第三十一話 緊急事態
「それでは、黒魔術師部隊『クロス』に出動を命じます。速やかに東の国境線へ向かい、狂暴化したゴーレムの討伐にあたって下さい」
「はっ!陛下の命に従い、身命を賭して我が国を守ることをお約束致します!」
ヒカル王はそう言って頭を下げるダーク隊長とその後ろに整列する隊員達の顔を見て、心配そうな表情を隠せない。
今、桜色の都はかつてない危機に見舞われていた。
というのも、本来ならば都を守るはずのゴーレムが狂暴化し、制御不能になり、その場にいた黒魔術師に襲いかかったのだ。
その黒魔術師の名はマンス。『国境線の黒魔術師』と呼ばれる彼は、文字通り国境線を見張る者として、数十体のゴーレムを指揮下に置き、東の森の警備にあたっていた。しかし、彼の部下であるゴーレム達は突然不可解な動きを始めたかと思うと、上司であるマンスを攻撃したのだ。
「マンス他二人の報告によれば、ゴーレム達は以前に比べて格段に力が強くなっているといいます。貴方達は我が国の精鋭部隊ですが、決して油断することなく、負傷者は即時撤退して下さい」
最初に使い魔によるマンスの報告を受けてから、ヒカル王は黒魔術師と白魔術師の二人を関所に向かわせた。関所には『シールド』が張られており、その中には負傷したマンスがいた。二人は道中でゴーレムに遭遇し、黒魔術師が応戦したものの倒すことは出来ず、死に物狂いで関所に駆け込んできたという。
結果、その白魔術師の力でマンスの怪我は治ったが、ゴーレムは野放しのまま。かといって自分達の力ではどうすることも出来ないので、マンスは二度目の報告をする為、再び使い魔に書状を託した。それを読んだヒカル王は『クロス』に出動要請をする必要があると判断したのだ。
「現在、関所にいるのは黒魔術師二名、白魔術師一名。今のところ、唯一の安全地帯ですが、貴方達全員が入れるほどの広さはありません。戦闘が長引く場合は結界を張った野営地を設け、そこで凌いで下さい」
ヒカル王は言う。
「そして、先ほども言いましたが、負傷者は即時撤退すること。今の状況では白魔術師を派遣してもかえって足手纏いになりますし、それは手負いの者も同じです。狂暴化したゴーレムにどのような攻撃が通用するか調査に行く、といった程度の心づもりでいて下さい。決して無理はしないように」
かつて都の西の国境線付近でモンスターの群れが発生した時も『クロス』を出動させたが、その時は壊滅寸前まで追い込まれた。それをよく覚えているヒカルは、人命を第一に考えて行動するよう隊員達に釘を刺したのだ。
(それに、あの時は流転の國の方々が来て下さった。強大な魔力を持つ白魔術師の方もいらっしゃった。今回は…『クロス』に全てを託すしかない…)
国を守るはずのゴーレムが人間を襲ったという不可解な現象。国に認められた黒魔術師が戦っても勝てないほど狂暴化したゴーレム。安全地帯が少なく、道中も危険な為、攻撃魔法を持たない人間を現地に派遣出来ない現状。
今こそ流転の國に頼りたいのに頼れない。ヒカル王は駄目元で書状を送ろうかと思ったが、今の流転の國は敵か味方か分からない。助けてくれる可能性よりも、逆に関係性を悪化させてしまう可能性を懸念したヒカル王は、桜色の都で一番の攻撃魔法を有する『クロス』に委ねる他ないと覚悟を決めた。
そして、ダーク隊長率いる黒魔術師部隊『クロス』は東の森へ向かって出発した。
「シャドーレが今どこにいるか分かるか?」
『クロス』を見送ったヒカルは侍従に訊ねる。
「はっ。予定では本日早朝にエアネ離宮を発ち、王都に戻られるとのことですが…使い魔をお送りしましょうか?」
「頼む。流転の國の力は借りられずとも、彼女さえいれば…!」
ヒカルは現状を簡潔に書き記した手紙を使い魔に託し、シャドーレに渡すよう命じた。
シャドーレは天界との戦において最も活躍した黒魔術師の一人である。たとえ東の森が戦場と化しても、彼女ならばこの難局を乗り越えて国を救ってくれる。ヒカル王だけでなく、桜色の都の全国民がそう信じていることだろう。
「西のモンスター討伐の際は危うく全滅するところだったと聞くが、此度は皆が無事に帰還して欲しいものだ」
希望的観測だが、ヒカル王はそう祈らずにはいられなかった。
「さて、皆の意見を聞くとしようか」
若き国王は専門家達の意見を聞きながら、桜色の都を守る為の策を講じるのだった。
シャドーレが不在の間に東の国境線付近では大変なことが起きていました。
既に専門家達が集まり会議を開いていますが、原因は分からず、今は調査に行くことさえ不可能です。
前代未聞の事態に挑むことが出来るのは、強力な攻撃魔法を使える黒魔術師部隊だけ。
敵が王都へ向かうのを何としてでも阻止する為、彼等は東の森へ向かいます。




