第四十七話 その頃の桜色の都
先日の首脳会談で、両国は再び盟約を結び、流転の國は桜色の都の『守護者』となることを約束した。
かつてマヤリィとツキヨが決めた通りの内容に落ち着いたのだ。
「これでひと安心、と言いたいところだが…まだマヤリィ様は見つからないのか?」
ヒカル王は『マヤリィ様が亡くなれば流転の國は崩壊する』というクラヴィスの言葉が頭から離れなかった。
「はっ。白魔術師部隊総出で王都をくまなく探させておりますが、いまだに手がかりすら掴めないとか…。陛下、この先はいかがなさいますか?」
侍従が難しい顔で訊ねる。
「引き続き、捜索を続行する。何としてでもあの御方を見つけ出さなければならない」
ヒカル王は報告を待つことしか出来ない自分の立場をもどかしく思ったが、こればかりはどうしようもない。
その頃、ジェイはレイヴンズクロフト家の別宅、つまりシャドーレの邸に辿り着いていた。しかし、案の定シャドーレは不在だった。
(ミノリ嬢もいないみたいだな…)
ジェイはミノリ嬢が魔力事故によって大怪我を負ったことを知らない。
(姫の読み通りシャドーレが『クロス』の宿舎に泊まり込んでいるとしたら、ミノリ嬢も実家に帰されたかもしれない。とりあえず、今は訓練所に向かうべきだな…)
このまま邸の前に立っていても仕方がないので、ジェイは『クロス』の訓練所に向かった。
しかし、訓練所と思しき場所まで来ても人影はない。
(もしかして、今日は休み…!?)
ジェイが辺りを見回していると、数人の話し声が聞こえてきた。
「何か、手がかりは見つかったか?」
「いえ…近隣住民に訊ねてみましたが、目撃情報はありませんでした」
「こちらも同様にございます」
(『クロス』の隊員って感じじゃないな。誰?桜色の都の警察?)
職務質問されても困るので『隠遁』のローブを被って気配を消してジェイは物陰に隠れる。かえって怪しいが。
「では、次のエリアに移ろう。第六部隊に報告を頼む」
「承知致しました!」
そして、彼等は遠ざかっていった。
(第六部隊…?やはり『クロス』のことではなさそうだな…)
ジェイは不思議に思いつつ、その場を離れた。結局『クロス』の関係者に会うことは出来なかった。
その頃、シャドーレは『クロス』の宿舎で久々の休日を過ごしていた。
「隊長、いつもお疲れ様です。今夜の宴には出席して頂けますか?」
シャドーレが共有スペースで黒魔術書を読んでいると、一人の隊員が近付いてきた。
「久しぶりの連休ということもあって、皆で豪華なワインを持ち寄って飲もうという話になってるんですよ」
「たまには隊長も一緒に飲みませんか?」
横から別の隊員が話に加わったが、シャドーレは首を横に振る。
「いえ、私は結構ですわ。貴方達も知っているでしょう?私はお酒が苦手ですの」
シャドーレはそう言うと、隊員の一人に財布を渡す。
「私のことは気にせず、今宵は存分に楽しみなさい。これはお小遣いですわ。…陛下には秘密ですわよ?」
彼女のポケットマネーである。
「よろしいのですか…?」
「ええ。これで高級ワインでも何でも買っていらっしゃい」
「隊長、ありがとうございます!」
「お言葉に甘えさせて頂きます!」
隊員達は嬉しそうに頭を下げた。皆、20代の若者である。
(前は騒がしいばかりだと思っていたけれど…最近は皆が可愛く見えますわね)
シャドーレがそんなことを考えていると、
「さすがは隊長殿。大盤振る舞いですね」
そう言って彼女の所に来たのは副隊長のウィリアムだった。
「たまにはこういうのも悪くないでしょう?普段はろくに休みも取れませんもの。今日くらいは皆に楽しく過ごして欲しいのですわ」
「では、一番休みを取っていない貴女は今夜何をして過ごすのですか?」
ウィリアムが微笑みながら聞く。
「あら、今宵は愛する男性とデートですのよ?私との約束をお忘れかしら、ウィル?」
「忘れるわけがないでしょう。楽しみにしていますよ、メアリー」
他の隊員達も多くいる中、微笑み合う二人。
二人が見る予定のイルミネーションは午後八時からだが、宿舎にいても仕方ないので、昼間から出かけることにした。
「早速、支度をして参りますわ」
シャドーレは黒魔術書を閉じると、自分の部屋に戻り、用意しておいた服に着替えるのだった。
「その後、ミノリ・アルバ男爵令嬢の具合はいかがですか?」
「しばらく前に手紙が届いたきりで、完治したとの知らせはまだ来ていませんわ」
早々と宿舎を出てきた二人は前に来たことのあるカフェで話をしている。
「ミノリが帰ってきたら邸に戻ろうと思っているのですが…今は何かと忙しいので宿舎にいた方が楽ですわね」
「はい。皆も貴女と過ごす時間が長くなって嬉しそうですよ」
実際のところ、一番嬉しいのはウィリアムである。
「メアリー、今日の貴女は特別美しい気がします。それは…もしかして新しいドレスですか?」
今日のシャドーレはシンプルなデザインの青いドレスを着ていた。
「ええ。久しぶりのお出かけですもの。…髪飾りは付けられませんけれど」
彼女の髪は相変わらずベリーショートだが、ウィリアムに告白されてからは一度も切っていない。
「ウィル…。私は髪を伸ばした方が良いかしら…」
「急にどうしたんです?」
「なんとなくそう思ったのですわ。貴方は…どんな髪型の女が好きですか?」
少しだけ伸びた髪に手をやりながら、彼女は聞く。
「難しい質問ですね…。強いて言えば、プラチナブロンドが好みです」
ウィリアムはそう言って微笑むと、
「特別ロングヘアが好きとかそういうのはないですよ。…まさか、気にしていたのですか?」
シャドーレの質問を可愛いと思う。
「私はどんな髪型の貴女でも好きです。貴女が自分で気に入っているのなら、それが一番だと思います」
そう言って彼女を抱き寄せ、その髪を撫でるウィリアム。
「ウィル…ありがとう…」
シャドーレはそのまま彼に身体をあずける。
「青いドレスに短い髪。凄く似合っていますよ、メアリー」
二人きりで過ごす時、シャドーレは彼をウィルと呼び、ウィリアムは彼女をメアリーと呼ぶ。
「今度、一緒に理髪店に行きましょうか?」
「それはまた…新しいデートプランですわね」
ウィルの提案を聞いたメアリーは楽しそうに笑った。
白魔術師部隊の報告を待つことしか出来ないヒカル王。
運悪く『クロス』の休日に訓練所を訪れたジェイ。
今夜の宴を楽しみにしている黒魔術師達。
そして、何も知らずにデート中のウィルとメアリー。
知っていることと知らないこと。
伝えたことと伝えなかったこと。
様々なシーンで生まれたすれ違いによって、主人公の行方は分からなくなるばかりです。




