第三十八話 街外れの幻術師
マジックでもイリュージョンでもなく。
彼女が見せるのは人を虜にする幻系統魔術…。
「『潮騒の幻惑』発動」
マヤリィがそう言って指を鳴らすと、どこからともなく潮の香りが漂ってくる。
「ここは…船の上、ですか…?」
ジェイは幻に惑わされ、意識が朦朧としてくる。
「ふふ、これが私の『幻惑』魔術よ」
「いえ、ここは海…!」
だんだん足取りが覚束なくなるジェイ。
「僕は貴女と二人で海を渡っているんですね…」
「違うわ、全ては幻よ」
その瞬間、ジェイの目の前から海が消えた。
「でも…本当に潮の香りがしましたけど…」
「だから、幻だって」
記憶まで曖昧になっているジェイを立ち上がらせ、幻系統魔術が発動出来たことを喜ぶマヤリィ。
そこへ、声をかけてきた者がいた。
「ちょっと…いいかい?」
「っ…!?」
『隠遁』のローブは被っている。決して正体はバレないはずだ。
「何かしら?」
マヤリィは平静を装ってその人物に向き合う。
そこに立っているのは見知らぬ男性だった。
「今やってたのって、もしかしてイリュージョンかな?」
「…ええ」
見られていたとは知らなかった。常時『魔力探知』を発動していた頃とは違い、完全に無防備になっていたことに気付く。
「失礼ですが、貴方は…?」
マヤリィの前にジェイが立つ。危険人物ではなさそうだが、素性の分からない男に話しかけられては、いくら防御力にも優れている『隠遁』のローブを被っているとはいえマヤリィを近付けたくない。
彼は警戒されていることに気付き、
「突然話しかけて申し訳ない。俺はこの近くにあるバーを経営してるフランシス。偶然ここを通りかかったら今のイリュージョンが目に入ってね、思わず立ち止まったってわけさ」
そう名乗ると笑顔を見せる。
《怪しい人ではなさそうね…》
マヤリィが念話でそう伝えると、ジェイも一応警戒を解いたように答える。
「…成程。そうでしたか」
「ああ。とても素晴らしかったよ」
彼の目には、あれがイリュージョンに見えたらしい。しかし『幻惑』魔術は奇術ではなく魔術。タネも仕掛けもない。
「ここは何の変哲もない公園なのに、君達の周囲があの時だけ海に包まれて見えた。どんな仕掛けをしたのか気になるところだけど…それは聞かないでおこう」
『魔力探知』出来ないのに、何の変哲もない公園で堂々と魔術を使わないで下さい、マヤリィ様。
「ええ。この仕掛けは彼にも教えていないの」
『隠遁』のローブのお陰で、相手には声しか伝わらない。
それをいいことに、マヤリィは敬語も使わず、対等に渡り合おうとする。
「貴方はこれに興味があるのかしら?」
「ああ。元々俺の店はマジックバーだったんだが、マジシャンもイリュージョニストも減る一方でね…。どうだい?今夜、さっきのを店のステージで披露してくれないか?」
「えっ…」
それを聞いて動揺したのはジェイだった。
慌ててマヤリィに『念話』を送る。
《ヤバいよ、バレるよ、どうしよう…》
《いいえ、大丈夫よ》
《そんなこと言ったって…》
《私に考えがあるの》
マヤリィはそう言うと、
「いいわ。…けれど、ひとつだけ聞かせて?なぜ、こんな怪しげな格好をしている私達に話しかけたの?」
あくまでも『隠遁』のローブは脱がない。
「だって、奇術師はだいたい怪しい格好をしているものだろう?別に不思議じゃないさ」
「…そう。では、私も名乗らせてもらうわ」
《名乗るの!?》
ジェイは動揺しまくっていたが、マヤリィは冷静な声で言う。
「私の名はミラー。簡単に言えば旅人よ。…こちらは私の旅仲間のジェイムズ。ちょっと人見知りだから、なかなか初めての場所には馴染めないのだけれど、大目に見て頂戴」
下手にキャラ変するとかえって後で面倒なことになるかもしれないと思い、普段通りの言葉遣いで接するマヤリィ。それでも、ローブは年齢も性別も曖昧にしてしまうから、相手は声や動きだけでその人物を想像するしかない。
