第十七話 激昂するルーリ
「遅い」
ミノリが現れるなりルーリが言う。
既に玉座の間には皆が揃っている。
「申し訳ありません、ルーリ様」
「どこで何をしていた?お前が『転移』の発動に手間取るとは思えないが」
ルーリは厳しい表情でミノリを追及する。
「…書庫か?」
「はっ」
「私は何も命じていないはずだが?」
「申し訳ありません。書物の魔術師として、好奇心に抗うことが出来ませんでした」
ミノリは跪いて頭を下げる。
「好奇心か…。まぁいいだろう。遅れてきたことは許す」
「はっ。有り難きお言葉にございます」
ミノリはそう言うと、皆の列に加わった。
それを確認して、ルーリは話し始める。
「皆を集めたのはこいつの訓練に付き合ってもらう為だ。…『透明化』を解いて姿を見せろ」
「はい、畏まりました〜。ルーリ様〜」
そこに現れたのはホムンクルスのクロネ。
「ご主人様…その者は一体…?」
初めてクロネを目にしたシロマが不思議そうに訊ねる。
「こいつの名はクロネ。私が造り出したホムンクルスだ。ネクロの血を混ぜたお陰で黒魔術の適性を得ることが出来た」
既に色々実験したのだろう。ルーリは堂々と皆にクロネを紹介する。
「初めまして、配下の皆様〜。私はクロネと申します〜。ルーリ様によって生み出された人造人間にございます〜」
自分の立場も分かっているし、皆のことも認識している。今まで『透明化』して玉座の間にいたことからも分かるように、本当に魔術が使えるのだろう。
「左から順番にクラヴィス、シロマ、ミノリだ。そして私の傍にいるのが…」
「ネクロにございますぞ、クロネ…ちゃん」
「お姉様〜!」
ネクロの声を聞いたクロネは安心したように駆け寄っていく。
「ネクロの血を混ぜたせいか、クロネはネクロのことを姉だと思っているらしい。…まぁ細かいことは気にしないでくれ」
「はっ。畏まりました、ご主人様。…それにしても、可愛らしいホムンクルスにございますね」
ネクロに抱きつくクロネを微笑ましそうに見るシロマ。
「ああ。ネクロの顔を参考にしてデザインした。髪型や服装はともかくとして、顔は若き日のネクロ…と言ったところか」
「成程。お二人は本当に姉妹のようですね」
ミノリとクラヴィスは黙って二人の会話を聞いている。
「今、ネクロに命じて黒魔術を習得させているところだが、本当に役に立つのかどうか実戦訓練で確かめたいと思ってな。それで、これからお前達に協力してもらいたい」
『透明化』魔術を使えるようになったのは分かったが、本来の目的である黒魔術は使えるのか?それをルーリはこの目で確かめたかった。
「シロマは回復役としてついてきてくれ。ミノリは直接クロネの相手になれ。それから、クラヴィスは…」
そこで、クラヴィスが大した魔力を持っていないことを思い出すルーリ。
「二人の訓練を注視してくれ。何か気付いたことがあれば私に知らせろ」
「はっ。畏まりました、ルーリ様」
クラヴィスは『流転のリボルバー』というマジックアイテムを持つスナイパーだが、生憎それは味方(=流転の國の者)には無害である。実際のところ、魔術適性というものを持っていないので、以前マヤリィが彼でも使えるマジックアイテムを授けたのだ。そして、クラヴィスはそれを使って桜色の都の危機を救ったことがある。
「…クラヴィス。お前のマジックアイテムの効果を見る為には、流転の國以外の場所から人間をさらってくる必要がありそうだな」
ルーリはそう呟いてから、
「これより訓練所に向かう。ミノリはマジックアイテムを用意し、いつでも魔術を発動出来る状態にしておけ」
「はっ。畏まりました」
そして、ルーリは皆を連れて一瞬で訓練所に『転移』するのだった。
「では、クロネ。マジックアイテムの用意は出来ているな?」
「はっ。『鉄壁の細杖』にございますね〜。この通り、準備は完了しております〜」
クロネが手にしているのは名前の通り、細い杖の形をしたマジックアイテム。だが、ネクロの持つ『悪神の化身』と比べるとあまりに頼りない見た目なので、皆は不安になる。
「私は黒い魔法使いです〜!本気でいかせて頂きますよ〜!」
