第四百三十話 戦後処理②
「桜千、現在の状況から説明してくれ」
俺の声が、静かな会議室の空気を震わせた。傍らに控える桜千が、淀みのない動作で一礼する。桜千が指先で空間をなぞると、中央に透過式の巨大なホログラムパネルが音もなく浮かび上がった。
「かしこまりました。では、中央に浮かんだパネルをご覧ください。現在、聖勇国の人種は10億6718万3402名に達しております」
提示された数字。10億超。それは一つの世界が崩壊し、その命がすべてこの場所に流れ込んできたことを意味していた。桜千は感情を排した声で、淡々と報告を続ける。
「これは純粋な人のみではありません。エルフ、巨人、ドワーフ、小人、リザードマン、獣人、そしてダークエルフ……。これら主要7種族と、我々と同じ純粋なる人を合わせた8種族の合計人数となります。内訳は、やはり人族が一番多くなります。詳しくはこちらの表をご覧ください」
俺は、桜千によって表示された統計表を見つめた。人数調査なんて聖勇国はしてなかっただろうから、伊万里が目覚めるまでのわずかな時間で、桜千がやってのけたということだ。本当に優秀な男である。
人族: 6億4,030万(60.0%)
獣人: 1億2,806万(12.0%)
ドワーフ: 8,537万(8.0%)
エルフ: 6,403万(6.0%)
小人: 5,335万(5.0%)
ダークエルフ: 4,268万(4.0%)
リザードマン: 3,201万(3.0%)
巨人: 2,138万(2.0%)
「この他にも天照様により、モンスターも含むほぼ全ての生物が【千年郷】に移住してきています。これらも含めると、全ての生物の数は倍以上になるとお考えください。……そして主様。現状の【千年郷】をどれほど増築したとしても、これらの人数を永続的に養う能力は、今のシステムには備わっておりません」
「……だろうな」
低く漏れた俺の声には、驚きよりも、やはりなという諦めに似た納得があった。もう一人の俺がこの事態をどこまで論理的に計算していたかと言えば、ヨミが持ち帰ってきたあいつの記憶の残滓を見る限り、本人はあまりよく考えてなかった。
それが本音だろう。あいつの頭を支配していたのは、もっと単純で、青臭いほどに純粋な願いだった。
『伊万里に、人殺しをさせたくない』
ただ、それだけだ。その一心が、聖勇国全大陸の命を文字通り根こそぎ移動させるという、そしてそれは偉大なる神の慈悲により天文学的な暴挙として成功した。
天照様もまた、あいつのその純粋な叫びに、神としての慈悲を持って応えてくれたというわけだ。
結果として、これほどの大規模な移民を一気に受け入れたことで、日本側が不幸になっているかと言えば、今のところ目立った実害は出ていない。桜千の徹底した管理能力の賜物だ。
桜千によって、完全に日本人の居住地と避難地は区別されており、今のところほとんどの日本人は聖勇国の民の存在を知らない。現在は、桜千が急遽作り上げた日本の国土ほどの平坦な土地に、避難民がひしめき合っている状態だ。
そこにはまだ、都市と呼べるような物体は一切ない。ただ、生存のために場所を分け与えられているだけだ。それはどこかで見たことのある難民キャンプとでも呼ぶべき状態だ。本来はこんな強引なことをすれば即刻で詰みだ。
押し寄せた難民に押しつぶされるか、共に潰れるか。もしくは大規模な間引きを行うか。そのような膨大な飢えと乾きを孕んだ結末しかない。
「これで、よく、まだ均衡が保ててるな……」
俺はモニターに映し出される、避難地の上空映像を見ながら呟いた。本来なら天候ひとつ変わるだけで、大量に死者がでかねないような危険な状態である。しかし千年郷の内部は、桜千によって天候が完全に操れるようになっている。
極端な話、家というものがなくても、システムが気温を一定に保つため、寒さで凍死したり、暑さで熱中症になったり、激しい雨風に晒されて体力を奪われ、風邪を引くということもない。
生存の最低条件が、桜千の管理システムによる環境制御によって担保されている状態だ。それでも、強引に人種とモンスター、さらには共生関係にある微生物までもが、本来の生態系を無視して移動させられてきているわけだ。
映像越しに見ていても、そこは正直『狭そう』の一言に尽きた。
