(13)顔も知らない相手への恋
***
10歳になったばかりの秋、マーティアは父から声をかけられた。
「国王陛下が、おまえに会いたいとおっしゃっている。春になったら、一緒に王都へ行こう」
「本当ですか!?
陛下にお会いできるのですか!?」
「ああ。それと……これは、言いづらいんだが、おまえの結婚が決まってしまうかも、しれない」
「え?」
戸惑うマーティアに、父は事情を話してくれた。
素晴らしい魔力の才能がある娘がいるという話が王様の耳に届き、それほどの力がある娘ならば会ってみたい、そして、可能ならば王家を支える王佐公爵家に嫁がせたい…と。
「それが……おまえは嫌かもしれないんだが、国王陛下がお考えの相手が、カバルス公爵家のレイナート様なんだそうだ。
以前に話したことがあっただろう?
例の、転生者が産んだ、本当だったら奴隷になっているはずの御方だ。
だが、やはり大将軍にして剣聖でもあるお父上の血は争えず、文武に優れ、さらに9歳にして魔法の実力はすでに将軍クラスだと」
「レイナートさま……」
「一歩間違えば奴隷に落とされるかも知れない方だし、領地は転生者がたくさんいる土地だ。
そんなところへ嫁がせるのは心配だが……。
ふたりともまだこどもだ。婚約はしても、実際に夫婦になるのはまだ先と……」
「いえ!」
状況を把握したマーティアは、喜びのあまり踊り出したい気分だった。
それをこらえてこらえて、淑女らしく微笑んだ。
淑女らしさをようやく覚えた年頃だった。
「結婚はいつでもかまいませんわ。
どんな方なんですの?
お父様はお会いしたことがあるのですよね?」
「ああ。珍しい黒髪に、小麦色の肌をしているよ。瞳の色も珍しい紫だ」
国王直々に持ちかけられた次期王佐公との結婚……それは自分が特別な存在であることの証だと、マーティアは確信した。
その日からマーティアは、顔を見たこともない同い年の少年の話を、父にせがみ続けた。
自分よりも半年遅い生まれだとか、父であるカバルス公が大将軍としてあちこちの戦場を駆け回っているので幼児の頃から戦場につれていかれているとか。
母親であった異世界人の奴隷が、異世界の医学の知識を広めた大罪人であり死刑囚だったので、レイナートを生んで間もなく処刑されたのだという話を聞いたときには、涙をこぼしてしまった。
(きっと、おさびしい方なのだわ)
伝え聞く中で、マーティアの中で、まだ見ぬ“婚約者”への想いが膨らんでいた。
今回の話は、人には話さなかった。
誰の目にも確実なかたちで見せなければ、また嘘つきと、ニセ王女といわれてしまう。
国王に会える日を楽しみに冬を越したマーティアに、いよいよ、王都に連れていってもらえる日がやってきた。
希望で胸を膨らませ、長い馬車旅を耐えた…。
***
「お断り申し上げる」
王城の大広間に、70歳を越えた老将の重々しい声が響いた。
広間にひかれた緞帳の陰で、待たされていたマーティアは、その言葉を信じられない思いで聞いた。
「何を言う、カバルス公!
国教会枢機卿殿が、神から直接受けし神託をもとに、朕がこれを認めし良縁である。
己のわがままで子息の未来を潰す気か?」
焦ったような声をあげたのは、国王陛下。
40歳ぐらいの、豊かな髭を蓄え、貫禄と神々しさを兼ねそなえた佇まい。
マーティアは目にしただけで感動してしまったのだけど、しかし、カバルス公なる人物を前にすると、途端に、どこか脆さを露呈している。
「我が子レイナートは、すでに心に決めた相手をみつけてございますれば」
「……そんなものは、こども同士の児戯であろうが」
「見知らぬ者同士を結婚させるぐらいならば、児戯のほうがましじゃ。
少なくとも、たがいに好き合うておるのです。
まぁ、国王陛下は、知らぬ感情であられましょうがな。
老い先短い儂は、いまだ幼き我が子の幸せのほか、眼中にござらぬ」
マーティアには後姿しか見せず、顔もわからないけれど、カバルス公という人は、国王よりも、その場の誰よりも、見上げるように大きくて恐かった。
王城の中なのに、恐ろしい鎧を身にまとい。背中まで伸びるヤマアラシのような髪。
その恐ろしい人が、恐ろしい声で、結婚など断る、と宣言している。
「……お、お待ちくださりませ、カバルス公!」
マーティアの父が縋りつく。
「少し、お話を聞いてくださいませぬか、あの子は、特別で……」
「たとえ相手が王女であろうと、国王陛下のご落胤であろうとも、変わらぬ!!」
「カバルス公!!」
「くどい! 儂は我が子を、政略結婚の道具にする気はない!!」
立ち会っていた、“枢機卿”という国教会の偉い人が、「こ、こ…後悔なさいますぞ、カバルス公!!」と叫ぶ。
居合わせた、重臣らしき大人たちも、
「そうです、子どもの色恋など、なんと破廉恥な!!」
「そんなことで結婚を決めるなど、神に背く考え、親として恥を知り……」
「―――――― じ ゃ か ま し い わ 下 衆 ど も!!!!」
ビリビリビリビリと城中が震えるのではないかというカバルス公の一喝。
「子どもは、大人たちとは別の人間であって、儂らの所有物でもチェスの駒でもない。
少しでも己が子に愛情のある者は胸に手を当ててしばし我が子の幸せを考えてみよ!
これ以上の話は無駄であろう。御免!!」
足早に退出していく、カバルス公。
マーティアは、泣いた。
レイナート様にはすでに心に決めた人がいる。
カバルス公は、その想いを守ったのだという。
じゃあ、私のこの気持ちはどこに行くの?
『政略結婚』かもしれないけれど、会ったこともない未来の旦那様を待ちわびていた、この想いは……。
***
マーティアには、その後も王族との縁談がよせられた。
だけれど、相手は、マーティアの、まだこどもなのにあまりに強い魔力を知っては尻込みしてしまう。
マーティア自身も、どんどん磨かれてしまう自分のちからをもて余していた。
そして、この力もレイナートさまだったら受け止められたのだろうと、結局会えずじまいにして一番忘れられない、顔も知らない想い人のことを考えるのだ。
皮肉なことに、会ったこともない声も聞いたことのない、存在だけを知らされている相手に、マーティアは、恋をしてしまっていた。
そしてその恋は、同時に憎しみであり、静かにマーティアの心を蝕んでいた。
その後、何度となく、レイナートのいる戦場やカバルスへ向けて自分の足で家を出ようとしたその行為をとがめられ、噂になり、やむなく父はマーティアを修道院にいれることになったのだけど……。
そこで、国教会がある目的をもってマーティアを引き取ったことを知ることになった。
***