そう言って魔法の杖を振るクロネは、御伽話に出てくる魔法使いのようだった。
「では、応戦致します。『火球』!!」
魔術書を広げ、炎系統魔術を撃ち込むミノリ。
「『カウンター』です〜!」
手加減したつもりはないのだが、クロネはいとも容易く『カウンター』を発動した。
ミノリは魔術書を持ち替え、
「『魔法無効化』。…黒い魔法使いを切り裂け!『烈風』!!」
「『シールド』!!切り裂かれるのは嫌です〜!」
クロネは強力な『シールド』を張り、ミノリの風系統魔術を防ぎきった。
「これならどう?『毒鎖拘束』!!」
「そ、それは…黒魔術ではないですか〜!」
クロネは驚いた。黒魔術の適性を持つのは自分とネクロお姉様だけだと思っていたから。
「くっ……」
驚いている間にクロネは完全に『拘束』された。
「もしかしたらホムンクルスである貴女には毒が効かないかもしれないわ。でも、動けないでしょう?」
「動けないです〜!」
ミノリが予想した通りクロネには毒が効かないらしいが『拘束』を解くことも出来ない。
「ルーリ様、どうなさいますか?」
二人の実戦訓練の様子を見守っていたネクロがルーリに聞く。
「続行だ。よく見ておけ」
「はっ!」
ミノリはこのまま訓練が終わるのを待っていたが、クロネは諦めていなかった。
「『筋力強化』…!」
クロネがそう言った時、鎖に罅が入る。
それを見逃さず、マジックアイテムがクロネの傍まで来る。
「『鉄壁の細杖』よ、鎖を切り裂け〜!」
罅の入った『毒鎖』は細杖の攻撃で砕け散った。
「っ!!」
今度はミノリが動揺する。
クロネは自身の筋力を強化して鎖に罅を入れると同時に、何も言わずにマジックアイテムを呼び寄せ、鎖を攻撃させた。…ように見えた。
そうだとしたら物凄い筋力と連携プレーだ。
「では、こちらも毒系統で参ります〜!『猛毒連射』!!」
クロネは『拘束』によるダメージなど全く感じていないかのように軽々と動いた。
細い杖の先から放たれた『猛毒』は物凄い勢いでミノリに迫り、その左腕に襲いかかった。
「っ……」
焼けるような痛みを感じてその場に膝をつくミノリ。
「『状態異常解除』。…っ!?」
「まだまだ行きますよ〜!」
反撃する隙も与えず『状態異常解除』も間に合わず、クロネの『猛毒連射』は次々とミノリに命中する。
「っ……」
次第に毒が身体中に広がり、ミノリはその場に倒れる。
(身体が…溶けていくみたい…)
クロネは強い。その上、手加減を知らない。
(もしかしたら…)
ルーリは最初からクロネを使って自分を殺すつもりだったのかもしれない。ミノリは薄れゆく意識の中でそう思った。
「こ、ここは…?っ…痛っ……」
「ミノリ様、まだ起きてはいけませんよ」
意識が戻ったミノリの傍にはシロマがいた。
「全身に毒が回っています。特に、最初に侵蝕された部分は危機的な状態です」
自身のマジックアイテムである『ダイヤモンドロック』を手に、治療を行っているシロマ。
「あの後…どうなったの…?」
「ミノリ様が意識を失ったところでご主人様は実戦訓練の終了を告げました。その後すぐに解散となり、私はミノリ様の手当てを命じられたのです」
いつものシロマならば実戦訓練の怪我など簡単に治してみせるのだが、今日は様子が違う。
「クロネ様が発動した『猛毒』は、普通の人間が発するそれとは全く別物です。ミノリ様が意識を失っていらっしゃる間、私は『全回復』をはじめとしたあらゆる方法で解毒を試みているのですが、なぜかうまくいきません。…今、ご主人様をお呼びしようとしていたところです」
そう言うとシロマは『念話』を送り、まもなくルーリが『転移』してきた。
「シロマ。お前の回復魔法が効かないというのは本当なのか?」
「はっ。本来ならば『全回復』で状態異常も解除出来るはずなのですが、この毒は強すぎます」
「クロネは…そこまで強くなったのか」
冷静なルーリに対し、シロマは懇願する。
「ご主人様、お願い致します。『宙色の魔力』を発動して下さいませ。このままではミノリ様が…」
(やっぱり…死ぬの…?)
