(6)征北将軍VSうらぎりの殺戮者
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(さっき、殺されていたのは、王佐公第4位ティグリス公、第9位アリエス公、第10位シーミア公、第11位ガルース公と、それから………)
雨に打たれるベルセルカは、頭を落ち着かせながら、馬上で考える。
走るのは、王都に続く、石造りの大街道。
魔法抜きで王国随一の乗馬の腕を持ち、魔法抜きで王国随一の駿馬ポダルゴスに乗っているレイナートは、とうに先にいっている。
街道の上に、レイナートが描き飛ばした、大きな魔法陣が浮かびあがっている。
これを、ベルセルカの馬の足が踏む。
すると、転移魔法により、長い距離を飛ばして瞬間移動できるのだ。
王都までは、カバルスの駿馬を乗り継いでもまる3日。
ポダルゴスでさえ1日半はゆうにかかる。
転移魔法がなければ、決して間に合わない。
(ですが、レイナートさまの魔力が格段に減っているせいか、普段よりも転移距離は短い)
ざっとみて1回の転移距離が10ミッレ(約14.8km)ほどであろうか。
それでも、レイナートが自分以外に転移させられる限界ぎりぎりの人数まで絞られた精鋭の騎馬兵たちが、ベルセルカの後を追ってくる。
(幸か不幸かわざとなのか、ユリウス王子は右側の席の貴人たちから殺していました)
それは王族貴族とも、それぞれの階層のなかで下位の半分にあたる。
レイナートと並び、王国最強のひとり、といわれているユリウス王子。
だけど、オクタヴィア王女に加え、上級魔法が使えるはずの国王と王佐公の上位6人が相手である。
また、王国最強の3人の最後のひとりはオクタヴィア王女、らしい。
加えて、ベルセルカの15歳上の兄、宰相グリトニル・アースガルズもいる。
戦闘はベルセルカの足元にも及ばないが、魔法はまぁまぁつかえる。
妻子のいない兄なら守る者もいない。身軽に戦えるはずだ。
(さすがに皆殺しにはならない。
オクタヴィア様はレイナート様より蘇生魔法の腕は上ときく。
戦いのあとお2人で蘇生をしてくだされば、少なくとも列席者の半分は助かるでしょう。
きっと国王陛下も大丈夫)
自分の考えに夢中で、頬を流れ落ちる雨が、首筋から胸を伝って鎧の中に入り込んでいくのも気づかない。
(それだけ助けられれば、レイナート様のお心の慰めにはなる―――私が少しでも早く追いつければ)
だが、その計算には3つの大きな間違いがあったことを、彼女は後に思い知ることになる。
***
ベルセルカが馬上で思考していた、ちょうどその頃。
ひとり飛ばしていたレイナートは、すでに王都にもどり―――街道から都に入る門も、門兵に止められるのは時間のロスなので、そこも転移ですっ飛ばした―――王城の白い壁、そしてその周囲を取り囲む堀、を視界にとらえているところであった。
雨はおさまりつつあった。レイナートが眼前の地面に、直径一馬身ほどの魔法陣を描き飛ばすと、愛馬ポダルゴスはそれを違えずに踏む。
次の瞬間、レイナートの体と馬は、壁のなかにあった。
征魔大王国レグヌムの王城。
人の背丈の三倍はあろうかという高さの白亜の壁が、広大な敷地を覆っており、四隅に物見の塔がある。
正面から見て中央に大宮殿、左右に小宮殿。大聖堂は、宮殿の奥だ。
突然城内に侵入したレイナートを見つけ、詰め所で雨をしのいでいたらしい衛兵らが、あわてふためいて出てくる。
大聖堂で異変があったことに気づいていないのか? 槍を突きつけてくる衛兵たち。
「せ、征北将軍カバルス公爵閣下! お、おそれながら…」
「申し訳ございません、あなたさまを、王女殿下の婚礼の場に、お通ししてはならぬと、その……」
青い顔で、突きつけた槍の先が震えている。
わかっている。彼らの『恐い主人』から重々申し付け、いや脅しつけられているのだろう。
しかし待てない。
レイナートは、すう、と息を吸う。
「アースガルズ宰相のお身内より、魔法で察知したが大聖堂に異変ありとの報せをいただいた!