この不自然な環境がいつまでも続くことが適切でないことだけは、確かだ。
「天照様の『争わぬように』という威光が、かなりの効果を発揮しています。こうした精神的な圧力は、知能の高いものにはあまり効果が発揮されにくい傾向にありますが、逆にモンスターなどには効果覿面です。しかし、それも時間が経つほどに効果は薄れていき、本来の獰猛さを取り戻していきます」
「それまでには、何とかしなきゃいけないってわけか……どれぐらい効きそうなんだ?」
「持って一ヶ月がいいところでしょう」
「……一ヶ月でこれをどうにかしろと」
我がことながら『祐太』の考えなしにも困ったものである。とはいえ少年の無謀なまでの独断がなければここにいる人間は全員死んでいたわけだ。
「祐太、確か【千年郷】は、主であるお前がレベルアップするほどに、システムをグレードアップできるようになると前に話していたな? 実際のところ、どこまで拡張可能なんだよ。そもそも、それを当てにしてこんな真似をしたんだろ?」
南雲さんの問いに、俺は平然と頷いてみせた。
「もちろん、元からそれを考えてのことですよ」
実際のところ、祐太が緻密な作戦を練っていたわけではない。あいつは『あとは俺がなんとかしてくれるだろう』という、丸投げの精神で、俺という存在にすべてを託したのだ。
あいつらしいと言えばあいつらしいが、残された身としては苦笑いも出ない。俺は意識を切り替え、傍らに控える桜千に説明を促した。
「限界値がどこにあるかと言われれば、それは拡張の形態に依存することになります」
桜千が操作するホログラムの輝きが、会議室の壁を青白く照らし出す。
「【千年郷】のように、既存の時空から隔絶された『絶対保護領域』としての拡張を望まれるのであれば、領域そのものの空間定義には莫大な演算リソースと事象の固定化を要します。現状を永続的に解決しようと思えば、数十年、あるいはそれ以上の領域定着までの期間が必要となるでしょう」
「もっと早くならんのか?」
「……既存の『天体』を利用し、その物理定数をシステムで上書きする場合であれば、話は別です。重力の再定義や大気組成の調整といった環境構築の工程は挟みますが、タイムリミットである一ヶ月以内には、居住可能なベースキャンプを整えられるかと推測いたします」
「他の天体……だと? 火星とか、そういう場所でもいいのか?」
南雲さんの声には、驚きと一抹の疑念が混じっていた。テラフォーミングというSFの概念が、魔法という手段で急速に現実味を帯びていくことに戸惑っているのだろう。桜千は淡々と答える。
「望ましいのは、生存圏の基礎が既に一定水準で整っている惑星です。初期環境が生存条件から乖離しているほど、環境遷移には時間を要します。例えば、現在の火星を完全に人が住める『緑の星』へバイオーム変換するのであれば、最短でも三年ほどの期間が必要かと思われます」
「『完全に』と言ったな。仮設でもいい。火星をとりあえず人が住める最低限の環境にするにはどれほどかかる?」
「日本列島と同等の領域に慣性制御と大気維持を施すのであれば、一ヶ月です。領域が少なくなるほどにその期間は短くなります」
「回りくどい言い方をするな。じゃあ、選択肢はそれしかねえだろうが」
「失礼いたしました」
「はあ、しかし、うーむ……」
南雲さんが唸り声を上げ、天を仰いだ。
「くく、ははは! これは傑作よな。十二英傑会議の目玉議題が、惑星開拓という刺激的なものになるとは、実に運が良いではないか」
面白そうに目を細める雷神様に対し、伊万里は相変わらず俺に鋭い警戒心を抱いたまま微動だにしない。彼女の瞳には、俺という存在がいつ牙を剥くか分からない特異点として映っているのだろう。
「桜千、確認だ。実際のところ、それは今すぐ着工可能なのか?」
俺の問いに、桜千は瞬時にシミュレーション結果を表示させた。
「ご覧の通りです。工事を行うのには……材料が圧倒的に不足しています」
「材料か……。お前、急に日本と同じぐらいの広さの土地を用意したな。あれはどうやったんだ?」
「私の前世代の桜千たちが、歴代の主に許可を取りながら、数千年にわたり細々と集積したリソースです。残念ながら、今回の緊急展開で使い果たしました。急ごしらえであったがゆえに空間定義が単調となり、リソースを無駄に浪費してしまったことが悔やまれます」