ミノリはもう言葉を発することも出来なかった。
「貴女様の持っていらっしゃる魔力ならミノリ様を助けることが出来るはずです…!」
「だが、私は白魔術の発動方法など知らんぞ?」
「白魔術書はここにあります!どうか、ミノリ様を救って下さいませ…!」
シロマに渡された魔術書を読むルーリ。
その時『宙色の耳飾り』が輝き始める。
「『解毒』『状態異常全解除』『全回復』発動せよ」
ルーリがそう言った瞬間、ミノリが受けた『猛毒』は全て消え去った…ように見えた。
「…ミノリ。身体の具合はどうだ?」
「毒は抜けたようにございます。されど…左腕が動きません」
最初に『猛毒』を食らった左腕は紫色になっている。
「なぜだ?なぜ今の魔術で完治しないのだ?」
ルーリはシロマに詰め寄るが、魔術書を読んでも答えは出てこない。
「…ミノリ様、腕に痛みはありますか?」
「痛くはないわ。違和感があるけど」
ミノリは必死で動かそうとするが、左腕は全く動かない。ルーリが白魔術を発動した後、毒が抜けていく感覚はあったのに、何かがおかしい。
「…シロマ、服を脱がせてくれる?何か変だわ…」
「はい。失礼致します…」
シロマも何か嫌な感じがしていたので、言われた通りにする。
「っ…これは…!」
ミノリの身体には、奇妙な模様のような毒の痕があった。本人でさえ目を逸らしたほど、気持ちの悪い傷痕が身体に広がっている。
「傷痕でしたら私の『完全治癒魔術』で消すことが可能です。ミノリ様、すぐにでも…!」
シロマの『完全治癒魔術』はどんなにひどい傷痕でも消し去ることが出来る。
しかし、ミノリの身体に変化は起きなかった。
「これは…正確には傷痕じゃないのかも…。ミノリが受けたのは毒。怪我とは少し違うし…」
ミノリは諦めたような口調で言う。
「…少し待っていてくれるか?」
「ご主人様、どちらへ…?」
「『猛毒』魔術を発動したクロネなら何とか出来るかもしれない。…すぐに聞きに行く」
そう言うとルーリは『転移』した。
「これからミノリはどうなるの…?」
「きっとご主人様が何とかして下さいます。今は待つしかありませんね」
『ダイヤモンドロック』を持つシロマの手は震えていた。
「クロネ!聞きたいことがある」
「はっ。何でございましょうか〜?」
「先ほどお前がミノリに対して使った『猛毒』魔術の完全な解毒方法を教えろ」
すると、クロネは首を傾げた。
「申し訳ございません〜。私は魔術を発動することは出来ても、解除することは不可能でございます〜。白魔術で治らないのですか〜?」
「治らないからお前に聞いている」
「何事でございますか?ご主人様」
そこへ現れたネクロに、ルーリは訊ねる。
「ネクロ、お前なら分かるか?クロネが発動した『猛毒』の解毒方法だ」
「はて?それは白魔術の領域ではございませんかな?」
「シロマにも治せないから聞いているのだ」
「申し訳ございません、ご主人様。私にはどうすることも出来ませぬ」
黒魔術師二人の頼りない言葉に苛立つルーリ。
「毒を扱うなら解毒方法も知っておくべきだな」
「申し訳ございません…」
「もういい。私はミノリの所へ戻る」
「ご主人様…!何か分かりましたか?」
シロマの言葉に、ルーリは険しい顔で首を振る。
