がり、憤然と着替え始めた。
◇ ◇ ◇
「……今日はいったいどこにいっていたのかなぁ?
ベルセルカ」
「……………」
整った顔が、ぐいと迫る。
兄の親友を名乗るその男に、ずい、と近寄られ、少女の顔が恐怖でひきつった。
部屋のなかに、侍女たちは誰もいない。みんな帰されてしまった。
「眠らないといけない時間だよ。
さあ、服を脱ごうか」
「やっ……」
腕をつかみベッドに突き飛ばし。
ドレスの背中のリボンを強引に解く手。
そのままベルセルカの背中の留め具に手をかけた。しかしジュッと指を焼かれ、その男は痛みに指を離した。
「ああ、悪い子だねぇベルセルカ。
またこんな魔法をつかって」
「違………」
「こんなものが体質なわけがないだろう。
いい加減にしなさい?」
少女の顔を、青年の一見繊細に見える手が乱暴に上向かせる。
「いうことを聞くのがそんなに嫌なんて、悪い子だなぁ。グリトニルにも怒られてしまうよ?」
青年が空中で指をクイッとひねり、口を開いた。
「〈ほどけろ〉」
「!!!」
奇妙な魔法が動き出す。
触ってもいないのに、ベルセルカの背中の留め金が一気に外れていく。
さらに、衣服の紐が見えない何者かの手でほどかれるように急速にゆるめられる。
ドレスから身体がすっぽぬけそうな状態。
あわてて毛布をかぶろうとしたが、それも青年の手に奪われ、両手を押さえ込まれた。
大人の体重が腕にのってきて痛い。
相手のほんの気まぐれで骨が折れるのではないか、からだごとつぶされてしまうのではないか、という恐怖がつきまとう。
「ほら。両親がいないときには僕のいうことを聞くようにと、グリトニルからも言われていたんだろう?
こんな魔法、いい子だから解くんだ」
「魔法じゃ、ない……」
「まだ言うのか」
――――こんこん。
部屋の外からノックの音。
つづいて、「ベルセルカ、いる?」と少年の声が向こうから聞こえた。
「は、はい!」
ベルセルカが、返事をすると、さっそく、ぐぐうっ、とドアが開きはじめる。
青年は舌打ちをして少女から離れ、少女は急いでドレスを着直し、留め具をはずされた背中に毛布を羽織る。
昼間に会った少年がそこにいた。
いままで見たことがなかった、真っ黒な髪の子だ。
6歳のベルセルカよりも、少し年上だろうか?
短く、無造作に切られたように見える髪。
でも、なぜかそれも含めて好ましく感じた。
彼のとなりにはもっとずっと大きな男の人が立つ。いや、……ズボンをはいているから男の人と思ったけど、もしかしたら女の人?
「……これはこれは、ええとカバルス公の……?」
「カバルス公爵バルバロス・マスフォルテ・バシレウスが長子、レイナート・バシレウスです。
グリトニル・アースガルズ殿ではないようですが、貴殿は?」
「………グリトニルから、ベルセルカの面倒を見るように頼まれています」
「そうですか。
ところで、アースガルズ家ではここのところ辞める使用人が多く、人手が不足していると聞きました」
「は? はぁ……」
「小さいご令嬢がおられるのに、男しかいない時間があっては問題があるだろうと、父が。
そこで、勝手とは存じますが、こちらの者を連れてまいりました」
「………おっ、お気遣いはありがたいですが、そのようなことは申し訳なく」
「ベルセルカからの、返事が聞きたいのですが」
「はぁ?」
「あなたは部外者でしょう?
アースガルズ家のご夫妻とご子息がたがご不在なのであれば、ベルセルカが答えるのが筋かと」
「………!!!」
「どうかな。ベルセルカ」
レイナートは何度も名を呼ぶ。
すこしうるさいと思ってしまうぐらい。
でもいま、そのうるささに救われている自分を感じた。
ベルセルカは、ゆっくりとうなずいた。
「よかった!
では、本日夜から、侍女の方がいらっしゃらない時間は、このイヅルがいっしょにいます」
そう、男に声をかけると、彼は一瞬ものすごい形相でレイナートをにらみつけた。
◇ ◇ ◇
翌日、一晩眠らずにベルセルカのそばについていたイヅルが、バシレウス家の部屋に戻ってきた。
眠る前にイヅルは、バルバロスとレイナートに様子を報告する。
「……朝まで、なにごともなく。
あのお嬢様は器用で、一人で布団のなかで着替えてしまうのです。
あの男はアースガルズ家の部屋に自分の寝台まで用意していました。両親はまだもどられず、兄君もどうやら、黙認しているようです」
「………そうか………イヅル、ありがとう。
もう眠っていいよ、そこ使って」
イヅルは一礼をしてレイナートのベッドに入った。
5歳ごろまではいつもレイナートの添い寝兼警護をしていたのもあって、不規則な時間の睡眠の時などにはレイナートのベッドをしばしば貸している。
「……まぁ、おまえが懸念しておることは儂にもわかるが、〈加護〉があるかぎり、その身は安心じゃろう。
〈加護〉をコントロールする魔法については、教えてやりたいところじゃがな」
「父上は、ご存じなのですか」
「うむ。といっても書物を持っているというだけじゃ。儂は使う必要がなかったものでな」
「あの、もし、ベルセルカを連れてきたら………教えてもらえますか?」
「おお。それは、問題ないが――――」
炎のようなひげをしごきながらバルバロスが答えたとき。
階下から凄まじい爆発音と、男の悲鳴が聞こえた。
◇ ◇ ◇




