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「朝日が昇れば人に戻るのですか? では、夜の間は猫なのですか」
そう聞いてから、最近も夜会に出たのにと首を傾げる。
初めて一緒に夜会に出たのは、婚約してすぐのことだった。
成人前の学生でも婚約していれば半成人扱いで夜会に出られるから、私は張り切ってギュスターヴ様から贈られたドレスを着て夜会に出た。
私の実家バウワー家は伯爵位の中でも裕福な家だけれど、エリンケス家は流石の公爵位、夜会に出る度に素敵なドレスとそれに合わせた装飾品を贈ってくれたので婚約期間は短くてもその数は片手では足りない。
ドレスは兎も角装飾品まで毎回なのだから、公爵位の財力は恐ろしい。
つい最近も独身最後の夜会だからと、ギュスターヴ様の瞳の色の宝石を使った装飾品とそれに合わせたドレスを贈られて、それを纏って彼と一緒に出たのだ。
「先日一緒に夜会に出ましたよね、あれはどうやって……まさか真夜中に切り替わるのですか?」
ギュスターヴ様の言葉を信じるなら朝日が昇るまでは白猫の姿になっている筈なのに、私達は夜会に揃って出ていたし、そもそも今日の結婚披露の宴の間だってギュスターヴ様は人だった。
結婚披露の宴の途中で私達二人とも退出してしまったけれど、夜会の時は違う時間は夕刻から……いつまでだっただろう?
そういえばあの夜は、夜会の主催者や付き合いのある家や友人達に挨拶し、三曲ほど続けてダンスを楽しんだが、それからそう時を置かずに私達は帰宅の途についた。
ギュスターヴ様は友人が多いから、いつもなら遅い時間まで友人達とおしゃべりを楽しんでいるというのに、その夜会にはギュスターヴ様の友人の第二王子殿下もいらっしゃったのにどうしたのだろうと不思議に思っていた。
「その通り、日付が変わる時刻になると私は猫になってしまう」
「なんてこと……」
「君に内緒にしたまま、今日を迎えた事は本当に申し訳ないと反省している。秘密にしていてごめん。でも君に恐れられてしまったらと思うとどうしても言えなかった」
しょんぼりと、今は見えない猫耳がへりょりとしたような幻覚が見えた気がして、私は思わず目をこする。
「それはいいのです、教えて頂いても式の日取りを変えることはしなかったと思いますから。でも、一体いつからなのですか?」
「き、君はこんなおかしな体になっても私と結婚してくれるのか?」
くれるのかって、もう妻になっているのだけど、なんて言える雰囲気ではないなと、涙を浮かべ感動している様子のギュスターヴ様を見て気が付いた。
ギュスターヴ様は不安なのだと思う、白猫になってしまう自分を私が恐れないか、隠していたことを不快に思わないかと。
さきほどのギュスターヴ様が言った「生涯あなただけを愛する」というのは、嘘ではないと思う。ギュスターヴ様の思いを今まで疑ったことはないけれど、先程の告白程心に響いたことはない。
彼は不安になりながらも、私に本心を伝えてくれた、だとしたら私もギュスターヴ様に想いを伝えなければ。
「猫になるくらいなんでもありません。事前にお話はして欲しかったですけれど、そうしたら心細い思いをしながら待たなくて済んだわけですし。でも愛する気持ちは変わりません、ギュスターヴ様をお慕いしています」
平民向けのお芝居や恋愛小説では定番らしい政略結婚した貴族の夫に『君を愛するつもりはない』なんて台詞をギュスターヴ様が言うとは思っていなかったけれど、一人でこの部屋でギュスターヴ様を待つ間はもしかしたら初夜をすっぽかされるのではという不安はあった、というよりも不安しかなかった。
「今日あなたの妻になれた事が嬉しいのです。ずっとお慕いしていた方の妻になるのですから、猫になるくらいささいなこと、猫になるくらいなんでもありません」
いや、重大な問題だと思う。人が猫になるって何なのと、本当は大声で叫び出したい。
でもそれをギュスターヴ様に悟られることが無いように、無理矢理に笑顔を作り「ささいなこと」と言い切る。
初夜に夫が寝室に来ないなんて、私の家に仕えてくれている使用人達からよく聞いていたお芝居に近いことが自分の身に起きるとは思わなかったけれど、私はそんな芝居の主人公にはなるつもりはない。
主人公になるなら、幸せに溺愛される女主人公、これ以外あり得ないのだから。
「シュテフイーナ! あなたはなんて素晴らしい人なんだろう。猫になるくらいなんでもないと言ってもらえるなんて私はこの国一番の幸せな男だ」
私の告白に、ギュスターヴ様が感極まった様子で声をあげるけれど、私は内心苦笑いするしかない。
だってこの国一番の幸せな男なら、初夜に猫になんてならないと思う。
この国一番の幸せな男じゃなく、これでは可哀相な男になってしまうのではないだろうか。
こっそりとそう思いながら、一体何が理由でそうなったのか早く教えて欲しいと少しだけ苛々する。
「ギュスターヴ様、何が起きて猫の姿になるようになったのですか?」
「やはり、話さないと駄目だろうか」
「私はあなたの妻になったのに、大事なお話を教えて頂けないのですか?」
話さないつもりなら、猫になる件も墓場まで持っていく秘密にして欲しかったとばかりに、じっとりと恨めしげにギュスターヴ様を上目遣いに見る。
こんな風に中途半端に話すことすらせず、猫になってしまうからという理由すら話さない。そういう選択は確かに出来た、ただその場合、私達の間に大きな大きな溝が出来てしまっただろう、初夜を理由もなく無視されたのだと生涯恨むことになったと思う。
猫になってしまうと言われていた今だって本心から許せていないのだから、絶対に遺恨は残った筈だ。
「そうですよね、大事なお話ですもの私なんかに話せませんよね」
じいいっと視線を合わせてから、俯き口元に手を当てる。
ギュスターヴ様は優しいし、私の涙にとっても弱いのはこの三ヶ月間の付き合いで良く知っている。
なにせ、お芝居を見に行って感動した私が涙ぐむ程度でもオロオロしてしまう人なのだから、平民の言葉で言えばチョロい人なのだ。
「ち、違っ。シュテフイーナ! 私はそんなつもりじゃ」
「私、一晩心細い思いをしましたのよ。ギュスターヴ様が私を望んで早く結婚したいと言ってくださったのは、夢だったのかもしれないと」
わざとらしく鼻をスンと鳴らすと、ギュスターヴ様は息を飲み、慌てたように私の肩に手を置いて「す、すまないっ」とまた慌てて手を離す。
平民言葉で言う『チョロい』人だ。でも、こういうところが好きになった理由だったりするのは、誰にも話したことはないけれど本心だ。