俺の問いに答える桜千の言葉に、俺が叱られているような居心地の悪さを感じた。
「悪かったな、桜千」
「いえ、むしろ喜んでおります。主君の目的のために機能すること、それこそが我が存在意義。どのような無理難題であろうと、いくらでもご指示ください」
やはり、暗に責められている気がする。
「しかし、材料か。そんなアテ、どこにもないぞ」
「南雲様。また回りくどいと怒られそうですが、リソースに関しては既に目星がついております。こちらについてはお任せください」
「……桜千。いや、まあいい。お前には助けられる」
「もったいなきお言葉です」
「だがまだ問題がある。移動はどうするつもりだ? 火星までの航行距離をどれだけだと思ってる」
「それに関しては、主様にお頼みすれば即座に解決しますよね?」
桜千が、まるで『明日の天気を確認してきてください』とでも言うような軽さで言い放った。自然と、南雲さんの視線が俺へと向けられる。その瞳は明らかに、
『お前ならなんとかできんだろう。というか、やれ』
という、無言の圧力を孕んでいた。
この異常な人口過密状態が長く続けば、いずれ避難民の不満は臨界点に達する。結果として、この状況を招いた祐太の行動そのものが、『余計なことをしてくれた』と非難の的にされかねない。それだけは何としても避けたい。
本来の力はあまり表に出したくないのだが……背に腹は代えられない。
「……わかりました。移動手段は俺が受け持ちます」
「しかし、まだ懸念はあるぞ。勝手に火星の開発を始めれば他の英傑がいよいよ怒る。それに火星には、先住者である田中と鈴が居る。これに関しては、事前に話し合っておくしかない。面倒だが祐太。先に一度、田中と鈴に会いに火星に行く。俺も連れて行け。その上で、十二英傑会議の議題として正式に提出し、各英傑から合意を取り付ける必要がある」
「南雲様、六条様。もし、あちら側が拒否した場合はどうされるおつもりですか?」
黙っていた山田総理大臣が、初めて口を開いた。
「その時は、また戦争ですね」
俺があっさりと言い切ると、南雲さんの目がピクリと動き、少しだけ怒りの色が混じった。
「祐太。極端に思考を持って行くな。戦争は最終手段だ」
「はあ? 南雲さんがそういうならそれで」
「ったく……」
南雲さんがやはり怒ってるように見えた。ともかく土地問題の基本方針が決まったところで、俺は沈黙を守っていた聖勇国側の三人に視線を向けた。口を開いたのは桜千だった。
「では、聖勇国側の三人。新たな土地が整うまで、少なくとも一ヶ月ほどは現在の状況で我慢していただくことになります。何か致命的な問題はありますか?」
「……それについては問題ない。細かいことを言い出す奴は多いだろうが、俺が力で黙らせる」
口を開いたのはかつて帝王と呼ばれた男ロガンだった。ホロスが生きていれば彼がすべてを担っただろうが、彼はもういないのだ。となれば次の実力者はこの男になった。
この男が死んでたら10億人もいる聖勇国だが、国を統率できるような人材はもういない。よくぞまだこの男が生きていてくれたものである。
「これほど膨大な数の避難民を、二つ返事で受け入れてくれたことには心から感謝している。……だが、いくら俺でも、この限界を超えた過密状態をいつまでも抑え込める自信はない。いつ暴動が起きてもおかしくないのが現状だ。できれば、この状態が続くことだけは回避したい。多くは望まん。だが、もし新しき土地が用意されるというならば、そのいくばくかを我々にも分け与えてはいただけないだろうか?」
「こちらもそのつもりで動いている。だが、今この場で具体的な面積を約束したところで、それは空手形に過ぎない。実は数日後に、ここへ集まっている五英傑と同じ格を持つ七英傑が、ニューヨークという場所に集まる予定だ」
南雲さんがロガンの目をまっすぐに見据えて続けた。
「十二英傑会議。そこで桜千の提案を正式な議題として上げる。そして日本側と、向こう側の勢力との土地の取り分を確定させる。お前たちに与える土地の規模も、その会議を経て決まることになる。……先ほども言った通り、悪いようにはしない。そこは信じろ」
