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(9)マーティア・ホプキンズの魔法

     ***



 ―ドラコ城―

 代々の領主カタラクティス家の城。

 レイナートの部屋にて。


「消毒です!!あの破廉恥聖女の毒を根絶します!!」


と言って、ベルセルカは憤然と、レイナートの首筋に薬草を執拗に塗りたくり始めた。


 塗りすぎでだんだんひりひりし始め、そろそろやめてくれないかと国王が言おうとした頃、ふいに、ベルセルカがうつむいた。何か落ち込んでいるようだ。



「……申し訳ございません、レイナートさま」


「さっきの平手打ちの件か?」


「相手に中傷させる隙を与えてしまいました」


「いや、あれ以上何かされるよりはよかった」


「やっぱりです!?

 気持ち悪かったですよね!?

 やっぱり拳、いや蹴りにしとくんでした!!

 隣町ぐらいまでぶっ飛ばしといたほうがよかったですよね!?」



 レイナートの一言に急にテンションを変える幼なじみ。

 さっきまでの神妙さはどこいった?と思いながら、「いや、そうじゃなくて」と言う。


 2人とも、血にまみれた衣服は脱いで、水を浴びて髪も洗い、衣服も清潔なものに着替えている。

 衣服はカタラクティス家のメイドたちが洗濯をしてくれている。

 寝台の上にあぐらをかき、レイナートは薬草でべたべたする首筋をぺたぺた触りながら答えた。



「あいつは、俺の血の味をみようとしていた」

「味?」

「それと、目の色や首筋も見ていただろう?」

「ということは……レイナート様だと、国王だと、確かめようとしたと?」



 言われ、レイナートはうなずく。


 その人間が持っている魔力は血の中にも多く含まれる。

 特に、国内最強レベルのレイナートやオクタヴィアの血は、たとえば猫が飲んでも()()()()の魔法が使えるほどの魔力が含まれているのだ。

 魔法の心得さえあれば、口に含めば、一発でわかる。



「レイナート様がこの地に入ることを、国教会は察知していたのでしょうか……?」


「可能性は意識していた、ってことなんだろうな。

 至近距離で見てこられたから、瞳の色と烙印は“聖女”の視覚をいじってごまかした」


「さすが、清々しいほどのちからわざですね!」



 ベルセルカがちょっと微笑んだ。


 ―――さきほど、ベルセルカが“聖女”マーティアにビンタをくらわした。


 このまま聖騎士団とも一戦か、と思われたが、どうも、見た目のわりに鍛錬や経験が浅い者が多かったのか? ベルセルカに恐れの目を向けて、黙りこくっていた。

 (あるじ)(?)が目の前で体面を潰されれば、騎士ならば、ふつうは相手の死を以って主の汚名を(そそ)ごうとするものだ。

 また、町の中にいたはずの聖騎士団の信奉者も出てこなかった。


 そうこうしているうちに、ひそかにドラコ入りしていたカバルス軍の騎兵たちが迎えにきたので、レイナートとベルセルカは、そのままドラコ城へ。

 その際、重傷を負ったものや一度死んだ者、昼間に目をつけられた女冒険者たちはそのままにしていては危ないと、ドレイクが保護を頼みたいというので、こちらに連れてきた。

 しかしメサイアとドレイクは、ドラコ城には戻らなかった。



「聖女は、レイナート様の正体に気づいたでしょうか?」


「疑いはしていても、確定できる材料がなかったと思いたいな。

 傷はふさがっていたし。

 髪の色は同じでも、瞳の色が違い、烙印がなければ」


「もし、あの場で、国王だと“聖女”が確信していたら?」


「色々とまずかっただろうな。

 死骸の覆面を剥ぎ、やっぱり自分たちの仲間だったとして『聖騎士団数十人が無残に国王に殺された』と騒いだりもできた」



 そう、それが、あの場で国王であることを名乗り出なかった最大の理由だ。

 レイナート・バシレウスは、聖騎士団と因縁がありすぎるのだ。



「……私の分不相応(ぶんふそうおう)な大将軍職も少しはお役に立ちました?」


「悪いな、死ぬほど嫌がってたところ」


「本当ですよー。

 だって、すべての軍人、すべての将の(あこが)れ、たとえばレイナート様のお父様みたいな、何十年の歴戦の猛将が就くような職ですよ?」



 ぽふっ、と寝台に背をついたベルセルカ。

 長く赤い濡れ髪が、散る。



「いくら“血の結婚式”で王佐公と侯爵が大勢死んで、あとは身分と戦功の兼ね合いで私しかいなかったと言っても……偉大な先人の方々に心苦しいです。

 そもそも私、策略や用兵じゃなくて、陣頭で自分の手で殺しまくるタイプじゃないですか。

 戦功が多いのだって、レイナート様にくっついてたからですからね?

 もっと言えば、家の当主でも爵位を持っているわけでもないですし」


「女性への爵位の授与の前例はある。

 近いうちに検討する」


「あ、いらないですそういうの」

「なんで?」



 オクタヴィア王女が聞いたら怒りそうなセリフをはいた女騎士に、思わずレイナートは聞き返した。



「副将軍、大将軍、侯爵令嬢。

 そんなものよりなによりも前に、私はレイナート様の騎士ですから

 もしご褒美をいただけるなら、そうですね。今年もカバルスのオレンジでも送っていただければ」


「うん。で、タルトでも焼けと?」


「パウンドケーキがいいです。オレンジたっぷりの」



 自分で言って自分で笑ったあと、ベルセルカはおもむろに起き上がる。



 そして。

 レイナートに向き合い、居ずまいを正した



「大任、謹んで勤めさせていただきます」


「イヅルとレマ、それから官吏三名、一週間以内につくように派遣する。

 征東大将軍として、しばらくドラコを頼む」



 しばらくの間、ベルセルカはドラコに1人とどまる。

 長い期間ではないとはいえ離ればなれになる寂しさがあったが、レイナートはそれを口にしなかった。



     ***



 翌日レイナートが王都へと戻った頃。


 マーティアは、朝から聖騎士団を招集、言うことを聞かないと聖騎士団長を解任し、冒険者や町の人間たちの信奉者の中から尖兵となる者を雇用すると告げ、触れに回らせた。


 『弱い』冒険者、『異端』の冒険者は虐げた一方で、即戦力になるであろう若く屈強な男の冒険者は優遇した。冒険者たちの間にはたやすく亀裂が入り始めている。

 兵は順調に集まるだろう。



 そして。マーティアは国教会支部の聖堂の裏手へとひとり出た

 回収され、人目につかぬよう見上げるほどの高さに積まれた、“裏”聖騎士団の死骸の山がそこにあった。



「だいぶ増強したのですが……。

 あの赤髪女が相手では、これでは足りなかったのねぇ。

 もっと、もっと、数を集めて。

 もっと、もっと、魔法で兵たち、騎士たち、一人一人を強くしないと……」



 そう呟いて、マーティアは手のひらから炎のたまを出し、死骸の山へと放つ。

 鮮やかな火柱が立ち上がり、激しい炎が、異臭を放ちながら死骸を焼きはじめた。



 炎の色にうっとりと見とれ、しかし、ほんの少し後には、つまらなさそうにマーティアは呟く。

 その口が、昨日会ったのが貴方だったらよかったのに、と動いた。



「どうしてなのでしょう。……私は、貴方の顔も知らないの」



     ***

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