97 儀式1
馬車の中で並んで座ったが会話はない。
ガタガタと馬車は揺れ時折肩が触れると薄衣のせいでアーネストの体温を感じる。
「リアーナ」
「うん?」
前を向いたまま顔も見ずに答える。
「オロギラスの件以来様子が変だぞ」
「そうね」
あれから数回訪ねて来てくれていたが体調が悪いからと会わずにいた。言伝もくれたが返事はしなかった。
「また何か不安な事があったのか?」
なんとなく察しているのかもしれない。
声の感じが少し悲しそうなのは気の所為だろうか?
「えぇ、でも言っても仕方ないから」
本当にそう思えたらこんな態度も取っていないだろう。それ以上は彼も何も言わず、車輪の音だけが響いている。
いい加減呆れられたかな……
もう彼との事を考えるのに少し疲れてしまった自分がいる。
彼もそうかも。
馬車は間もなく王城へ到着した。
儀式が行われる神殿は王城の奥深くにひっそりとある。普段は神官たちも近寄らず、儀式の時のみに使われるため今回、一斉清掃が行われたようだ。
城の正面につくと静かに馬車の扉が開かれアーネストが降りていった。振り返って私に差しだされた手を取りゆっくりと馬車から降りる。
城の玄関前には既に他の候補者がいてそれぞれ婚約者を連れている。
「あっ!」
私に気づいたゲイルが小さく声を上げたが侍女に注意されてコクリと頷き口を閉じた。お茶会の日以来会えていなかったが無事なのは確認していた。
ゲイルだけは幼いため儀式にも侍女がついてきたが、成人組はここからは二人だけだ。私が黙ったまま笑顔を見せるとゲイルもニコリとした。
イスラも婚約者であるアーネストの兄デズモンドを連れていた。デズモンドはこちらを見ると少し口の端をあげ、アーネストがそれを睨んでいるように見える。確かあまり仲が良くなかった。
マクシーネも婚約者を連れてさっさと中へ入っていった。どうせ儀式後にゲイル支持を表明するんだからなんの感慨もないんだろう。
マクシーネに続きゲイルも小さな婚約者を連れて城の中へ入っていく。順番は特に関係ないらしくイスラも続き私達が最後になる。私はふと思い立ち振り返った。そこには馬車の御者台にいたゴドウィンとエミリオが見送ってくれていた。
私はアーネストから手を離しゴドウィンへ駆け寄る。驚いた顔している奴の胸ぐらを掴むとグイッと引き寄せ耳元で囁いた。
「母上のやりたかったことって、結婚して沢山子供を産むことだったんだって。まだ間に合う、善は急げ!」
驚くゴドウィンを見てクスッと笑いアーネストの元へ戻り城の中へ入っていった。
滅多に来ない城の長い廊下をどんどん奥へ進んでいく。普段なら忙しく働く文官達が行き交っているが今は誰もいない。進むほどに薄暗くなっていく廊下を数分歩きやっと城の北東の奥にある神殿へ続く扉の前にたどり着いた。
扉の前には四人の女性神官がいて案内人として私達にそれぞれつく。
開かれた扉の中から明るい光が薄暗い廊下を照らす。ここでサンダルとマントを取らなければいけないらしい。
前から順番に指示にしたがい一組ずつ中へ入っていく。ゲイル達が入り、マクシーネ達が入る時、一瞬イスラ達がピクリとしてデズモンドが少し顔を横に向けた気がした。
そしてイスラ達の順番が来てサンダルとマントを取ると、そこにはイスラの身体のラインが透けて見える、なんとも言えないエロい光景が目に飛び込んできた。神殿へ続く扉の向こうからの明かりのせいでこんなことになっているらしい。ギョッとしたアーネストが視線をそらす。
「最後で良かった」
ボソリとこぼす彼を軽蔑の眼差しでみた。美人で有名なイスラの曲線美を見れて良かったってことか?
