(5)最大の情報源
「しかし、罪もないこどもがさらわれているのです。
早々に、可能性をひとつひとつ潰していきましょう」
女の声ながら低めの、清涼な声がその場に響いた。イヅルだ。
兵舎の奥に引っ込んでいたイヅルが、セネクス家の家令とともに出てきたのだ。
その手には法典がある。
「遅くなりました。
家令どのにお話をうかがってまいりました。
亡きラットゥス公も人さらいの件を知り、調査を命じていたとのことです。
ご逝去により棚上げになってしまったようですが」
「ラットゥス公の耳にもはいっていたのか?」
「はい。しかし、取り急ぎ我々が動くべき事態かと。
ラットゥスでは奴隷の人身売買自体は合法ですが、平時における自由民誘拐、およびその人身売買は違法とされています」
「つまりノールトと戦ったばかりの今は、まだ戦時だと言い張って逃れられる」
「そのとおりです」
「和平条約が遅れているせいか」レイナートは唇を噛む。
戦時における『略奪』は、兵の貴重な収入源のひとつである。
軍によっては、兵の給与を絞るためにわざわざ『略奪』の権利を保証するところさえある。
この『略奪』の対象には、人間も当然のように含まれるのだ。
戦争は終わったんじゃ…と、呟く村人に、イヅルは説明する。
「隣国ノールトは王の交代を口実に、現在和平条約を拒否し続けている。
つまり、いち地方役人が誘拐犯を見つけたとしても、『今は戦時であり、誘拐による人身売買も合法だ』と言い張れます。
その場さえ逃れて、少しの時間さえ稼げればいい。
ほんの少しの時間でも、子の髪を切り容姿を変えさせて、親の手の届かぬところまでやれてしまうからです」
「い、いい加減なことを言うな! この、転生者がっ!!」
村人のひとりが叫ぶ。
やや痛ましげな目を、怒鳴った村人に向けた後、自分の首元の烙印を指さして見せながら、イヅルは続けた。
「実際、おれが奴隷だったころにも、誘拐による奴隷はたくさん周りにいました。
その中には、親が助けにきたにもかかわらず、親元に戻れなかった子たちもいたのです。
一足先に商人に喉をつぶされたうえ、親が、見ても自分の子だとわからなかったのです」
カバルス軍には元奴隷が多い。
そのため転生奴隷の『実態』を、皆良く把握しているので、このイヅルの話もごくあたりまえに皆知っている。
だが、村人たちには刺激の強い話だったらしい。
とうとうこらえかねたように泣き出す者がいた。
一方でカバルス軍の面々は、どこか白けた目を村人たちに向けていた。
それはそうだろう。
自分自身や、仲間たちを、『転生者である』という理由で愚弄されたのだから。
(本当に、士気を下げるような言葉を、連発してくれて……)
ベルセルカが心中で舌打ちした。
こどもたちを救いたい気持ちはある。
だけど、カバルスの仲間たちがそれに体を張る理由を、村人たちはずいぶん潰してくれた。
ひとり、イヅルが暗い顔をしている。
こどもの頃、親から引き離されて国教会につれていかれたイヅルには、今世の親の記憶がある。
親としての思いも考えてしまうのだろう……。
「今回さらわれたこどもたち娘たちは、俺にとっては、そうなるかもしれなかった自分だ」
レイナートの言葉が、響く。
法がどうとか正義がどうとかではなく、王としてというより一個人としての、率直な言葉だった。
その言葉で、不思議とその場の緊迫が取れた。
「おれにとっては、かつての自分です」
イヅルが、我慢できなかったように言葉を継ぐ。「18年たっても忘れられない、かつての自分です」
しばらく間があいた。
そして、若干嫌そうな顔をしながらも、口を開いたのはグラッドだった。
「ってことは、俺にとっても、かつての自分てことになるわな」
「あたしにとっては、かつて人間にさらわれた仲間たちね」とタリア。
幹部たちの言葉だから、というより、それぞれが、奴隷だった頃の自分、奴隷にされていた仲間たちを思い出したのか、カバルス軍の兵たちの表情が厳しいものではなくなった。
変わった空気に、イヅルがホッとした顔を見せる。
「しかし、問題は手がかりだな……」
時間がかかるだろうことは否めない。
どう手がかりをつかむか。
少し考えたのち、レイナートはその場の1人に目を向ける。
「……タリア。
少し聞いてもいいか?」
「え、あ、あたしですか?
