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「シュテフイーナ、もしかして私のために怒ってくれている?」
驚いた様にギュスターヴ様が言うけれど、どうして疑問系で言われるのか理由が分からない。
「私は昨日あなたの妻になりました。私はもうあなたの妻です、ギュスターヴ様の体に掛けられた呪いだって他人事ではございません。万が一呪いが一生掛けられたままでも、私は生涯ギュスターヴ様の妻ですから!」
私は心の底から王子殿下に怒りを感じているというのに、当の本人は呑気過ぎるほどに呑気だから余計に怒りが込み上げてくる。
呪いを友人に掛けるなんて、それがどんな些細なものだったとしても人としてしてはいけないことだ。それを謝罪で済ませて、受け入れるだなんてあり得ない。
ギュスターヴ様は優しいから、優し過ぎる方だから許してしまったのかもしれないけれど、優しいギュスターヴ様から私は絶対に離れないし、これから先は妻としてギュスターヴ様を守る。
「……本当に解呪出来ないかもしれないのにそんな風に言ってくれるの?」
不安そうに尋ねるギュスターヴ様を見ていると、苛々してしまう。
なぜ信じてくれないのか、私の心を、決意を、私はどんなことがあってもギュスターヴ様を嫌ったり恐れたりしないというのに、呪いが解けなければ私が離れていくと思い込んでいるみたいだ。
だけどそんなこと絶対にない、私の決意を甘く見ないで欲しい。
「酷いです」
ギュスターヴ様にしがみつく腕に、更に力を込めることで返事と抗議を兼ねる。
力を込めて、ついでに爪を立てる。
「シュテフイーナ、痛いよ」
「私の心を疑うからですわ、昨日神様に生涯共に生きると誓ったのは嘘ですか。私達生涯夫婦でいると昨日誓ったばかりですのに」
ギュッとしがみつきながら見上げていると、ギュスターヴ様の瞳が私を優しく見下ろしていた。
それはとても嬉しそうで、呑気過ぎてまた腹が立つ。
「ギュスターヴ様、私はとても怒っていますのよ。何故笑っていらっしゃるの」
「愛されているんだなぁって思って、とても嬉しくて」
あまりにも見当違いなことを言い出すから、呆れと怒りで顔が赤くなる。
頬も耳も熱いから、きっと真っ赤になっていると思う。
こんなの不本意だ、きっとギュスターヴ様は私が照れているのだと誤解した筈だ。私は照れているのじゃなく、怒っているのに。
「そ、そんな呑気な話ではございませんわ! 私一晩中傷付いて悲しくて、こんなのこんなの……」
結婚し初めての夜、期待と不安で苦しくなる程の緊張の中、私は夫になったばかりのギュスターヴ様と幸せな時間を過ごすはずだった。
それなのに、ギュスターヴ様は現れなかった。
猫の姿でもいい、不安な夜を一人で過ごすくらいなら、猫の姿でもここに来て欲しかったのに。
「ごめん。ごめんね、猫になった姿を見せて嫌われるのが怖かったんだ」
「怖かった?」
何が怖いと言うのだろう。
怖いと、恐怖を感じて夜を過ごしていたのは私の方だ。
婚約してたった三カ月で結婚したけれど、短期間で結婚を望まれる程、求婚してくれた時のギュスターヴ様は私を思ってくれていた筈だけど、それでももう気持ちは冷めていたのかもしれない。
急激に気持ちが盛り上がったなら、急に冷めてしまうこともあるのかもしれない。もう私への気持ちなんて無くなってしまったのかもしれない。
そんなことない、ギュスターヴ様は私を好いてくれている。
不安が私の心を押しつぶしそうになって、それは違うと必死に気持ちを立て直して、一晩中不安と悲しみで苦しかった。
ギュスターヴ様はもうすぐ来てくれる、私と幸せな時間を過ごす為にきっとここに来てくれる。自分に言い聞かせ続けている間に夜は更けて、無情にも朝日が昇ってしまった。
カーテンの隙間から光が差し込んできた時の絶望を、ギュスターヴ様は理解していないだろう。
「私の恐怖と悲しみを超えますか? 私命を儚む決意をしたほうがいいのかと一晩中考えていましたわ。ギュスターヴ様はそれ以上の恐怖がおありで?」
ポロンとまた涙がこぼれる。
わざとではない涙は、自分で止めたくても止められないものなのだと、この年になって初めて知った。
「は、は、儚く???」
「結婚して、それなのに初夜に捨て置かれるなんて、女としてこれ以上の悲しみと恐怖があるでしょうか」
「悲しみ、恐怖」
ギュスターヴ様は、理解していない顔で私を見ているけれど、これはギュスターヴ様に一生後悔して欲しい程のやらかしだ。
『君を愛することはない』なんて台詞の芝居が流行るのは、女性がその言葉を恐れているからだ。
今の世の中政略結婚が廃れ始めているとはいえ、それでも全く無くなったわけではない。
顔すら知らない相手に嫁ぐ貴族女性だっているのだ、どんな辛い人生を歩むのかと不安な心を持ちながら、それでも幸せになりたいと嫁ぐ人がいる。
ほんの少し前まで、貴族女性に自分で選べる未来なんて存在しなかった。
生まれてからずっと家の益になれる様に教育を受け、父親の決めた相手に嫁ぐ。
嫁いだらそこからは夫の言う事を聞き、夫の決定に従うしかない。
酷い相手に嫁いでしまったら、一生不幸の中で生きることになる。
だからこそ、夢に見るのだ。
酷い男に嫁いでも、幸せになる未来はあるのだと。
芝居の女主人公に自分を重ね見て、悪い男を成敗し幸せになる未来を夢見る。
だからこそ、そんな芝居が流行る。
でも、私の人生は芝居じゃない。
脚本のない現実、用意されている幸せな未来なんて存在しない。
だからこそ、自分で切り開かなければいけない。
ここで甘い顔なんてしない、ギュスターヴ様は一生やらかしを後悔して、一生私を大切に愛してくれなければ駄目なのだ。




