第三百十一話 Side迦具夜 六年 幻影の円環
Side迦具夜
それが見つかったのは祐太ちゃんと永遠になるかもしれない別れをしてから、それほど時間は経ってなかった。半年ほどだったと思う。
『月城様。私でもはっきり遠くまでは見えないよ。でも、一番可能性の高い場所だけは見える。だからそれを教えておくよ』
地球の森の王が今も生きていてくれたら、あるいはもう決着をつけられたかもしれない。日本で卯都木と呼ばれた女。老いを経験しているからか、私より年上に感じられる彼女が、三種の神器の場所をある程度特定してくれた。
「森の王。その役目の重要性を考えると本当にもったいない女が死んでしまったわね」
日本人を犠牲にしてでも生きてれば、本当に日本も私たちもこの争いに勝てていたと思う。だが人であることを選んだ森の王は死に【未来予知】も消えた。森の王の【未来予知】で、祐太ちゃんが手に入れた【千年郷】。
それはサファイア級アイテムとして日本人の重要な避難場所となった。でも【千年郷】は私の有利には働かなかった。
「残りの【幻影の円環】もしくは【黄泉孵りの卵】だったら、こっちは勝ててたかもしれないのに」
あれほど早く三種の神器を見つけられた。それがもし【千年郷】ではなく残りの2つのアイテムだったら、どれほどこちらが有利だったか。【千年郷】は日本にとって有用な代物ではあるが、私の戦力の足しにはならない。
でも後の2つはかなり強力な攻撃性を秘めていた。だからそのどちらかでなかったことが残念だった。その2つなら祐太ちゃんも10年後に飛ばなくて良かったかもしれないし、日本が勝つこともできたかもしれない。
「……いえ、違うか。"向こう"もまだ手に入れられずにいるなら【千年郷】でよかったのかもしれない。どの道"あっち"もかなり手に入れにくい状況なのでしょう。神の力は簡単に手に入らないか」
祐太ちゃんが消え半年経った日、彼にもう一度会いたくて私は桃源郷の神になるために全力を注いでいた。いや、その思いも違う。彼と再び会うことはもう諦めようと思っていた。私は予定通りに死ぬ。
彼とはもう会えない。桃源郷の神の座の争奪戦は絶対に勝つ。でも神になるのは私じゃなくていいという思いは変わらなかった。
『迦具夜……その……私、祐太君の子供ができたみたいなの』
弁財天が申し訳なさそうに言ってきた。そのことで私が何を考えるかもわかるから、余計にギリギリまで言ってこなかった。私はこの500年の命の中で、妊娠したことがない。そして他人のそういうことにも興味がない。
おかげで本当に言われるまで気づかなかった。貴族でも子供ができる手順は普通の人間と変わらない。男と交わり子供が宿り、10ヶ月お腹の中に赤ちゃんがいて生まれる。大八洲国の技術で外で産むことは簡単だ。
でも、弁財天は自分のお腹の中で大事に育てた。弁財天が彼との子供を望んでいたことも知ってた。彼女にとって確実に最後になるであろうと決めた相手。だから出来ないなんてことがないように自分の体を調整もしていた。
正直羨ましかった。
赤ん坊が生まれた時の声を私は覚えてる。その瞬間、妬ましいのではなく嬉しいと思えてホッとした。それは男の子と女の子の双子で可愛くて、男の子はどこか弁財天に、女の子はどこか祐太ちゃんに似ていた。
だから私は自分が桃源郷の神になることをやめておこうと思った。
『迦具夜。バカなこと考えないでね。私にあなたの代わりは務まらない。私なら祐太ちゃんが帰ってきてからもしばらくは生きてられる。でもあなたは神にならなければ、祐太ちゃんが帰ってくる前に死んでしまうんだから』
『子供はどうするの?』
『この子達はあなたに任せるわ』
簡単に言ってくれる。私は子供嫌いなんだ。それに他人の子供を育てるほどお人好しじゃない。だから、どちらかしか1000年寿命が得られないなら、母になった彼女に譲る。それでいい。できればもう一度彼の声を聞きたかった。
でも彼が10年後に飛ばなかったらお互いすぐに死んでた。
「どうしてかしらね。今までで一番やる気が出てるのよ」
森の王が残してくれた言葉。三種の神器の残りのありか。
【幻影の円環】
私は空を見上げる。巨大な金色に光る金属の円環が、いくつも回り重なって、ダイソン球のような物体を形成していた。
「この中に八代が取り込まれたのね?」
それは今からもう何年前のことになるのか。"中"にいる時間が長すぎて、私でもどれほど年月が経過したのか、わからなくなってきている。だからちゃんと彼がいなくなったあの日から、時間を計測しててよかった。
「はい。私がついていながら勝手なことをさせて申し訳ありません」
あの時、謝ってた綾歌と一緒にこの中に"入った"のに、はぐれてからも何年になるのか。
「あの子は全く、優秀なのにおっちょこちょいなんだから」
「八代はもう死んだものと思ってください」
