表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
424/425

第四百二十四話 崩壊戦場

 戦いの中、不謹慎にも俺の心は微かに嬉しいと感じていた。こんな絶望的な状況にあってなお、伊万里がどれほど俺を大切に想っているか。剣を交えることで、その痛切なまでの愛が理解できたのが、どうしようもなく嬉しかったのだ。


【主様。感傷に浸る猶予はありません】


 無機質な、しかし、たしなめるようなヨミの声が脳内に響く。


《――これより『思考加速』に強制移行します》

《了解だ》


 しかし俺のニヤける顔が止まらない。


《『了解』ではありません。命を奪い合う相手に喜んでどうするのですか。真剣にやっていただかねば、困ります》

《分かってる。……真剣さなら、これまでの人生で今が一番だ》


 伊万里にただ勝つだけでは、この戦いには何の意味もない。伊万里に関わり続けているのであろうロキというクソを引きずり出し、どうにかしなきゃならない。でなければ、俺がここで伊万里のために死んだとしても、無駄死にになる。


 そうだ。俺が死んだ後、伊万里の隣に俺以外の男がいるなんて考えただけで反吐が出る。ドロリとした独占欲にも似た感情が俺の中で渦巻く。視界の先では空がひび割れ、大地が悲鳴を上げて崩落していく。


 ダンジョンシステムによる世界崩壊のカウントダウンは、先ほどまで刻一刻と進んでいた。だが、今の俺と伊万里のレベルで思考加速を行えば、残り一分を切った極限の時間すら、相当な長さに様変わりする。


 最大速度で回る思考と肉体が、周囲の光景を時が止まったような『静止画』へと変えた。宙に浮き上がった岩盤が、重力を無視して虚空へと吸い込まれる途中で止まって見える。その静寂の世界で、俺はずっと考え続けていた。


 どうすれば、姿も見せず、気配すら覗かせないロキを引きずり出せるのか。浮かんできたのは、自分でも選びたくない最悪の選択肢だ。自分で考えて俺は顔が引きつった。


《主様。まさか……》


 ヨミは思考を共有し、俺の心を覗き込んでいる。その声には、俺のあまりに無茶な思いつきに対する、機械知性らしからぬ明らかな焦りが混じっていた。


《他に代案があるか?》

《……ありませんが……》

《だろ? なら、やるしかないんだよ》

《はあ……》


 失礼な奴だ。機械のくせに俺の頭の中でため息をつくんじゃない。これでも俺なりに、この極限状態で一生懸命考え抜いた結果なのだ。


《思考加速なんてして、そんなに急がなくていいのに。……ねえ、私と一緒にいこうよ、祐太》


 加速した世界に、伊万里の鈴の音のような声が響く。酒呑童子の今までの数えきれない戦闘の経験値による『黒眼』を凝らし、伊万里をじっと見据えた。そうすると、伊万里の周囲には奇妙な靄がまとわりついている。


《あれは何だ?》

《主様。あれは『想い』です。言い換えるなら悪神の執着、とでも呼ぶべきものでしょうか。世界を幾つも壊したような悪神であれば、スキルや魔法といったものを使用せず、その執着だけで勇者にすら干渉できるのかもしれません》

《取り除く方法はわかるか?》

《今のところ、主様が考える方法を試してみるのが最善かと。正攻法ではまず間違いなく、その尻尾を掴むことはできないでしょうし》


 目の前には、三体の天使が冷然と立ち塞がっている。その神々しくも無機質な瞳。滅びゆく世界とは対照的に、輝きを放つ力。この天使たちと伊万里の連携は、こちらの防御を容易く粉砕する。


 何度戦ってもこちらが負ける。その結果しか俺にも予測できなかった。


《やむを得ない。覚悟を決めるぞ。【十神(とつかみ)】を防御に専念させろ! 行くぞ!》

《了。くれぐれも、先に『食われない』ようにお気をつけください!》


【十神】が俺の前に躍り出、幾重もの幾何学的な防御陣を形成する。


《その武器で自分をどれだけ守っても、無駄よ!》


 伊万里がエクスカリバーを構え、まばゆい光の奔流と共に突っ込んでくる。


 黄金の神剣エクスカリバーは、あらゆる防御を紙のように貫く。だからこそ、防御に徹するのではなく、こちらが『攻撃することで防御せざるを得ない状況』に伊万里を追い込むしかなかった。


 そしてその『究極』を実行するんだ。


 うまくいけよ!