「クロネにもネクロにも分からないらしい。…ミノリ、身体はどうだ?」
「先ほどと変わりません。左腕は動かず、毒の痕も残ったままです」
起き上がることは出来たが、状態は変わっていない。
「『宙色の魔力』よ、ミノリの身体を全て元通りにしろ」
もはや命令形。
「…なぜ耳飾りが光らない!?」
白魔術を発動した時は確かに光り輝いていた『宙色の耳飾り』。
だが、今は輝きもせず反応もない。
「今こそ私の役に立つべき時だと言うのに…!」
苛立ちが募り激昂したルーリは、耳飾りを外して床に投げ付けた。
「ご主人様!何をなさるのですか!?」
驚いたシロマは耳飾りを拾う。
「これがなければ『宙色の魔力』が…!」
シロマが戸惑っていると、どこからか声が聞こえる。
「…成程。それがそなたの出した答えか」
「誰だ!?」
辺りを見回しても誰もいない。
その声はどこか別の場所から響いてくる。
「ルーリ。これ以上そなたに『宙色の耳飾り』を持たせておくことは出来ぬ」
その瞬間、シロマの手元から耳飾りが浮き上がり、消えた。
「やはり、これは最初の持ち主であるマヤリィに……」
そう言いかけて、言葉は止まる。
「……マヤリィは、どこだ!?」
「「マヤリィ?」」
いまだにマヤリィのことを忘れたままのルーリとシロマは訝しげな顔をする。
「どこだ?どこにいる?」
戸惑う声の主に答えを与えたのはミノリだった。
「マヤリィ様がいらっしゃるのは桜色の都よ」
「桜色の都…?…いや、違う。どこにもいない」
「嘘でしょ?マヤリィ様は桜色の都にいる。いくらなんでも都から出ることはないわ」
マヤリィが失踪したことは聞いたが、桜色の都を離れることは有り得ないだろう。ミノリはそう思っていた。
「なぜ、私の声がマヤリィに届かない?一体どこにいると言うのだ…?」
声の主はますます困惑する。
「…おい。そろそろこっちの質問に答えてもらおうか。お前は誰だ?」
ルーリがとても偉そうに訊ねる。
「私にそんな口を利くとは…さすがはルーリといったところか…」
「ごちゃごちゃ言ってないで名乗れ。私は今とても機嫌が悪い」
気付けば『流転の閃光』が発動しかけている。
『宙色の魔力』が消えたとしても、元々持っている雷系統魔術ならば発動出来る。
「やめておけ。私に魔術は効かない。私はこの流転の國を支える水晶球だ。嘘だと思うなら、水晶球の間に来るがいい」
「水晶球だと…?」
ルーリは思い出す。水晶球の間は、最初に皆がマジックアイテムを授けられた場所だ。
「分かった。すぐに行ってやる。お前と流転の國がどういう関係かは知らないが、全て話してもらうぞ?」
自分の想像を超えた存在を前にしても、ルーリは怯まなかった。
「…シロマ。ミノリを頼む」
「畏まりました、ご主人様。どうかご無事で…」
以前からルーリを危険視していた水晶球は、最悪のタイミングで彼女から『宙色の魔力』を取り上げ、その力を再びマヤリィの元へ戻すことを決めました。
しかし、ミノリの言葉通り桜色の都を探しても、マヤリィは見つかりません。
『魔力探知』に引っかからないことにはさすがの水晶球も発見出来ないらしく、想定外の出来事を前に動揺しています(全てを見通せるはずの水晶球なのに)。
それにしてもルーリ様。
見た目は絶世の美女なのに柄悪すぎ…。




