96 確かめ
数日が過ぎ、いよいよ明日は『確かめの儀』がある。
あれからアーネストには会えていない。学院へオロギラスが出たことは密かに噂が広がり今では公然の秘密状態だ。いくら箝口令を敷いても魔物の死体の処理や現場の片付けなどで漏れて行くのはしかたがない。
王城へは学院へ子供を通わせる国内外の親御から苦情や問い合わせが山のように届いているらしいが未だに詳細は公表されていない。恐らく王位継承に関係しているだろうから行政的にも内々に調べを進めたいのだろう。
貴婦人コースの講義の一貫とはいえ私の主催という体で行っていたお茶会だった為、母上は捜査に関わることが出来ない。最近はイライラとしながら屋敷での執務をこなし気を紛らわせているようだ。
明日に迫った儀式を前に母上が晩餐を一緒に取ろうと誘ってくれた。
「いよいよね」
母上はワイングラスを揺らすとバルバロディア領地の特産『シャーヴィンデイル』の赤を楽しんでいる。
「今回のお茶会の件は危なかったけど結果は良好だったわね」
「どういうことですか?」
私の質問にグラスに残ったシャーヴィンデイルをクイッと飲みほすとニヤリとする。
ゴドウィンに似てきたな。
「公式な事実としてはマクシーネ殿下が襲われた形だけど世間的には貴方が狙われた事になってる」
「そうなのですか?」
私のお茶会となっていた為そこが注目されたようだ。そのせいで同情票というか、他の候補者がそれだけ気にするほど優秀だと噂されて注目され支持を増やせているらしい。
「それってちょっと胡散臭いですね、まさか」
母上はにっこり笑う。
「いいお友達が沢山出来たようで何よりね」
ヴィヴィアンか……ってことは『リトルシスターズ』なの?これが本当なら凄すぎる!!
母上が最初に言っていた、女生徒達を味方につけるという事の重要さが如実に結果に現れてきた。これからの国の社交も担っていく彼女達の力は侮れない。
こうなると『リトルシスターズ』の創設者のヴィヴィアンをもっと確実に引き込んで置かなくてはいけない人物になってきた。
「私が男だったら……」
ヴィヴィアンと結婚するのに、そう思った私の気持ちに気づいたのか。
「私が昔に何度も夢見た事を言わないで」
母上までうんざりしたように言う。勝ち気な母上は男に生まれたかったが勿論叶わず、王と結婚したが王子にも恵まれず。何度も悔しい思いをしたのだろう。
「でもね、今は違うわよ。女に生まれて良かったわ。陛下と結婚出来たし貴方を生むことも出来た。これは男だったら味わえない事よ。
それに男だったら出来たはずと思ってたことは、今から女でも出来ると証明していくつもりよ」
領地の為に王へ嫁ぎ、王がいなくなった今も王都に残り領地の為に動き続ける。
「母上はご自分の幸せを考えたことがありますか?」
ふと気になり思うままに質問してみた。この部屋には侍女も下がらせ誰もいなくて二人きりだ。
母上はキョトンとした顔で私を見返す。
「私はできる範囲で自分の思うように生きてきたつもりだけど?」
「ですけど領地のためですよね」
「私が領地を盛り上げたいと考えてのことよ」
ふっと目をそらし自ら注いだワインを口に運ぶ。嘘ではないだろうけど全てでは無い感じがする。
「ご自分がやりたいことの優先順位の一番が領地を盛り上げることだったのですか。では二番目はなんですか?領地の事が無ければ学院を卒業した後どうしたかったのですか?」
母上は何かを思い出しているようだった。
「結婚……かしら。本当は沢山子供が欲しかったの」
王は一人の王妃につき一人の子しか産ませなかった。寵愛の偏りを嫌い王妃達の争いを出来るだけ避けているようだった。
母上は子供が好きでバルバロディア領でも孤児の為の施設に力を注いでいる。王妃となってしまって自由に領地へ帰ることは出来ないが帰った時には必ずそこの施設へ立ち寄った。
