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「そんなこと、あるのだろうか」
「浄化魔法、神官でもないものが使って呪いが解けるなど聞いた事も無い。しかも解呪の魔法ではなく浄化の魔法で呪いが解いただけでなく呪い返しまで……」
陛下とお義父様の会話に内心同意しながら、でもそれ以外考えられないとも思う。
「恐れながら陛下呪い返しではなく、これは呪詛返しです。呪いを返すだけなら呪いが解けた時の反動が術者に戻るだけですが、殿下は猫になっています。これは同じ呪いを返されたということ、つまり呪詛返しです。あと、猫になった時の毛色ですがこれは呪いを掛けられた者の悪い感情を表しているかと存じます。殿下がギュスターヴに呪いを掛ける時に彼女に猫の姿だけでなく酷い人間なのだと知り嫌われる様にしたいと言われましたので、万が一猫の姿に嫌悪しなくても汚い毛色で酷い感情を持つ者だと説明出来る様にしました」
そう言われて猫になった第二王子殿下を見る、彼はどうしようもなく不快になる色をしている。見ているだけで嫌なものを見た気になる色だ。
「ギュスターヴ様はとても愛らしい白猫になると聞きましたが?」
呪いが解けたのなら、私はその愛らしい姿を見る事は今後ないのだろうけれど、ちょっとだけ見たかった気がしてしまう。
「ちなみに、真っ黒な毛色だったとしても、その姿を見た相手が不快にならなければそれは悪感情というよりその者が持つ魔力の属性の色になります」
「つまり、目に入った瞬間汚らしいと感じるこの毛色は、第二王子の悪感情の酷さを表していると? 悪感情というよりも元々の性質か? 酷すぎるな」
陛下は不快なものを見たとばかりに第二王子殿下を見た後、顔の前で何かを払い除ける様な仕草をする。
「ギュスターヴは白猫になったというのに、勿論清い心だけでは王侯貴族はやっていけないが、それでもこんな酷い毛色になる悪感情を抱くとは、我が息子はなんと情けない。それにしても、解呪するだけでなく呪い返すとは、ギュスターヴは素晴らしい妻を得たな」
陛下は私を褒める様な事を言って下さるけれど、呪いなんて私の浄化魔法程度で解呪出来るものではない。
解呪魔法は熟練の聖魔法の使い手でなければ使えないのだと神官に教えられているし、私は弱い治癒魔法と浄化魔法しか使えないのだから、ましてや呪いをただ返すのではなく呪いを付けて返すなんて私に出来るわけがない。
「私、本当に弱い魔法しか使えませんし、浄化魔法を何度も掛けたとはいえそれで呪いが解けるなんて」
「ありえないと思いますが、でも実際殿下が猫になったのはお二人の初夜の後です。他に理由が見当たらないとすれば呪詛返しをしたのは彼女だとしか思えません」
ヤニック・フルーリーの説明を聞いてあることに気が付く、もしもそれが本当なら私は無意識だったとはいえ第二王子殿下に呪いを掛けてしまったということになる。
王子へ呪いを掛けたなんて、今すぐ処罰されても文句が言えない。
ど、どうしたらいいのだろう。何も浮かばない、言い訳なんてそもそも意味が無い。
エリンケス家を巻き込む大失態を、私は犯してしまったのだから。
「わ、私の罪です! エリンケス家もバウワー家も関係ありません。私だけの罪です! 罰するならどうぞ私だけ、私だけを罰してください。殿下を害するつもりは無くても、そもそもの発端が殿下の気持ちの悪い感情だったとしても呪詛返しをして結果として殿下に呪いを掛けてしまったのだとしたら、それは私の、私の……」
ギュスターヴ様の手から逃れて床にひれ伏そうともがくのに、ギュスターヴ様の腕は私を離さない。
それどころか、逃がさないとばかりに腕の力が強くなる。
「シュテフイーナは悪くありません。間抜けに呪われて、事の重大さを甘く見て陛下に報告もせず解呪もせずにいた私が悪いのです。シュテフイーナが私を浄化しそれが呪詛返しとなったのなら、それは妻が夫を気遣っただけのことです。殿下を害する意図なんてありません。妻は悪くありません」
「いいえ、ギュスターヴ様、私が悪いのです。ギュスターヴ様は私を思い初夜を延期しようとしていたのに、私が私が……」
こんなことなら、意地を張るんじゃなかった。
呪いを神官に解呪してもらってからで良かったのに、私は自分の立場を弱くしたくなくて我儘を言ったのだから、私が悪いのだ。
