(7)女騎士は心底突っ込みたい
……目の前に人に立たれて、賢いポダルゴスは、立ち止まってしまう。
男の、最高の正装は血に染まった上で雨に濡れ、いつものご自慢の赤銅色の長い髪は、乱れに乱れて首回りに貼りついていた。
「宰相………!
中にいらっしゃったのではないのですか?」
目の前の男は宰相、グリトニル・アースガルズ。
侯爵であり、王佐公爵家当主のレイナートよりも本来身分は下だが、宰相は軍の大将軍も兼ねており、征北将軍にとっては上司に当たる。
宰相は、妹のベルセルカの面影がある美貌をひきつらせ、大聖堂を指さす。
「バカ者が!!
今すぐ戻れ!!
戻って、他の王佐公を、お救いするのだ!!」
「……このとおり、オクタヴィア王女が瀕死の重症です!
手当ての準備、医師の召集を!」
「状況がわからんのか、救いようのない間抜けが!!
いま大切なのは、王女ではない!!」
「!?」
「ひとりでもいい、王佐公を、それが叶わねばご子息を……!!!」
後ろで鋭い切断音が響いた。
思わず目を向けると、大聖堂の屋根が斜めにずれていく。
ズルゥ、という、耳障りで嫌らしい音。
綺麗な切断面を見せて、大聖堂の屋根、否、上部が積雪のようにすべりおち、屋根を失った大聖堂のなかから、ユリウスが出てきた。
「レイナートさまぁっっ!!!!」
ベルセルカの声が響く。すこし遅れて、栗毛の馬に乗った姿がレイナートの視界に入った。
馬を駆り、愛用の槍も手にさげて臨戦態勢だ。
やっと来てくれた。信頼できる誰か、が。
「すみません遅れて、ご無事ですか―――オクタヴィアさま!?」
レイナートの顔を見て安心したらしく一瞬ほっとした表情を見せたが、こちらの腕に抱かれた王女を見て、血相を変える。
説明の間はない。彼女のところへ馬を寄せた。
「オクタヴィアさま!?
どうして……こんなに!?」
「最重要任務だ」
意識のない、今にもとまりそうな微かな息だけが命をつないでいる王女の体を、レイナートは、ベルセルカの手に差し出す。
あわてて槍を背のホルダーに戻すと、ベルセルカは自らの手で、オクタヴィアをしっかり受け止めた。
「王女を医務室に。
全医師を招集。
おまえはそこから絶対に離れるな」
「!! 待っ……」
レイナートはベルセルカにオクタヴィアを託し、さらに愛馬ポダルゴスをその場に残して、<転移>した。
――――ユリウスの真上に。
***
ギイィン!!
最上級の武器が交わる金属音。
ベルセルカは息をのんだ。
体重をかけたレイナートの渾身の一撃は、いともあっさりとユリウスに弾かれた。
強化魔術のかけられた剣同士。
ふたりはベルセルカも目で追えないほどの速さで、火花を散らしながら斬り結ぶ。
そして少し離れれば、
「――――〈狙撃弩〉!」
「――――〈雷撃〉!!」
間髪入れずその手から、遠距離の魔法攻撃を撃ち合っていく。
衝突した魔法攻撃が爆風と光を生み、ベルセルカはどうにかオクタヴィアをかばい、手綱を握った。
そして地面に立ち尽くす兄に、問いかける。
「……兄上、どういうことです?」
「……………」
「逃げたのですか。
国王陛下を置いて。
どうして」
「勝てるわけがない。
あの、ユリウス殿下に……」
「オクタヴィア様も、王族の皆様もいらしたでしょう!」
「わかっておらん、おまえは!!
王家の姫は降嫁にあたり、魔力を平民レベルまで封じるのだ!!」
「………は??」
初耳だった。
そして、げんなりした。
国家の最強戦力のひとりを、こともあろうに、結婚を理由に力を封じる……?
ベルセルカが心底あきれかえっているのに気づく様子なく、宰相は、言い訳がましく続ける。
「王女の手首に、二重の入れ墨のような紋様が入っておるだろう。それが封印だ。
国教会をたばねる枢機卿殿と、王佐公第2位ラットゥス公の手によりなされた。
そのお二方も先ほど……。つまり解くすべはいまや、ないのだ。
そして今の王族に戦場に出たことがあるお方はおられない、戦闘魔法は使えても実戦は……」
「うちの国の危機管理どうなってるんです?」
「ベルセルカ!
貴様も、大聖堂に行け!!
王佐公を救うのだ……!!」
「“最重要任務”がありますので失礼!」
ベルセルカは兄に背を向け、宮殿の医務室めがけ、馬を走らせた。
レイナートが一番救いたいのは、この腕の中にいるオクタヴィア王女殿下だ。
他の誰が死のうが、何人死のうが、ベルセルカにとってはそれだけがすべて。
「王佐公、王族男子が、生きのこらねばいけないのだ…!
王位を継承するためには…!!」
とか叫んでいる兄は、もう存在を無視することにする。
王国最強の一人オクタヴィア王女が、今夜はそうではなかったこと。
さすがに自分よりは強いはず……と思っていた王族が、皆弱かったこと。
さらに兄が真っ先に逃げ出す腰抜けだったこと。
誤算ばかり。
ああもう。自分の見込みが甘すぎて、つらい。
ただベルセルカはこのとき、レイナートがユリウスに負けるとは微塵も思っていなかった。
(あーあ……このあとどうせ、全部レイナート様のせいにされるんですよね)
ため息をつく。
王族や貴族がたくさん死んだ?
それがどうしたというのだろう。
ベルセルカは今日一日で235人斬った。
罪もない人間もたくさんいただろう。
戦えと命じたのは王家だ。
だったら、王家や王族が皆殺しにされる番がきたって、何もおかしくはない。
おかしいのはいつも、レイナートの待遇だ。
どんなにがんばっても、何人救っても、奴隷が産んだというだけでその努力も功績も否定される。
レイナートが認められることはない。
こうして、王女を救い出したとしても……。
(おそらく大聖堂の中は、全滅でしょうか…)
せめて、誰かほかに逃げ出した者がいれば良いのだけれど。
――――ん。
待てよ、ということは、王位を継承するのは…?
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