「…まぁ、私も人のことは言えないわね。このローブを脱ぐのはステージに立つ時だけでいいかしら?」
「ああ、構わないよ」
そう言ってフランシスは笑顔で頷くと、
「よろしくな、ミラー。それに、ジェイムズ。これから店に案内するよ」
「ええ、こちらこそよろしく」
「よろしくお願いします…!」
ジェイだけは「人見知りキャラ」を演じる必要がありそうだ。
《姫、どういう設定なのかちゃんと教えて下さいよ!》
店に着くまでの間、二人は念話で話す。
《旅人。わけありっぽい二人組。私はどうやら奇術師》
《それは聞いてましたけど、ステージに立つ時だけはローブを脱ぐって言ってましたよね?この辺りには貴女の顔を知っている者はいないと思いますが、万が一のことを考えると…。一体どうするつもりですか?》
《『幻影』魔術よ》
《『幻影』って…顔を誤魔化す魔術でしたっけ?》
《ええ。ステージに立つ時だけそれを発動して、その後で『幻惑』を使うわ》
フランシスがイリュージョンだと勘違いした『幻惑』魔術。
そしてステージでは顔を別人に見せる『幻影』魔術を同時に発動するというのだ。
実際、それはうまくいった。
新入りの凄腕奇術師の登場により、店は大盛況だった。
マヤリィはルーリの顔を借りて、黒いシルクハットにタキシードという装いをして、次々にイリュージョンを披露して客を虜にした。…実際は幻系統魔術だが。
「フランシス、どこで見つけてきたんだい?」
「女性の奇術師なんて珍しいね」
「しかも美人だ。また見れるかな?」
常連客も満足したらしく、今夜のステージを絶賛して帰っていった。
マヤリィはステージを終えると、舞台袖に控えていたジェイの元に戻る。
《姫、魔力値は大丈夫ですか?》
《ええ、驚くほど減っていないわ。幻系統魔術しか使えないだけで、魔力値は前と変わりないみたいね》
二人が『念話』で話していると、フランシスがやってくる。
「ミラー、お疲れ様。初めての舞台とは思えないほど素晴らしかったよ。…これは今夜の報酬だ。受け取ってくれ」
フランシスはミラーに封筒を渡す。
「ありがとう。助かるわ」
ミラーは疲れた様子も見せず、素直に報酬を受け取る。
「しばらくこの辺りに留まるつもりなのか?今夜はどこに泊まるんだい?」
「すぐそこのパシフィックホテルよ。知らない街を渡り歩くのも疲れてしまったから、少し落ち着いてこれからのことを考えたいと思っているの」
マヤリィは正直に答える。
「…そうか。ってことは、まだしばらくこの街にいるんだね?」
「ええ、そのつもりよ。気分次第ってところかしら」
旅人らしい話も交えながら、マヤリィはフランシスと話す。
彼はすっかりミラーの舞台が気に入ったらしく、
「ミラー、お願いがあるんだが、明日のステージも頼まれてくれないか?」
低姿勢でお願いする。
「ええ。私で良ければ、明日も来るわ」
「僕も、大丈夫です」
ミラーとジェイムズは快く引き受ける。
それを聞いたフランシスは、嬉しそうに笑った。
「ありがとう!助かるよ!」
そして、二人がホテルに戻ったのは真夜中のことだった。
「ジェイ、こんなにもらってよかったのかしら…」
封筒の中身を見てマヤリィが言う。既に『幻影』魔術を解き、ローブも被っていないので、今は素顔である。
「よほど貴女が気に入ったんでしょうね。…っていうか、明日の仕事も引き受けてましたけど、本当に大丈夫なんですか?」
「ええ。実を言うと、私も結構楽しかったの。…それに、この調子でしばらくステージに立たせてもらえたら、お金も貯まりそうだし」
結局、どこの国に行ってもお金がなければどうにもならないと感じ始めていたマヤリィは、そう言って大事そうに封筒をしまう。
「…では、当分の間はこのホテルが僕達の拠点ですね」
「そうね。彼のお客さんを楽しませつつ、私達も楽しませてもらうとしましょう」
ルーリが作ったクロネの顔→ネクロ(つまりマヤリィ)
マヤリィが化けたミラーの顔→ルーリ
二人とも、想い合ってるじゃないですか。