 俺は伊万里の意識の一瞬の隙を突き、伊万里の背後の虚空にマジックボックスを強引に開いた。そこから取り出したのは、古びた、しかしあまりに禍々しい威圧感を放つ二つの『梵鐘』だった。


 ガチャから二つ出てきて手元にあったのだ。だが、きっと使うことはないだろうと思っていた代物だ。お寺で見かけるような本来なら神聖な除夜の鐘を鳴らす『梵鐘』の造形だが、そこから立ち上る気配は不浄で、おぞましい。


《……何?》


 伊万里の動きが僅かに鈍る。振り返ってそれを見つめる。当然のことだが、この異物のような存在を知らなかったのだろう。とりあえず俺と梵鐘が念動力で繋がってると判断して、その力の波動をエクスカリバーであっさり断ち切った。


 しかしそのせいで、俺の念動力との繋がりが切れて梵鐘は、あくまでも俺が動かしたんじゃなく自然とゆっくりと地面に落ちていく。


《何がしたいの?》

「いや、もう終わってる。迷わず鳴らす前に、これを破壊されたらどうしようかと思った。でも伊万里の後ろに出したら、まず念動力でのつながりを切るんじゃないかなって思ったんだ。この世界にはまだ重力が残ってる。いいのか伊万里?」


 そして俺は思考加速を切って普通に喋った。何の得があるのか理解できなかったのだろう。伊万里も俺の言葉を普通に聞いた。


 思考加速が切れたことで本来の速度を取り戻して梵鐘が落ちていく。


「え?」

「自由落下したら『音』が鳴るぞ」


 ――そして、冥界への忌まわしき音色が世界に響き渡った。


 それは、あらゆるものを瞬時に濁らせ、腐食させるような、ドォォォォォォン……ッという、重く粘りつく二つの響きだった。鐘の音が空気に触れた瞬間、あらゆる色彩が死に絶え、世界の輪郭が墨を流したように崩れていく。


 その一打に、俺の生存本能が最大級の警鐘を鳴らしていた。それは、【冥界の梵鐘】と呼ばれていた。魂を引き裂くような不快な響き。地の底へ、底へと沈んでいくような禍々しい重低音が崩壊する世界を包み込む。


 次の瞬間、何もない空に巨大な門が出現した。世界崩壊の轟音も、伊万里の声も、天使たちの神聖な波動さえも、その不吉な一打によって一瞬で塗り潰された。


「これはっ?」


 伊万里の動きが完全に止まり、俺の心臓も早鐘を打ち鳴らす。


《主様。私も噂程度にしか聞いたことがないのですが、この【冥界の梵鐘】はルビー級最大の危険アイテムと言われているそうですよ。そのアイテムの役割は音色で冥界の奥底と現世を繋ぐだけ。しかし、現れた冥界の獣は必ず世界の災厄となるそうです》

《……あ、ああ。知ってはいた。レダに聞いてた。ただ、想像以上にヤバいような……》

《いえ、間違いなくヤバいです。冥界の獣は一体一体が手の付けられない化け物です。そして彼らに『理性』はありません》


「伊万里、門から離れろ! 俺にも制御しきれない『何か』が出るぞ! 殺される!」

「はあ!? 何言って……自分が出したもので、そんな――」


 気づけば、不吉な門はすでに開いていた。そこにいたのは、巨大な獣。

 狼に似た形状をしていながら、その質量は山のように巨大だ。五十メートルほどの門から、どうやって出てきたのか。そいつは神獣・赤様にすら匹敵する圧倒的な巨躯を誇っていた。


 そして真っ黒な体をしており、刹那動いた。動いた瞬間見失った。消えたと思ったら伊万里を通り過ぎた気がする。そのすぐ後に500mほど離れた場所に黒い獣が止まった。止まった巨大な獣の顎から、誰かの下半身がはみ出している。


 食われた? 伊万里が!?