「……了解した。勝者がそう言うのであれば、我らは待とう」
ロガンが深々と頭を下げる。どちらにせよ、圧倒的に立場が弱いのは聖勇国側なのだ。一ヶ月もの間、あの狭い仮設地に放置されるのは相当な苦痛だろうが、それでも、
『一ヶ月後には解決する』
というゴールが見えている分だけ、民心は治めやすい。
一歩間違えば、今の避難場所で妥協させられ、生活が立ち行かなくなった者から順に死んでもらう……そんな弱肉強食の間引きが起きかねない事態だ。ロガンとしても、俺たちの気分は害したくないだろう。
「ああ、ちょっと俺からも聞いていいか?」
そこでエルフなのに筋骨隆々なゼオンが、ふと思い出したように口を開いた。
彼の視線は南雲さんではなく、俺へと向けられている。実力主義の聖勇国にあって、彼より高レベルの者は他にいた。だが、勝者の中で一番の功労者『祐太』の顔見知りということでここに呼ばれていた。
「どうした、ゼオン?」
俺は、もし祐太ならどう答えるかを頭の隅で意識しながら、穏やかな声音で聞き返した。
「その……ダンジョンってやつは、これからどういう感じになりそうなんだ? えっと、この喋り方でも構わないか?」
ゼオンが、心なしか居心地悪そうに首を回しながら問いかけてきた。ゴツい体の男だ。そんな態度を取るのは少し笑えた。
「別にいい。ダンジョンについてだが、それは地球側にとっても、これから構築する新世界にとっても大きなメリットがある話だ。俺としては、できれば聖勇国にあったようなコンパクトサイズのダンジョンも復活させられればと考えている」
気にしていることはわかる。聖勇国の世界にいる冒険者という存在にとってもダンジョンはレベルアップするための大事な空間である。なくなれば弱者の役目を押し付けられることになりかねない。
「そうか。なら一つ聞きたい。エルダーリア森林州の住人たちが、移住のどさくさでバラバラにされて暮らすようなことにはならないか? その天照様という方は居住区ごとに固まって移住させてくれたんだ」
ゼオンの問いの背後には、彼を送り出したエルフの老人たちの顔があるのだろう。桜千から脳内に直接送られてくる膨大な種族データによれば、エルフという種族は極めて横のつながりが強く、伝統を重んじる性質がある。
彼らにとってコミュニティの崩壊は、死に等しい屈辱なのだ。
それにしても、だ。一応はこの場に聖勇国のトップである東堂伊万里が健在だというのに、ゼオンも、そしてロガンも、彼女に意見を仰ごうとする気配が微塵もない。伊万里が聖勇国において、いかに希薄な存在だったのかがわかる。
チラリと伊万里に目をやるが、彼女自身も自分が当事者であるという自覚が欠片もないような、他人事のような顔で座っている。どちらかというと俺ばかり気にしてるのが丸分かりだ。
「できる限り元のコミュニティを維持した形での土地配分を考えてはいるが……。まあ、そう焦らないでくれゼオン。もし現場で細かい不手際や不満が出てきたら、その時は『伊万里が直接話しに行く』予定だ」
「え? い、伊万里様が……ですか?」
ゼオンが意外そうな顔をして口を開けた。当の伊万里本人までもが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で俺を見ている。
「ゆ、祐太……?」
伊万里の声が震えていた。俺は努めて冷静に、彼女の目を見据える。
「何を二人してボケた顔をしているんだ。聖勇国の名目上の、いや実質的なトップは東堂伊万里で間違いないはずだ。そして伊万里は、これからのこちら側の世界の舵取りを担う『五英傑』の一人でもある。この国は五人がそれぞれ等しい権限を持つトップとして運営される。だから、これからお前たち聖勇国側の交渉事や陳情を担当するのは、伊万里だ。何か意見や不満があるなら代表者を決めて、すべて伊万里のところへ持っていくようにしてくれ」
「……ちょっと、勝手に決めないでよ!」
伊万里が勢いよく立ち上がり、鋭い声を上げた。もし俺が『あの頃の祐太』だったなら、彼女もこんな拒絶の仕方はしなかっただろう。だが、今の俺に対して働く彼女の直感が、警報を鳴らしているのだ。
彼女にとって、目の前にいる俺は、知っている祐太であって、同時に全く知らない『何か』に見えている。その直感は、ある意味で正しい。何しろ、俺が積み重ねてきた経験値は、この世界の祐太とは比較にならないほど膨大だ。