「綾歌。私はもうそういうのはやめたの。全て大事にしていきたいの。おっちょこちょいだけど意外にしぶといからきっとまだ生きてるわ。神になるついでに助けましょう」
ウインクして気分を軽くしてあげる。部下にも誰にも嘘をついている。自分でも本当に変わったと感じる。でもそれは本来の私ではないのだろう。クミカはまだ私の中に残っているだろうか。私が死ねばちゃんと出てくるだろうか。
「あ、はい!」
大八洲国からずいぶんと離れた場所にある異国の地。蓬莱国。その島の一つの隠れた異層の中。それは日本の探索者によって発見された地。唯一、隠神刑部が三種の神器の中で自分でガチャから出したという【幻影の円環】。
それが上空に浮かんでいた。
「直径10㎞と言ったところか」
「大きいですね。異層じゃなきゃすぐに見つかってたのに」
世界には異層がある。同じ空間の異なる形。大八洲国ならその中でも、大八洲国とほぼ同じ異層を五層に分け、神、貴族、探索者、平民、廃棄される命に別れて住んでる。
【幻影の円環】は異層の中に【千年郷】と違い完全に隠されていた。
「取り込まれた八代を見てた感じ、どうも入るのは簡単みたいですけど、出てこれるんでしょうか?」
「さあね。でもやらなきゃいけないわ。一緒に日本の探索者も中に入ったのよね」
「そいつが先に飛び込んだのが悪いんですよ」
「まあ日本のルビー級達としては、自分たちの沽券のためにも三種の神器を1つは自分たちで手に入れたかったのでしょうけど」
一ノ瀬和馬という男らしいが、最初に飛び込んだのはその男だったらしい。八代はそれを追いかけてしまったようだ。
「あのバカ。ちょっと天然物に口説かれたからってフラフラとついていくから」
どうしてか男のハーレムには女がよく集まるのだが、女のハーレムにはなかなか男が集まりにくい傾向がある。その場合かなり下のレベルの男を育てるという方法が探索者の女では流行りである。
それを養殖といい。ちょっと馬鹿にした言葉でもある。だから余計なんだろう。養殖ではない男に大八洲国の女探索者は弱い。ましてや天然物のルビー級の男に口説かれたとあっては、八代はかなり舞い上がってしまったようだ。
「どう見ても動いてますよね? 持ち主が死んでもアイテムって動くもんなんですか?」
黄金色の円環がくるくると今も回転を続けていた。それに伴い真ん中に【千年郷】と同じような空間があるのだが、外から見ててもそれが次々とブロックごとに入れ替わってるのがわかる。
「周囲から魔力を取り込んで自動で動き続けるといった感じかしら」
「これ、どういうアイテムなんですか? 出てきた人がいないから噂レベルしか聞いたことなくて」
「私も見るまではよくわからなかったけど……」
クミカから私に渡った額にある第三の瞳の中で【鑑定眼】の緑色の瞳を開く。そのことでアイテムの使用法が見えた。やはりミカエラという少女から受け継がれるこの瞳はかなり便利だ。特殊スキルで魔眼をたくさん所持していたという少女。
道さえ間違えてなければ日本で一番最初に神にも届いたかもしれないほど優秀な特殊スキル。
「便利そうですね」
「【使用したものが効果を解除してくれる。それまで【幻影の円環】に取り込まれたものは、無限空間を永遠に彷徨い続ける】」
【鑑定眼】によって【幻影の円環】に浮かび上がった言葉をそのまま口にした。
「使用したものって隠神刑部様故人じゃ……それが本当なら、八代死にましたね」
「その考えは違うわ。隠神刑部様のアイテムは全て翠聖が回収したはずよ。翠聖は起動したままで放置するほど管理は甘くないわ」
「翠聖様ですか……」
綾歌の顔が引きつる。昔の私の行動を何度も諌めようとした翠聖。全く私が言うことを聞かないから、いつしかお互い憎んでいたように思う。いや、あの女にはもはやそんな感情もないか。私だけが一方的に憎んでいたんだ。
「翠聖様に発見したと報告すれば解除してもらえるのですか?」
「その可能性は低いわ。それなら動かさなきゃいいんだもの。中に入って、中から制御システムに接触してこのアイテムを奪う。それしかないわよ」
「失礼ですけど迦具夜様と翠聖様って、仲が超悪いことで有名ですもん。入るのは嫌な予感しかしませんよ」
【千年郷】のように中に入って動かす。おそらくそれでいいはずだ。でも無限空間と出ている言葉通り【鑑定眼】でもどれほど広いのかわからない。
「嫌な予感がしても行くしかないわ。綾歌。2人で行くわよ」
「は、はい!」
綾歌の手を握る。わかりやすく顔が赤くなる。私は一度深呼吸した。
「だ、大丈夫です! 祐太様と迦具夜様が再び出会えるよう。私が命に変えてもお守りします!」
祐太ちゃんに懐疑的だった八代や綾歌は、祐太ちゃんが【千年郷】をあまりにも早く見つけてしまったことで、手のひらをくるっと返した。特に綾歌は私の結婚相手はどうあっても祐太ちゃんと望んでるようだ。