俺は先にいく、ついては衛兵の半分を、大聖堂に向かわせたし!
どうか後続の騎士も妨げず、中へ!!」
レイナートは一気にそう言い切ると(宰相の名前は出したが、嘘はついていない!)、衛兵の間を突っ切って、大聖堂へと馬を走らせる。
ほとんどもう、雨はやみかけている。王城の中は傘つきの灯火があちこちともされ、夜といえどかなり明るい。
静かな宮殿。渡り廊下を愛馬が一息に越えて、大聖堂の前へ。
「…………!!」
大聖堂の前を守っていたはずの衛兵たちが、折り重なっている。
黒い瘴気が、聖堂を囲んでいた。
「……いったい、これは?」
地面に光るものを見つけ、下馬してそれを拾いあげる。
明らかに魔法によって両断された、銀の鏡。
ベルセルカが仕掛けたものだろうか?
レイナートは、大聖堂の大扉の前に立つ。
その両の扉を、両手に渾身の力を込めて、力ずくで開いた。
目を見開く。
眼前が、赤い。
煌々と灯火が燃えたまま、血の海と、着飾った貴人たちの死体を映し出す。
五歳ぐらいの幼い男児が、泣きながら母親の亡骸にすがる。
その頭にザクリ、とユリウスが、剣を貫通させた。
「……ユリウス殿下、いったい何を」
聖堂の中は、老若男女を問わず等しく、淡々と命を奪われている。
遺体の顔は傷つけられていないので、死の直前の恐怖をそのまま顔に残していた。
ユリウスは一瞬こちらに目を向けると、レイナートではなく祭壇に走り出す。
(!?)
祭壇の上、オクタヴィアがうつ伏せに倒れている。
縫い止められているように、背中を細い剣で串刺しにされた彼女のほうに、ユリウスはまっすぐ向かっている。
―――<転移>。
「ぅああああああああああっっ!!!」
ユリウスに追いつき、細い剣をかまえた白い手首を、自分の剣の刃先で刎ねる。
そのまま相手のみぞおちに後ろ蹴りを叩き込み、ユリウスの体を後方に蹴り飛ばした。
どうにか先に、祭壇に駆け上がる。渾身の、上級治癒魔法を。
「――<深治療>!」
オクタヴィアを刺し貫いた剣を、動脈止血のための治癒魔法をかけながら引き抜く。
血に染まり引き裂かれ、身体にまとわりつく花嫁衣装、呼吸も弱々しく震える王女。
視界の端に、血を吐き倒れた国王が映る。一見して絶命が確信できた。
レイナートはオクタヴィアの背中の傷、というよりも大穴に、両の手のひらをあてる。
―――上級のさらに上、“聖王級”治癒魔法を。
「<最上治療>!」
流れる血が止まり、内蔵に空いた穴の周囲がくっついてぴたりとふさがり、ピンク色の肉が骨をくるんで動き始める。
人間の治癒能力を魔法で高めるのが通常の治癒魔法。
だが、レイナートが開発したこの魔法は、本当ならこの国では誰も知らないはずの人体の知識を応用した技術だ。
「……!」
殺気にやむなく身をひるがえす。
レイナートの首があった位置を、ユリウスの魔鋼の剣が疾走っていく。
先ほど切り飛ばした彼の手首は、何事もなかったかのようにくっついている。
オクタヴィアの体を抱き上げ、レイナートは
――――<転移>した。
転移と治癒魔法に魔力をごっそりと使った直後、長距離は動けない。
移ったのは、大聖堂の外で待っていた信頼する愛馬の上だった。
ポダルゴスは、瞬間移動して上に乗ってきた主ともう一人の重みに動じることなく、一声いなないて、もと来た方へと走り出す。
人がいる方へと。
(ユリウス王子と闘うより先に、オクタヴィアを、信頼できる誰かに託さないと…)
ベルセルカが追いつくまで、あとどれぐらいかかるだろう?
「何で……何をして、いるんだぁっ!!!」
「!?」
走る馬の行く手を、両手を広げてふさいできた男がいた。