はい、陛下、何でもどうぞ」
「お前が65年ほどひとつの城に監禁されていたらどうする?」
「え、何ですかそれ。すぐに逃げ出しますよ」
「だろうな。それだけの力は、おまえにはある。
じゃあ、逃げられるけれど逃げないとしたら、どういう可能性が考えられる??」
「城から出た方が危ない、身の危険を感じる時でしょうか?
何せ、エルフはこの国では亜人の扱いですから」
「その間そとの情報はなくても、か?」
「いいえ。
あたしたちは、死者の霊や精霊たちと絶えずつながり交流し続けています。そういう生き物なので。それらは、あらゆる情報をあたしたちのもとにもたらします。
ですから城のなかに籠りながらでも、外のことは手に取るようにわかるでしょう」
「そうか………」
どうやら満足する答えを聞き出せたらしいレイナートは、ベルセルカを見上げる。
「少し、この人たちを待たせておいてくれないか。彼に、知恵を少し借りに行ってくる」
「彼、とは?」
「最大の情報源、かもしれない」
ベルセルカの問いかけにひどく曖昧に返して、レイナートは、ふっと、姿を消した。
***
1時間後。
「────亡きラットゥス公の兄、カロン・セネクスから、諸々貴重な情報を得てきた」
ぼっこぼこに腫らした顔で戻ってきた国王に、イヅルはじめカバルス軍幹部陣全員が彼を取り囲んで、
「……なに、やってんですか国王がぁぁぁぁぁっっ!!!」
と突っ込んだのは無理のない話であった。
「どうしたんですか、そのお顔は!」
「さすがに人の城の中で攻撃魔法を撃つわけにもいかないだろう?」
「大丈夫ですよ、昔からこういうとこある人だったじゃないですか」
「いや、わかってるから心配なんですが?
どうしてベルセルカ様は動じずにいらっしゃるんです?」
ひとり、特に心配もせず平然と茶など飲んでいた赤髪の乙女に、イヅルが突っ込んだ。
にこにこと、ベルセルカは返す。
「えー動じてますよー?
後日あの城どうやって鏖殺しようかとゆっくり考えていたところです」
「聞かなかったことにいたします」
イヅルは後始末を放棄した。
そして気づく。
「陛下。ということは、もしかして、最初から〈転移魔法〉でカロン様にお会いできたのでは」
「悪い。もともと俺ひとりが会うだけなら、〈転移〉で問題なく城に入り込めた」
「ですよね。
ああ、いえ、使えというわけではないのですが」
レイナートは椅子にかけ、受け答えをしながら、自分の顔に治癒魔法〈治療〉をかけている。
手のひらから出る光がレイナートの顔に当たり、ものすごい速さで傷が治癒していく。
「さすがに同意なく城に侵入したら、交渉も何も無理だろう?」
「……ということは、今回、交渉を絶望的にしてしまったのでは?」
「当然のことながらカロン・セネクスは激怒だ。
ゴーレム300体の包囲、さすがに突破するのに苦労した。
まぁ、それはさておき」
イヅルとしゃべっている間に、レイナートの顔面は完全に治癒していた。
気を取り直して、イヅルが質問を切り出す。
「で、カロン様は、なんと?」
「ああ、それでな――――」
レイナートが言葉を継ごうとした、その時。
「山賊たちじゃ」
ひょい、と、国王の後ろから、老人が顔をのぞかせた。
とがった耳に高くそびえる鼻の、レイナートが座った高さぐらいの背丈の、小柄な老人。
「――――って、カロン殿!?」
「「「「「「え?」」」」」」
老人は振り返ったレイナートの鼻っ柱に、頭突きをくらわした。




