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「ゆっくり支度して良いとお義母様は仰っていたけれど、そういうわけにもいかないわよね」
「若奥様、結婚式の翌日に先触れ無しの訪問はとてもとても失礼なことなのですから、奥様の仰る通りでいいかと」
待望の食事を前に、招かれざる客のお陰で空腹の情けない状態で客人を迎える準備のため部屋に戻った私は、公爵家で私につけてくれたメイド、リンダ達に世話をされている。
一口で食べられそうな大きさに切られた薄いパンの上に甘いクリームと小さく切った果物をのせたものを、甲斐甲斐しくメイドが口に運んでくれて、それをもぐもぐと食べている間に別なメイドが髪を丁寧に櫛で梳いてくれて緩く緩く編み上げていく。
ドレスはすでに着付け済みで、最近流行しだしたコルセット無しでも着られるのに腰回りが細く見えるという素晴らしいものを着ている。
首回りはレースの立て襟り、胸元は立て襟にレースの飾りがついていて、大きなリボンが品よく襟の近くに配置されている。袖は透ける様に薄い布地で出来ていて、細かいレース地が重ねられている。
これ、私の家だったら十分な外出着、というよりお茶会に招待された時に精一杯なおしゃれとして着ていくものだと思う。そもそも私の家では注文を入れることすら出来ない高級仕立て屋だ。
嫁いで来る私に、ギュスターヴ様が……というより、お義母様が大量のドレスを用意してくださった。恐ろしい事に公爵家は朝と昼と夜の三回ドレスを着替えるらしく本当に大量のドレスだ。
朝は寝起きだから、体に無理がないゆったりとしたドレス。昼は急なお客様があっても対応出来る、外出着ほどではないけれどそれなりの格が見える(今私が着ているのがそうだ)ドレス。夜は着替える場合とそうじゃ無い時があるらしいけれど、家族が揃って夕食を頂く時は昼のドレスより少し着飾ったドレスに着替えて食事をするのがこの家のきまりらしい。
そういえば、さっき食堂に集まっていたお義母様達は皆綺麗な衣装を身に着けていた様な気がする。
私は軽めのドレス、いうなれば朝のドレスを着ていたと思う。
メイドが用意してくれた数着の中から何も考えずに選んで着ていたけれど、あれは初夜を終えたばかりの私を労わるために楽な物を着せてくれたのだと思う。
「先触れ、本当に無かったのかしら。ギュスターヴ様のご友人だとしても失礼よね? フルーリー様という方、ギュスターヴ様とそんなに仲の良いのかしら? 昨日の宴でご挨拶した覚えはあるけれど。フルーリー様、伯爵家のご次男よね」
同じ年だけれど、同じ組になったことは一度も無かったと思う。
かなり痩せていて、暗い目をした印象の方だ。
「はい、ヤニック・フルーリー様は上にお兄様とお姉様がいらっしゃいます。お兄様は王太子殿下の側近をされているそうです。ただ、若様と仲が良いというよりも、第二王子殿下のご友人と言った方がいいのかもしれません」
「第二王子殿下、そう」
それはつまりギュスターヴ様の友人ではなく、第二王子殿下のとりまきということだ。
とりまきだと言われて気が付いた。
まさか第二王子殿下に呪いの魔法を教えたという迷惑な人だろうか、たしか第二王子殿下の取り巻きで伯爵家だったのは一人だけだったと思う。
食事の時間に先触れ無しでやって来ただけでも印象が悪いのに、彼が呪いの原因の一人だったとしたらもう愛想笑いもしたくない。
「お祝いなら昨日言って頂いたけれど、一体どんな用事なのかしら」
「詳しくはお話されていないそうですが、なんでも今すぐ若様と若奥様にお会い出来なければ一大事になると」
一大事、その一言で眉間に皺が寄る。
一大事というなら、第二王子殿下のやらかしで私とギュスターヴ様に大きな溝が出来るところだったのだけど、その原因の一人が何を言うだ。
「伯爵家の方が格上の公爵家に先触れ無しにやって来て、そんな失礼なことを言うなんて礼儀知らずな方なのね」
それはお義母様も私の支度をゆっくりで良いと言うわけだ。
「私もお会いしないといけないかしら、少し体が怠いのだけれど」
ちらりと鏡越しにリンダと目を合わせ呟くと、リンダは心得たとばかりに頷いて部屋を出て行った。
「本来であればお断りしても良いことですから、ご無理なさいませんよう」
「ありがとう。体力がなくて恥ずかしいわ」
ほぅっと息を吐きながら、片手を頬に当てる。
治癒魔法の使い手は基本的に体力があるそうだ、治癒魔法が使えると言うのも恥ずかしい情けない私の治癒魔法だけれど体力はある方だと思う。それは無意識に自分に治癒魔法を掛けているせいだといわれている。
今までその説を疑っていたけれど、実際目を覚ました直後は気怠かった体も、今軽食を頂いたお陰なのかすっかり元気になっているからあながち間違ってはいないのかもしれない。
これなら難なくお客様の相手が出来そうだ、でも礼儀知らずに誠実な対応をする必要は無いと思う。
「若奥様、若様がいらっしゃるまでこちらでお待ちください」
「ギュスターヴ様はお客様のお相手をされているのではないのかしら?」
すぐに戻って来たリンダはなぜか豪華なサービングカートを押しながら部屋に入って来て、テーブルの準備をしながら私に報告した。
私はともかく、ギュスターヴ様はすぐに応接室に行かれたのかと思っていたが違うのだろうかと戻って来たリンダを見つめる。
「今お客様は旦那様と奥様がお相手されています」
「お義父様達が?」
「はい。若様と若奥様はまだお休み中だからと」
お休み中、結婚したばかりの二人がお休み中ということは、それはつまりそういう意味だろう。
いいのだろうかそれで、どういう反応したらいいのか分からないけれど、リンダはとても真面目な顔でテーブルの準備を終え「旦那様が、準備が出来るまでお休みになっているようにと」と言いながら私に向かい微笑んだ。
準備、準備ってなんだろう? 意味が分からないものの私は上の人の意見には素直に聞くことにしている。
テーブルの上には、気軽に食べられそうなものばかり並べられている。
空腹が少々解消出来そうな量を頂いて、無礼なお客様が帰ってから夕食を頂くこともこれなら出来そうだ。
「お茶をいれてくれる? こちらはギュスターヴ様がいらっしゃったら一緒に頂くわ」
にっこりと笑うとリンダも同じく笑顔になる、このメイドとは仲良くなれそうだし先程の感じだとギュスターヴ様の家族ともきっと仲良くなれると思う。
つまり私の未来は明るい、幸せになる未来しかない。
幸せな未来に、礼儀知らずな人は不要だから失礼な来客にはそれなりの対応をしなければ。
失礼な来客の、あまりに呆れる言動にこれから驚かされることになるとは、この時の私は思ってもいなかった。