「シュテフイーナが悪いわけないよ、あなたに自分が呪われていてもいい、すべてを受け入れると言われた時どれだけ嬉しかったか。ずっと猫でいたとしても私と共にいてくれると言ってくれたシュテフイーナの告白をが私の気持ちを救ってくれた、勇気をくれたんだよ。陛下どうかシュテフイーナをお許しください!」
「ギュスターヴ様」
「ギュスターヴが悪い! シュテフイーナが悪い!! 二人を罰して、ヤニックは私の呪いを早く解くんだ! いつまで私を猫のままにしている! 早く呪いを解け!」
私を見捨てず陛下に嘆願するギュスターヴ様に感動する私を睨みつけながら、殿下がみっともなく騒ぐ。
こんな迷惑な人、永久に猫のままでいればいいのに。誰も解呪何て出来なければ良いのに。
そう呆れてそう思ったのは、私だけでは無かったらしい。
「はあ、これ以上醜態を晒すな、情けない」
「ち、父上?」
「お前の様な情けない人間は王家に置いておけない。ヤニック・フルーリー、解呪の方法を探す必要はない」
予想外の陛下の言葉に、ギュスターヴ様も私も何も言えなくなる。
解呪の方法を探す必要はないということは、殿下はずっと猫のままなのだろうか。
「それは、つまり?」
陛下の言葉の続きを待つ私達の沈黙を、お義父様が破る。
「第二王子は病を得たため、北の塔にて生涯療養とする。ヤニック・フルーリーは第二王子の行動を止めるどころかともにくだらない呪いを公爵家の嫡男に掛けた罪により、北の塔で王子の世話を行う様申し付ける。二人共自らの意思で塔から出る事まかりならん」
「父上、そんな私が北の塔に? あそこは王家の罪人が閉じ込められるところではありませんか!」
「そなたは罪人だろう。迷宮で呪いを掛けたなど、正気とはとても思えない。しかもその理由が話したこともない令嬢への横恋慕など、恥を知れ!!」
陛下の声は、先程のお義父様の地を這う様な低い声に良く似ているけれど、それ以上に威圧と迫力がある。
普段であれば聞いた途端気を失いそうな恐ろしい声が、殿下を叱責している。
「ち、父上。母上、私は悪くありません、悪いのは、悪いのは!」
「悪いのはあなたですよ。これが私の息子だなんて、なんて情けないのかしら。あなたが愚かなのは昔から、少しでもまともになるように良い婚約者をこちらが頭を下げて頼み込み、周囲に迷惑を掛けない様にエリンケス家に頼みギュスターヴに側にいてもらっていたというのに」
王妃殿下は情けないとばかりにハンカチで目元を拭っているけれど、まさかギュスターヴ様が第二王子殿下の友人なった理由が周囲に迷惑を掛けない為だとは思ってもいなかった。
婚約者の方も気の毒だけど、ギュスターヴ様も気の毒過ぎる。気持ち悪い思いを向けられた私より、二人が気の毒過ぎて涙が出そうだ。
「でも、私は……シュテフイーナ!! 何とか言え! お前は私のものなのにギュスターヴと婚約するから悪いのに私は悪くないのに!」
「私は第二王子殿下のものではありません。だいたいギュスターヴ様に婚約者として紹介された時と昨日のお式で挨拶した時以外お話したこともないのに、どうやって第二王子殿下のものになるというのですか。その思いが本当に恋慕からきたものだとしても、受け入れられません。気持ちが悪いです」
きっぱりと私が言えば、王妃殿下が「たった二度、それも挨拶程度」と呟いて、頭痛がするとばかりに額を抑え始めた。
「……こんな愚か者、猫の姿でいるのすら世の中の迷惑だ。言葉を話すのがそもそも害悪でしかない、ヤニック・フルーリー己の命が大事なら、いますぐこれに人の言葉が話せない様呪いを掛けよ。それが終ったら二人を、一人と一匹を北の塔へ送る」
「いの、は、はい。今すぐに」
この人は呪い、闇の魔法の腕は確かなのだろう。
逃げようと抵抗し始めた第二王子殿下を黒い何か拘束し、すぐに呪いを掛けてしまった。
これを見たら、ギュスターヴ様を猫にするなんて簡単なことだと理解してしまった。
「ニャー! ニャアニャア、ニャアアッ!!!」
「煩い、おい、運べ。全く喉を潰すだけで良いと言うのに、余計なことを」
冷たい目で王子殿下を見下した陛下は、扉の向こうに声を掛けながら恐ろしいことを呟く。
自分の息子だというのに、簡単に見切りをつけてしまうのだと思うと恐ろしくなる。
「ニャニャニャーニャァァァァッ!」
黒い何かに拘束されたまま、殿下は籠ごと部屋に入って来た騎士に運ばれて行きその後ろを項垂れたヤニック・フルーリーが続く。
その姿を私達は無言で見送るしかなかった。