もう一度息を吐いて吸い込み気合を入れ直す。綾歌と手をつないだまま上空に浮かび上がっていく。あの日私は外から【幻影の円環】の金属部分に触れた。その瞬間周りが霧に包まれた。
深い深い霧の中。
私でも立っているのか、ひっくり返っているのか、自分の位置がつかめなくなった。ふと手の感覚がなくなって見つめる。綾歌の手がない。
「綾歌?」
私は手を離していない。手を離してないのに離したと感じる。自分の体を制御し直して、認識し直した。そして綾歌の手の感覚があると確信する。綾歌の手が千切れたわけじゃない。私は確かに綾歌をつかんでいる。
【水よ】
魔力を込めて言葉を発する。その瞬間、周囲の目につく範囲全てを水が埋め尽くす。魔力を込め、他の干渉を禁止する。水の精霊にも命令を出す。
【迷いの精霊を近づけるな】
そうすると周りがクリアになった。
「か、迦具夜様?」
「八代。どうやら【幻影の円環】の中には人を惑わせる精霊が溢れているようよ。気をつけなさい」
「……分かりました」
そう命じてから周囲を確認する。この私が息を呑んでる。混乱してしまいそうになる。【幻影の円環】の中。下に何もなくて空がある。空に出現させた水の中に浮かんでいる状態だった。上を見上げると地面がある。
感覚器官を最大限にして、さらに精霊に呼びかける。この空間を把握しろと。しかし水の精霊も困惑しているようだった。水の精霊が右へ向かうと全く違う場所に移動している。それは【転移】しているようだった。
しかし転移能力は水の精霊にはないから、いいように振り回されてるんだ。
「空間的な連続性がない。少し進めばすぐに違う場所に入ってしまう」
「迦具夜様。これって……」
綾歌が戸惑っている。水の中でも私たちは魔法で喋れている。この空間を維持するために魔力が溢れてるから、魔法は防がれない。でもこの状況でひたすら迷って、出られなければ寿命までこの中にいる。
しかしその考えでもまだ甘かった。
いや、ある意味優しいのか。
空にある地面にいくつもの魔法陣が浮かんできた。
「召喚陣……」
確かにそう思われる魔法陣だった。大小様々な大きさの魔法陣。そこから徐々に姿を現してくる存在がある。目玉がたくさん浮かぶ化け物や、動く骸骨、人間のような顔を持った亀。体が腐ったドラゴン。ミミズのような巨大生物。
それらが現れてこちらへ落ちてくる。友好的ではなさそうだ。
「諦めたら殺されるなら地獄が永遠に続くわけじゃない。それは優しさ?」
隠神刑部様の凶悪な部分を見た気がした。それを知ったものはみんな外に出てこない。だから裏側は隠したまま……。
「——あれからどれだけたった」
朝も昼も夜もない世界。時間がちゃんと進んでいるのかもわからない。どれだけの時間を【幻影の円環】の中で迷い続けている。一応、突然寿命が来ないように魔法で時間経過は刻んでいた。
【6年0月0日0時間00分00秒】
「あら、分かりやすいわね」
祐太ちゃんが消えてからずっと測り続けている時間経過だ。これが10年になればまた再び彼と会える。まあそれまで生きてないのだけど、6年も経過してしまってる。外はどうなってる。日本はもう負けたりしてないでしょうね。
さすがに歩き疲れた。自分の寿命が尽きるまでに間に合うだろうか。
「綾歌、八代……」
以前なら自分の部下のことですらあまり気に留めてなかったのに、無事かどうかが気になる。綾歌とは1ヶ月ほどは一緒にいたのだ。でもふと気が抜けた瞬間、手が離れた。すぐに綾歌が私と別の空間に消えてしまった。
そこから見つけられずにいる。八代とも会えていないし、一ノ瀬和馬という男も見ていない。ただ敵として出てくる半分腐ったような生物は、どうやら【幻影の円環】に閉じ込められて朽ち果て、ゾンビ化してしまった生物のようだ。
隠神刑部様は1000年の間に相当な生物をこの中に閉じ込めたようだ。恐ろしいまでに残酷な攻撃性のある空間。これに一度閉じ込めることができれば、たとえどんな貴族だろうと出てくることは不可能だ。
「弁財天。これをあなたに渡せるように頑張るから、いくら信長でも閉じ込めたら出してあげてね。ここってすごく寂しいからさすがに可哀想だわ」
ここから出なければいけない。死ぬ覚悟ができている。でも弁財天もあのままではあと数年しか寿命がない。
「せっかく子供ができたんだもの。母親には長く生きててほしい」
そんな当然の幸せなど、貴族の私には関係がないと思っていた。でも弁財天に私の代わりでもいいから当然の幸せを手に入れてほしい。そう思って、私はここから出るための準備を始めた。
「翠聖……本当にあなたはいつも厳しいのね。本当、母親みたいよ」
今日の19日は、
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またついに美鈴とエヴィーが本格的に祐太を巡って……。
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