「伊万里! 伊万里ッ!」

《い、生きてるよ!》


【意思疎通】の返信に、心底安堵する。よく見ると、獣に食われていたのは身代わりになった光の天使の下半身だった。天使の肉体が、無造作にそのままパクリと飲み込まれる。確実に噛み砕かれて喉を通過していった。


《うわぁ……これはやばい……》

《主様。全力退避を推奨します。……もう一体、出てきました!》


 知らずに梵鐘を鳴らしそうになったとき、レダがあれほど必死に止めた理由が、今さら身に染みて理解できた。大八洲国なら、素戔嗚スサノオ様がなんとかしてくれるのかもしれない。だが、今の俺には無理だ。


 門から這い出した影が、現実の光を侵食しながら異常なまでに膨れ上がっていく。影の中から現れたのは、月光を反射するほどに鋭い、白銀の毛並みを持つ巨獣だった。どこか氷狼王グレイシスを彷彿とさせる。


 だが、その規模は比較にすらならない。黒き獣と白銀の獣。門のサイズを無視して現界した二体の巨躯が、崩壊していく世界に並び立った。


《《――グルァァァァァッ!!!》》


 二つの咆哮が重なり、世界の終わりを告げるように響き渡る。巨獣らは、俺たちが思考加速を行っていることなど、とっくに看破していた。


 自分たちもそれを使い、【意思疎通】を介して叩きつけられた精神波は、それだけで命が削られるほどの圧を持っていた。


《こんなに強いとか聞いてないんだけど、いや、聞いてたけど……》


 それでも、ここまでどうしようもないやつが出てくるとは……。空をも飲み干さんとする巨大なあぎと。全身から溢れ出し、空間そのものを腐食させる瘴気。すでに破綻していた世界の法則が、二体の出現によって、さらに混沌カオスへと加速していく。


《こんなもの呼んで、どういうつもりなの、祐太!?》


 伊万里が鋭い眼光で俺を睨みつけてくる。想像を絶する冥界の化け物たちの圧力に、呼び出した張本人である俺自身が一番肝を冷やしていた。だが、ここで気圧されるわけにはいかない。


《クリスティーナ(天使)は大丈夫か?》

《……ご心配なく。私が消えない限り、彼女たちは何度でも蘇るわ》


 伊万里の言葉通り、無残に食いちぎられたはずの光の天使がその横で、粒子を集めて再構築されていく。天使たちが主の危機に異様な気配を察知し、守護の盾となって立ちはだかる。それは絶対の法則らしい。


 何をどうやっても伊万里にたどり着かない。となるとやはりこの方法しかない。俺は最悪の事態に備えて身構えた。俺だって襲われる可能性が高いからだ。しかし、


《?》


 二体の巨大な獣たちの視線が俺に向いてこない。二体の獣は、まるで『最も不快な何か』を見定めたかのように、伊万里を執拗に睨みつける。そしてその口が開いた。


【不快なり……不快なり……死ね!!】


 黒き獣が人間として理解できる【意思疎通】を放ち、猛然と大きく吠えた。意志を持った言霊が、はっきりとした滅びの言葉として俺の耳に届き、物理的な衝撃波となって伊万里を襲う。


 三体の天使が割って入ろうとするが、伊万里がそれを制して前に出た。


《お、おい! 伊万里危ない!》


 思わず伊万里が死なないかとヒヤヒヤする。冥界の獣は無差別にすべてを喰らうんじゃないのか。それなのに、先ほどから一度もこっちを見ない。視界にも入ってる様子がない。奴らは優先的に伊万里を敵視しているように見えた。


《ちっ》

【光移動】


 伊万里は天使たちと手を繋ぎ、光速の回避に転じる。だが、敵は一体ではない。間髪入れず、白銀の巨獣が鋭い爪で大地を蹴った。その瞬間、戦場一帯からすべての『音』が消失した。


【銀世界の静寂】


 そして俺の頭の中にまたしても獣の確かに人として理解できる言葉が響いた。結晶化した空間が、あらゆるエネルギーの伝達を遮断する。伊万里が逃げ込もうとした光の道筋さえも凍結し、逃げ場を完全に失った彼女へと、銀色の牙が迫る。


 伊万里が死ぬ。

 そう考えるよりも先に、俺の体は反射的に動いていた。


【転移!】


 伊万里の真横に跳んだ俺は、三体の天使ごと彼女の細い体を抱きかかえ、


【強制転移!】


 無理やりその場から脱出した。崩れゆく世界の果て、シルバーエリアへと繋がるゲートの前まで、俺は一気に空間を跳んだ。


 かつて最初に迦具夜達とレッドという大陸に来た、あの懐かしい裏路地。路上生活をしているたくさんの人たちに、俺の持っている食べ物を大量にあげた光景を鮮明に覚えている。


 今はその人たちも誰もいなくなり、俺はあのボロい家の扉に手をかける。とにかくこの場に留まるのはまずいし、あんな化け物とまともに戦ってはいられない。この扉の向こうが【千年郷】だ。


