【幕間3-2】国王は食糧政策その他に試行錯誤する
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「……即位から、1か月半。
来週には小麦の収穫が始まる、か。
どうにか『春』を切り抜けられるかなぁ」
国王レイナートは、王城の執務室で、各地からの報告書を手にして、ふうとため息をついた。
片手に、夜食のパンをもって行儀悪く一口かじる。
残り物の堅くなったパンに卵と牛乳を浸して、表面をこんがりと中は柔らかく焼きあげたものだ。
口の中にふわっと広がる卵と焦がしバターの風味。ほんのり蜂蜜を混ぜていたのか甘みも感じる。
木苺のジャムが甘酸っぱいアクセントをつけていた。
「『春』が何かまずいのですか?」
書類の整理をしていた、ドレス姿の赤髪の美少女が声をかける。
言うまでもなく、国王の側近かつ忠誠を誓う姫騎士ベルセルカである。ただし今着ているのは、コルセットなし(←重要)で着られる普段用のドレスで、髪は三つ編みでまとめている。
ちなみにいまレイナートがかじっている夜食のパンは、ベルセルカの手製だった。
戦場から離れていると料理をする機会がないからと言って、王城の厨房でさきほど焼いてきてくれたのだ。
「秋の実りを食い尽くし、冬に植えた小麦の収穫はまだ。つまり、一番、民が餓死しやすい時期だ」
「……なるほど」
「カバルスから各地に水問題と食糧問題の専門家を派遣し、また、必要な地には食糧も送った
細かい事例報告はこれから上がるかもしれないが、集団餓死や食人という事態は、どうにか避けられそうだ」
「それは良かったですね!」
食料調達は相当がんばった。
発育が悪く売り物にならない作物やかたちの悪い魚など、カバルス領民から積極的に買い取り、足しにさせてもらった。
あとはカバルス軍で(というかレイナートが)つくった保存食の試作品など。
衛生管理はしっかりしている。味は少々落ちたかもしれないが、命さえつなげればその先はある。
そう思いながら、ほのかな甘みのパンをひとつ食べきって、次のに手を伸ばす。
「謎の染髪を禁止したのも、効果はあったのでしょうか?」
「ああ、あれな……」
貴族の間で流行していた、小麦の粉を使った髪染めも、一年間禁止。
先日枢密会議で決めたことだ。
食べ物を粗末にするなんて!……と言いたいわけでも、その文化自体を否定したいわけでもない。
だが、生産量に比して、それに使われる小麦の量が多すぎるのだ。
加えて、王都の貴族の流行は、騎士たちも中産階級も真似をする。
結果、小麦が無駄に消費された上、値段が跳ね上がる。
普段、枢密会議でそれほど強く何かを主張することはないレイナートだったが、この件ばかりは珍しく強く主張し、例によって反発する宰相をどうにか押し切って、国内全域での1年間の禁止を通達した。
そのうえで、余った小麦の粉は(衛生状態を確認したうえで)貴人たちから国王が買い取り、これもまた地方へ送る食糧の足しにした。
ちょっとだけ民の間では新王の評判が上がったが、一方で、貴族たちの間では駄々下がりだとか。
貴婦人の白粉に使うのは禁止していないし(ただし鉛白を入れるのは禁止した。体に悪いから)、取り急ぎ農地を拡大して来年の小麦の生産量を上げるので、あと一年ほど染めるのは我慢してほしい。
「それと、一部地域で、期間限定で水車や風車の使用料を無料にしたんだが、それも効いたかもしれない」
「水車? 風車?」
「民が穀物を粉にするのに使うだろう?
持ち主の領主や教会に使用料を払って」
「ああ、あれってそういうものだったんですか?」
ベルセルカは意外とこういう庶民の生活に絡むことを知らなかったりする。
本来貴族令嬢なのでやむなしか。
「地方の重要な収入のひとつだし維持費もかかるから、ずっとただにはできないけどな」
「いろいろ、バランスも考えながら進めないといけない感じなんですね」
ふんふん、とうなずくベルセルカ。
最近では兄であるグリトニル・アースガルズが、国政にかまけすぎてムステーラ領主の仕事を放置ぎみであるため、彼女が代行しなければならないことが多く、地方行政について学ばなければと危機感を募らせているらしい。
「……王になってわかったんだが、カバルスは治めやすすぎた」
「豊かだからですか?」
「海に面していて雨が多く、水にほぼ困らない。
水稲の栽培できるのは、レグヌムの中でうちぐらいだしな。
それでいて、祖先が何百年かけて堤防のごとく土を盛って土地を開発したから、津波の害もほぼない。
雪が降らず、獣の害もほとんどない。
海産物があり、ここ十数年で作物の種類も爆発的に増えた。
何か問題があっても、転生者含めて、だれか解決のすべを持っている。
結果、餓死者がほぼ出ない……うん、俺の力、ほぼ関係ないな」
「そ、そんなことないです……よ?