王都でも孤児へ関心を寄せ偽善と言われようが資金を募り孤児院を気にかけていた。
「母上はお若いですからまだ産めますよ」
私がそう言うと可愛らしく頬を染めて慌てた。
「何を言っているの!孫と子供が数年違いなんて嫌だわ」
「母上こそ何を言ってるんですか、私はまだ結婚もしてないのに!それに結婚するかどうかも……」
思わぬ切り返しに驚いて言い返そうとして彼の事を思い出してしまった。
エベリーナと婚約するという話……まだ広まっていないけど母上には話してある。
「こればかりは結果が出るまではわからないとしか言いようがないけど」
母上は落ち込み俯く私に、キンキンに冷えた言葉を発した。
「どういう結果であれただでは済まさないということだけは約束してあげる。私のリアーナにそんな顔をさせた奴にね」
母上……カッコいい。惚れ込んじゃう奴らの気持ちがわかるよ。
早朝から儀式の仕度を始める。
身体を清め、儀式用の白の薄衣をローラに着せてもらう。
「これ、薄すぎない?」
寝衣のように簡単な作りで肝心な所は布が重なっていて透けてはいないが身体のラインはわかりそうだ、しかも下着はつけない。腕や足部分は一重でペラペラだ。
髪は軽く後ろで結び白い紐で結わえる。足元は神殿に行くまではサンダルだが中では裸足だ。
「ここ数代は行われなかった儀式ですが古文書に法って行われるようです」
イスラが王位継承権の主張をし、古い儀式を掘り起こしてくるまでは割とすんなり継承が行われていたらしいから、神殿的にも久しぶりの行事だろう。
儀式用の服の上から同じく白いマントをつけて身体を隠す。流石にあの格好で外へは出たくない。
護衛のゴドウィン、エミリオ、サンドロが部屋に入ると緊張した顔のサンドロが頬をピクつかせる。
「殿下、いよいよですね」
私よりも気負っている感じがするサンドロを宥めるようにエミリオが肩に触れる。
「緊張しすぎては肝心な時に動けませんよ。今日はまだ儀式だけです、投票は明日からニ日間行われるのですから体力は温存しておいてください」
候補者が儀式を行っている最中に投票が行われ、私達が神殿から出るときには投票は終わっている。過半数が取れていなければ上位二人が決戦を行う。
「まだ決戦は発表されてないんだよな」
まだ一回目の投票すらしていないのに気の早いサンドロがゴドウィンに尋ねる。
「何だよ、決戦が決闘だったらお前が出るのかよ」
見習い騎士のサンドロには無理な話だ。
「違うよ、だけど気になるじゃないか」
これまでの古い文献を調べると圧倒的に決闘が多い。候補者本人ではなく代理人が出ることが殆どだが時折勇猛な王子が自ら戦い王位を勝ち取った例もある。
「アーネスト様がお迎えにいらしてますよ」
外から知らせが来たのかローラが私に出発を促した。
屋敷の玄関へ向かうとアーネストが私と同じく白いマントを羽織り馬車の外で待っていてくれた。その隣に母上がいて彼にガンを飛ばしているように見える。それにじっと耐えていたアーネストが私に気づくとホッとした顔してこちらへ近づく。
「リアーナ、体調は大丈夫か?二日間は神殿に籠もらなくてはいけないからな」
自分の方が顔を引きつらせそうになりながら私の心配をしてくる。私の手を取り馬車へ連れて行ってくれる。
「リアーナ、二日間は二人だけなのだからじっくりと話し合うといいわ。誤解が解けることを祈ってる」
意地悪な義母の様相で母上は私を抱きしめた。
「どうせなら投票で過半数取ることを祈ってて下さい」
「勿論それが最優先よ」
身体を離すと私の額の髪を指で分けてくれる。
「行ってきます」
馬車へ乗り込み後からアーネストが入ってくる。
儀式へは基本的に護衛はつかない。なので馬車の中には二人しかいなくて御者としてエミリオとゴドウィンだけついてくる。




