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「あれは迷宮探索の授業で数日泊まり込みで迷宮に入った時だ、覚えている? 婚約したばかりの頃だよ」
「迷宮探索、剣術と魔法の授業を選択されている方の特別授業でしたね。勿論覚えております、お手紙も出せずに寂しい思いをしましたもの」
学校の授業は単位取得必須の基本科目と言われるものは数科目あるだけで、後は個々に受けたい授業を選ぶ。
選択授業は優秀な家庭教師を雇えない下位貴族の為の科目が多く、上位貴族は卒業後の社交に役立ちそうなものを適当に選び、勉強というより生徒同士の交流のために授業を受ける。
剣術と魔法を選択した生徒は、最終学年に泊まりがけで迷宮に入らなければならない。
迷宮内では荷物を運ぶのも飲水を用意するのも自分でやらなければならないから、魔物を狩るとか長い距離を歩くより雑務の方に苦労するそうだ。
雑務の苦労に加え、迷宮内では地面に毛布を敷いて眠るのだと聞いて絶対に無理だと私は授業選択の段階で諦めた。
私はほんの少し魔法が使えるけれど、それはかすり傷を治せる程度の治癒魔法と汚れたものを清める浄化魔法だけだから、魔法の授業は取らなくても良い。
攻撃魔法が使える者は、正しい魔法の使い方を覚えないと危険ということもあり魔法の授業を取るのが普通だけど、治癒魔法と浄化魔法は神殿に通い神官から学ぶ魔法だから、私は幼い頃から月に何度か神殿に通い魔法を教わって来た。
それでも治癒魔法は苦手なまま、浄化魔法の腕だけが上がっただけだった。
「そうだね、剣術は好きだけど授業を取ったのを後悔したよ」
ギュスターヴ様は、剣術の授業を取っていて迷宮探索に参加した。
剣術の授業は将来武官を目指している者が取るもので、ギュスターヴ様の様に卒業後王宮勤め等をするつもりのない人はわざわざ取らないものだ。
そもそも幼い頃から剣術を公爵家の騎士団長に教わっていたというから、本来ならわざわざ学校で授業を取る必要もない。
ならばなぜ必要のない剣術の授業を選択したのかといえば、ギュスターヴ様の友人で、はとこでもある第二王子殿下が魔法の授業を取っており、彼と一緒に迷宮に入る必要があったからだった。
夫の友人でもあり、はとこでもある方を悪く言いたくはないが、私はあの方が苦手だ。正直に言えば王族で唯一尊敬出来ない方だ。
思いつきで周囲を振り回すし、自分のしたいことだけをしてしなくてはいけないことから逃げる。責任感というものが皆無の人だ。
ギュスターヴ様に婚約者として紹介される前は挨拶すらしたことは無かったし紹介されてからも、挨拶以外の会話をしたことはないけれど、校内で好き勝手に振る舞う姿を見るだけで寒気が走る。
なぜギュスターヴ様があんな人と友人なのか分からないけれど、同じ年のはとこだから、お目付け役にされているのかもしれない。
ちなみにギュスターヴ様のおじい様が前国王陛下の王弟殿下だから、ギュスターヴ様のお父様は現国王陛下の従兄弟になる。ギュスターヴ様のお母様は隣国の末の王女だった方だから、エリンケス公爵家の血筋の尊さはすさまじいものがある。私の実家バウワー家は裕福とはいえ所詮伯爵家だから、ギュスターヴ様が望んで下さったとはいえよくもまあ私の嫁入りをご両親が許して下さったものだと思う。
まあ、私の姉が嫁いだのも、ギュスターヴ様のお父様の従姉妹に当たる方が嫁いだ公爵家なことを思えば、ある意味バウワー家は王家から信用されている家なのかもしれない。
「迷宮探索で、何か恐ろしい目にあったということでしょうか」
魔物が出る以前にベッドの無いところで眠るという恐ろしい環境、そこで一体何があったのか、私は絶対に迷宮に入りたくないと怯えながら尋ねる。
こうなると、聞くのも怖い聞かないのも怖いという気持ちだ。
「うん、恐ろしいというか、殿下の魔法の誤爆なんだけどね」
「誤爆?」
「あの人、何故か練習中の魔法をよりにもよって迷宮探索中に試したんだよ。しかも魔物を狩るのに適さない姿変えの呪いの魔法を」
うんざりと言わんばかりの表情で話される内容は、魔法なんて初歩の初歩しか使えない私でも、それは駄目だろうと思うことだった。
「姿変えの呪いというのは、どういったものなのでしょう?」
察するに、殿下が誤爆した魔法がギュスターヴ様に当たってしまったのだと思うけれど、何をどうやったらそうなるのか分からない。
「うん、本当はその魔法は一定時間指定の動物に姿を変えられるというものらしいのだけどね、あの方そもそも光の属性しか適性がないのに、全く適性のない闇属性の呪いを探索中だというのに急に覚えたがって、殿下に忖度した取り巻きの一人が、たまたま闇属性に適性があったものだから呪いとか得意で、そこで指導が始まってしまったのが、私の不運の始まりだった」
「迷宮の中で呪いの魔法を王子殿下に教えたと聞こえましたが、空耳ですか?」
呪いって、熟練者しか成功しないと聞くのに、適性のない方が一度習っただけで発動させてしまったのかと驚きすぎて息が苦しくなってしまう。
そんなの、もし暴発したら命に関わる大惨事になってしまう。
「そのまさかなんだよ。もっとも、教えた方も殿下が使えるとは最初から思っていなくて、むしろ諦めさせるために教えたらしいんだけどね」
「諦めさせる」
やれやれとばかりに話すギュスターヴ様は、ちょっと呑気過ぎると思う。
私は話を聞いているだけで倒れそうなのに、新婚の妻に配慮が無さすぎる。
「普通は適性がない属性の魔法は、かなり訓練を積まないと覚えることすら出来ないものなんだよ」
「それなのに覚えてしまって発動までさせてしまったと?」
「うん、本人は驚いて謝罪してくれた」
私の顔、多分物凄く目がつり上がってとても恐ろしくなっている気がする。
怒りに震えるって、こういう時に使うのかと、そんなこと知りたくなかったけれど、不敬ながら王子殿下を叱り飛ばしたい。
「謝ってすむ問題ではありませんわ、何を呑気な」
「シュテフイーナ?」
「呪い、ギュスターヴ様は王子殿下の思い付きの被害者ではありませんか!」
ぷるぷると体が震え、無意識に握り込んでいた拳も震える。
「え、被害者? ま、まあそうなるね」
「そうなるねって、ギュスターヴ様はそれで猫になってしまうように? その呪いはいつ解呪されるのですか?」
姉達の教えなんてどこかに飛んでいってしまったと思う、怒りと、もしかしたらギュスターヴ様が儚くなっていたかもしれないという恐怖で、いつもの嘘泣きではない涙がポトポトと零れ落ちてしまう。
「な、なんで泣いてっ!」
「だって、呪いなんて恐ろしい目にあっているというのに、簡単な謝罪で済ませていい話ではありませんわ。運が悪ければ、ギュスターヴ様は……」
死んでしまったかもしれない。それを言葉にするのが恐ろしくて、ギュスターヴ様にしがみつくと、逃さないとばかりにきゅうきゅうと両腕に力を込める。
「シュテフイーナ?」
「王子殿下は短慮が過ぎると思います。それにギュスターヴ様は心が広すぎると思います」
何故簡単に許してしまえるのか、私には理解できないけれど、そこがギュスターヴ様の長所なのだろうか。