でも、みんなが力を合わせてくれるのはありがたいですよね」
「まぁな」
みずからの知識と経験を生かしながら、この国に合わせ試行錯誤してくれる転生者たち。
転生者の教えを請い活用してくれる現場の人間たち。
そして、転生者の保護を決め、その知識を収集活用することを決めた亡き父、先代カバルス公爵をはじめとした先人たち。
ただただ、ありがたい限りである。
「春の餓死対策は何とかなって。あとはさらなる開墾と。
それと、夏に向けて水対策か────。
後回しになっている王佐公と侯爵の再編も、案をまだ出しなおさないとな……」
しゃべりながら、とうとうパンの最後のひとかけを口に入れ終わった。
「夜食美味かった。ありがとうベルセルカ」
「どういたしまして。
それはそれとして、気になったんですけど」
「なんだ」
「そこのサイドテーブルに山盛り置かれている品々は、いったい?」
「……それは」
ぜいたくな細工飾りの装飾品。
宝石で飾られた靴。
豪奢な櫛。
その他、諸々、が置き場に困るようにかためて置かれている。
「女性からですか?」
一瞬のレイナートの躊躇にさとったか、ベルセルカが切り込んでくる。
「……なぜそう思う?」
「服飾関係のものが多いので、どなたか殿方をご自分好みに染めたい女性からかと」
「……なるほど。つまり『おまえモサい』って言われてるのか俺は」
「そして、どなたからですか?」
(流してくれなさそうだな)
レイナートは覚悟して、白状することにした。
いや、別に後ろめたいことはなにもないのだ。ないのだけど。
「オストラコン財務大臣のご令嬢からだ。
俺がいないときを見計らって色々、使用人に渡していくらしく」
「ああ、エレナですか?」
エレナ・オストラコン。
ベルセルカと同じく侯爵令嬢。
貴族令嬢としても珍しいぐらい、政略結婚に積極的な少女だ。
男の前では常に、たおやかで心優しく繊細な美少女を演じ、かなりの信奉者を獲得してきたが、“血の結婚式”まではずっとユリウス王子を狙っていた。
自分は一番価値のある女性であり、女性として一番の場所に座るべきである、という確固たる信念があるらしい。
貴族令嬢としては、理想的な性格といえるのだろう。
そんな彼女のターゲットが、今回自分になったからといって、王妃の座目当てはブレないのか、さすが腹をくくってるな、と感心と警戒心をもって冷静に受け止めることは、レイナートにはできる。
それはできるのだけど、彼自身が女というものに不馴れなせいなのか、入り口の時点での正しい拒み方がわからない。
今回初めてわかったのだけど、相手の意図がわかっていたとしてもハッキリとした言葉で誘いをかけられた事実がないと、断るのが難しいのだ。なぜならまだ相手は己の意思を明示していないから。
それでも何か、『長けている』男たちにはやりようがあるのかもしれないのだが、レイナートには、女性からの蔦のように絡みつくアプローチをそつなくかわせない。困惑させられる。
きっぱりと、『国王への贈り物禁止』としてしまうべきだろうか。。。
レイナートの心中を察したか察していないかはわからないが、ひとつひとつ品々を手に取って、とっくりと眺めていたベルセルカ。
ふとこちらに目を向けて、にっこり微笑んで言った。
「そうですね、お礼状を出しましょうか?
私の代筆で」
「…………はい」
ベルセルカが、自分の、レイナートとはまるで違う筆跡で、礼状を出すと。
エレナやオストラコン家の体面は崩さず、それでいて伝わりすぎるほど伝わる。何よりわかりやすい返事だろう。
頼もしいけれど、あとが恐い笑顔だった。
[幕間3-2 了]