 そこへ逃げるのだ。そして伊万里と仕切り直すしかない。ロキのことを考えると、間違った判断なのだろうが、俺は伊万里を死なせたいわけじゃないのだ。


 背後からは、次元そのものをバリバリと咀嚼するような不気味な音が迫っている。振り返らなくともわかった。あの黒き獣と白銀の獣が、空間の連続性を無視してすぐ後ろまで肉薄している。


 急いで中に入ろうとしたその時、


《行けません、主様! 止まってください!!》


 ヨミの、機械らしからぬ悲鳴に近い制止が飛んだ。俺は意味を理解するより早く、反射的に強引な制動をかける。直後、俺の鼻先数センチの場所で、『世界』そのものが消えた。凄まじい衝撃音と共に、目の前の空間が消失する。


 黒い獣が目の前のボロ屋を丸呑みにしてしまったのだ。


《……どうして止めた、ヨミ!》


 しかし納得はできなかった。今のタイミングならギリギリで、ボロ屋の扉をくぐって【千年郷】に帰ることができた。止められたから間に合わなかっただけである。これで俺が知っているすぐに帰れるゲートがなくなってしまった。


《この先がどこに繋がっているかお忘れですか? あのゲートは【千年郷】直通です! 主様お一人ならばあるいは追われずにくぐることも可能でしょうが、この『光の塊』のような女たちを連れて行けば、あの獣どもは間違いなく千年郷まで追ってきます!》

《そ……それはダメだな……》


 冷や汗が背中を伝う。一歩間違えれば、それこそ本当にダンジョンならぬ日本の破壊を手伝ってしまうところだった。


「祐太!」


 仕方なく獣たちから逃れるため離れた場所に転移し直した直後、伊万里が俺の体を突き飛ばすようにして離れた。


「どういうつもり!? 私の剣なら、少しかすっただけで祐太は死んじゃうんだよ!? なのに、こんな至近距離で私が反撃したらどうするのよ!」

「……はは。ごめん。焦りすぎて、そこまで頭が回らなかった」


 そう言いながらも、伊万里は武器を向けてこない。今の瞬間に俺を殺せば良かったのにそうしなかった。やはり伊万里の中にも、俺を殺すことへの迷いが何もないわけじゃないんだ。それは嬉しい。


 しかし、巨獣たちの追撃は止まらなかった。


《主様。冥界の獣は、本能的に『光』を忌み嫌います。彼らにとって混沌こそが安らぎであり、無こそが救済。これほど純度の高い勇者の光を目の当たりにすれば、その元を絶つまでは止まることはないでしょう》

【終焉の聖光!!】


 今度は伊万里が、最大級の攻撃魔法を解き放つ。


 一条の巨大な光の柱が天から降り注ぎ、すべてを焼き尽くさんと獣を包み込んだ。だが、黒き獣は嘲笑うかのように、再び禍々しい言霊を口にした。


【黒き霧の呼吸】


 事象を崩壊させるはずの極大光線が、獣の吐き出す霧に触れた瞬間、爆音すら立てずに飲み込まれ、霧散した。


 追い討ちをかけるように白銀の獣が動く。光の天使が放った数千の光の槍を、巨獣はその強靭な身で真正面から受け止めた。触れたそばから光の槍は結晶化して砕け散る。そして水の天使が仕掛けた頑丈な水壁をたやすく粉砕してみせた。


 闇の天使が最後に立ちふさがるが、獣が前足を一振りするだけで、空間ごと天使の胴体がひしゃげ、粒子となって消失した。伊万里たちですら相手になってない。冥界の獣は強いなんてものではなかった。


 まさに化け物のそれだ。


《……主様。一つ、現実的な提案があります》

《……何だ》

《主様はどうあっても伊万里様を助けたい。……そうですね?》

《ああ、俺を殺そうとする行動がすべて伊万里自身の意志なら、俺は大人しく殺されてやるよ。でも、そこに『嘘つきの神』なんてふざけたクソが介在しているなら、話は別だ》

《であれば、この混乱を徹底的に利用すべきです。もともと、そのために【冥界の梵鐘】を鳴らしたはず。よく考えてください。これほどの異常事態が起きなければ、主様は伊万里様に負けて終わっていたでしょう。しかし今は違う。主様、この状況はあなた様が望んだ理想通りです》