もはや別人と呼んでも差し支えないほどの乖離がある。それでも、俺は六条祐太であり、目の前の不器用な少女を大事に思う気持ちに嘘はなかった。何よりも祐太の『情報』が彼女を大事にしてほしいと言ってくるのだ。
「勝手に決めたわけじゃない。最初からそのはずだったんだ。聖勇国の国名がそれを示している。……南雲さんも、そう思いますよね?」
話を振られた南雲さんが、深く椅子に背を預けたまま頷いた。
「間違いないな。聖勇国という看板を背負ってきた以上、その国民の暮らしを守る義務は伊万里、お前にある。この国の人間の生殺与奪……いや、生活のすべてを、お前は引き受けるべきだ」
「そんなの、私にできるわけない……! 無理だよ。だいたい私なんて、向こうでもただのお飾りだったんだし、国のことなんて何も知らない!」
「というわけだ、ゼオン。遠慮はいらない。明日からでも毎日会議を開いて、伊万里に不満をぶちまけてやってくれ」
「ちょっと!」
「え、いや……しかし、ご本人がこれほど嫌がっているようでは……」
ゼオンも困惑を隠せないようだ。彼の中にある伊万里のイメージは、実権を持たず、ただトップであるとセラスが示しただけの正体不明の少女なのだろう。不安げな視線が交錯する中、南雲さんが伊万里に言った。
「お前はこれまで、祐太のこと以外は何も考えてこなかったようだが、それでもお前が聖勇国の頂点にいたという事実に変わりはない。敗戦し、国を失った奴らの苦労をすべて他人に押し付けて、自分は自分の感傷にだけ浸っている……。お前、それ、生き残った連中を舐めてるのか?」
「……舐めてなんて、ないです。私は、そうせざるを得なかったから、そうしただけで……」
「これからお前には、気が遠くなるほど長い命が待っている。俺も未経験の領域だから確信は持てんが……、『ある神』を見て確信したよ。それは、お前の想像を絶する孤独な時間だ。お前はその間、ずっと何も背負わず、何も成さずに、ただ息をしているだけで終わるつもりか?」
「……でも、私は死ぬつもりだったし……」
伊万里の声が小さくなる。その逃げ道を、南雲さんは容赦なく塞いだ。
「祐太は生きてるだろう。それなのに、お前だけ勝手に死ぬのか? けじめもつけずに」
「…………」
「今の弱りきったお前じゃ、もう祐太を殺すこともできん。これから死に物狂いで強くなったとしても、その分だけ、祐太はさらに先へ進む。その絶対的な差が縮まることはない。わかるか? お前は負けたんだよ。そして負けたこいつらは、お前に従うとかつて誓ったんだろう。責任者としての義務を果たせ。俺は何か、間違ったことを言っているか?」
「…………」
「やれ。やらんと言うなら、今すぐここから叩き出す。お前の席なんてどこにもない。……今すぐ返事をしろ」
南雲さんが本気で怒った時の迫力は、神の威光とはまた別の、生物としての根源的な恐怖を感じさせる。断れば、彼は本当に伊万里を切り捨てるだろう。そんな凄絶な覚悟が漂っていた。
伊万里がここから去る覚悟があるなら、断ることもできただろう。だが、たとえ俺を本物の祐太と信じきれなくても、それでも『俺』という存在がここにいる。彼女にとって、それは唯一の拠り所だった。
「…………やり……ます。やればいいんでしょ」
絞り出すような伊万里の返答に、南雲さんの表情から一気に険しさが消えた。
「OK。決まりだ。詳しいことは後で伊万里と詰めろ。……聖勇国の三人とも、今日はもう下がっていいぞ」
「了解した。……伊万里様。我らも微力ながら支えます。ですからどうか、我らの代表として、迷える民を導いてください」
ロガンが、恭しく伊万里の前に跪き、深く頭を下げた。それに続くようにゼオンが、そしていまだに涙を拭いながらも、桜魔が深々と礼を尽くす。
伊万里は、戸惑いと自己嫌悪が混ざり合ったような複雑な表情を浮かべていた。だが、自分に向けられた三人の忠誠の重みを感じ、ようやく自分が何者であったのかを理解したようだった。
「分かった。……それと……今まで、ごめん」
ポツリと、消え入りそうな声で伊万里が謝罪の言葉を口にした。それは、伊万里が少しだけ祐太から離れた瞬間だった。