「違う。最後なら君のあんな姿を誰にも見られないって意味だ」
「あんな姿ね」
しっかり見てるよね。まぁ私はしっかり見たけど。イスラ姉様って色っぽい、大人の女って感じ。
イスラを見送ったら次は私達の番だ。
えっ?ってことは……
私はマントの前を開けると自分を確認した。逆光のシルエット程ではないが結構透けてる。
「こっち見ないでよ」
「わかってる」
案内人は私の横についていてマントを取ってくれサンダルも脱がせてくれた。アーネストは自分でさっさと脱ぐとすっと姿勢を正し前を向く。
男性の儀式の服も同じく布が薄く身体が透けて見える。横から見たアーネストは普段は着痩せして見える体格だが靭やかで筋肉質な体つきがよくわかりドキッとした。
「君もあまりこちらを見るな」
視線を感じたのかアーネストが注意してくる。別に男なんだから良いでしょうって思いつつ目線を下げていって腰の当たりで慌ててそらした。大丈夫、見てないよ。見えてないし、見るつもりもないし。
扉をくぐり神殿へ入った。正確には神殿へ続く短い渡り廊下へ出たのだが冷たい床に少し驚く。天井は無く外だということはわかるが無機質な壁に四方を囲まれた吹き抜けの空間だ。
先に入っていったイスラ達は既に姿が見えずシンプルでつるりとした石造りの扉の無い建物の中へ入っていった。
入ってすぐに左右に長い廊下が伸びている。ここから少し右に行ったところにイスラ達が並んで立っていた。どうやら何処かへ続く入口の前らしく、左に首を巡らせるとイスラ達より近い距離にマクシーネ達が苛立たしげに立っている。口パクで早くしろと言っているようだから全員が揃うまで待たされているのだろう。勝手に先に行ったくせに。
マクシーネの奥にゲイル達もいて私達は右のイスラ達の手前に案内された。入口はあるものの扉は無く、布が上から垂れ下がっているだけだった。
「では中へお入り下さい」
布が捲られ少し頭を屈めながらアーネストについて入っていく。廊下のようだが明かりはなく後ろで布が下ろされると真っ暗で何も見えない。
「リアーナ、手を」
アーネストが声をかけてくれたがどこに手があるかもわからない。
「どこなの?」
すぐ近くにいたはずなのになかなか手を取れない。
「動くな、声だけ聞かせろ」
「ここよ、アーネスト」
名を読んだ瞬間きゅっと抱きしめられた。
「ちょっ、ちょっと」
「ここにいたのか」
そ、そんなに抱き寄せられたら体温がわか……
「アーネスト、ちょっと、腰の辺りが……当たるんだけど」
最近まで馴染みがあった例のアレ。
「いつの間にかいやらしい奴になったな」
やっと身体を離すと腕を取らせてゆっくりと進む。
「こんな薄着で抱きつくやつが人の事言えるの?」
「婚約者を抱きしめていやらしいと思われるわけないだろ」
フンッと鼻で笑う。
「だったら私だって同じじゃない」
「そうだ、私の婚約者は君だけだ」
そう言われて少し胸が痛くなる。信じろといった彼を信じきれない自分が嫌になる。
「ついたようだ」
歩いていく先に急に光が差し込み近づくと入口同様、布が下げられた出口がありそこをくぐると広い空間に出た。
ひんやりとした石造りのなのはこれまでと同じで、一つ明らかに違うのは目の前に階段状になって下っている段差があり、四角く囲われたそれは縁いっぱいまで水を湛えられた池のようだった。
もう嫌な予感しかない。
「ではこちらへどうぞ、お清めでございます」
無感情な女性神官の差し出した手はどんなに見えない振りしても水の中を指している。
「はぁ……行くぞ」
真面目なアーネストが私の手を逃げられないように握り、反対の手で腰の辺りを掴み、押しながら前へ進める。
「うぅ……嫌だ、冷たいに決まって、る!!」
ザブっと足が階段の一段したに下ろされると心臓が止まりそうな程の冷たさで頭がキィーンと痛む。
「ヒヤァー!!冷たい冷たい冷たいぃー!!」
「暴れるな、波立って余計に冷たい!」
アーネストはそのままじゃぶじゃぶと進んでいった。