《……》

《現在、私には主様の過去の全戦闘記録が共有されています。……敢えてお聞きします。もし、相手が伊万里様でなかったとしたら、主様はこの状況でどう動きましたか?》

《それは……》

《……対象が『食われる』のを、待ったのではありませんか?》


 図星だった。喉の奥が引き攣れる。もしロキという嘘つきの神が伊万里を利用しているのだとしたら、この状況はロキにとっても最悪のはずだ。伊万里はもう、冥界の獣相手に持ちこたえられない。


 どう見ても世界が崩壊する前に、伊万里が巨獣たちに喰い殺されるのが先だ。


 戦うのは論外だとしても俺が伊万里と二人で協力して逃げ回る道もある。だが、それではロキという全く正体の見えてこない神を炙り出すことはできない。


 何より、獣たちの狙いは伊万里だ。俺じゃない。俺がこのまま伊万里を見捨てれば、【千年郷】に帰還できるという事実がある。だが、ロキはそれを避けたいはずだ。


 もし俺が生き残り、さらに力をつければ、いずれ真性の悪神にすら手が届く可能性を、今となっては俺ですら否定しない。事実俺はここまでこの早さで来たのだ。そうなれば、傍観者で居たいであろう者にとって、無視できない存在の誕生を許すことになる。


 神様気取りで上から見下ろしてる立場を崩すことになる伊万里の死を避けたい。ならば伊万里が死ぬか、あるいは絶望的な瀕死に追い込まれる。その時、嘘つきの神とやらは、果たして『見ているだけ』でいられるだろうか。


《極めて危険な賭けです。結果として、伊万里様が物理的に消滅する可能性も否定できません。ですが、上位の悪神を釣り出すのであれば、このリスクは不可避。……主様、今は耐えてください》


 ヨミの冷徹な、しかしどこか必死さを孕んだ進言が脳裏に突き刺さる。


 伊万里にはもはや、攻撃という選択肢は残されていなかった。逃げ場のない崩壊世界を、ただ光の尾を引いて自分がここにいると証明するように逃げ惑う。何よりも、冥界の獣たちの圧倒的な嗅覚からは逃れられない。


 刹那、銀の獣の牙が空を裂き、伊万里の右腕を肩口から食いちぎった。


《っ、この……!》


 攻撃するな、伊万里! 逃げることだけを考えろ、死ぬぞ!


 喉まで出かかった叫びを、俺は血の味と共に飲み下す。今ここで俺が助けに動けば、潜伏しているはずのロキに隙を晒すことになる。嘘つきの神がこれを仕込んだなら、この状況を絶対に見てる。


 そうなんだろう!


 これまでの断片的な情報から推測されるロキという存在は、残酷で卑怯、徹底して計算高い男だ。ならば、俺が『どうあっても伊万里を助けたい』と動きを見せれば絶対に出てこない。俺が助けてしまうからだ。


 酒呑童子、マークさん……俺に力を貸す二つの魂の力も借りて、一瞬の揺らぎも逃さぬよう戦場を凝視する。同時に奥歯に仕込んだルビー級倍加薬を噛み砕く。全身の細胞が沸騰し、ステータスが爆発的に跳ね上がった。


 どこだ……。俺を殺したくて仕方ないんだろ? でも、普通に俺を殺そうとするのは、ダンジョンの何らかのルールに抵触してできないんだろう? だからこんなことをしたんだ。お前は、この最高の舞台を楽しんでるんじゃないのか?


 三体の天使が伊万里が殺されそうになる度に庇う。三体の天使が砕かれる度、伊万里は悲痛な面持ちで天使たちを再構成しようとする。だが、その代償としてエネルギーは急速に枯渇していった。元々の伊万里は優しい。


 迦具夜やクリスティーナやミカエラを模した天使たちを、どうしても見捨てることができないのだ。だからこそ限界が来るのが早くなる。何度も何度も消滅させられる天使たちが、ついに復活の限界を超え、復活しなくなった。


 何か起きるとしたらここだ。


 俺は何ひとつ見逃さないように極限まで集中した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ダンジョンが現れて5年、15歳でダンジョンに挑むことにした。】
コミックス第4巻好評発売中!

ネット購入の方はこちらです。
チャンピオンクロスより4話が無料で読めるようになっております。
4巻表紙
― 新着の感想 ―
おもしろくなってきました 盤上を破壊する方法にみんな驚愕 ロキも泡食ってるでしょうね
決着は近い
ここから一週間待つのはつらいw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