95 リアーナのお茶会8
このままここを離れるわけにはいかなかった。まだマクシーネから事情を聞かなければいけないし、その後騎士団へ報告しなければいけない。
何度か深呼吸を繰り返し気持ちを落ち着けた。サンドロが心配そうな顔で私を見つめている。
「リアーナ、気にすんな。エミリオも言ってたろ、不確実な事だって」
サンドロが友人として接してくれ、堪えていた気持ちが緩み涙がこみあげる。
「うん……もう、大丈夫だから」
涙がこぼれそうになる前にサッと手の甲で拭うともう一度大きく息を吸い込んだ。教室へ戻ろうとすると靴音が聞こえてきて振り返るとアーネストがこちらへ向かってきていた。
「リアーナ、どうした?」
傍まで来ると私を見下ろした。少し目をそらして涙ぐんでしまった瞳を見られないようにする。
「疲れたのか?後は任せて先に帰ったほうがいい」
私の顔にそっと触れ、美しい銀髪をさらりと揺らす姿は心配してくれているように見える。
「大丈夫、もう少しだから最後までやらせて」
頬に添えられた手の温もりを、いまは信じたい。
二人で教室へ入るとマクシーネがわかりやすくギョッとした顔をする。少しは取り繕って欲しいが無理なことを強制は出来ない。
「ア、アーネスト様、私は、別に」
「ところでマクシーネ殿下、目撃した男というのは何者かご存知なのですか?」
しどろもどろで挙動不審の姉様を抑えるようにエミリオが質問を投げかけた。さっきの話を丸々アーネストには言えないからどうにか誤魔化さなければいけない。
「いいえ!知りませ……いえ、男など見ておりません」
もう今更だよ。
「本当に反逆罪になりますよ、学院に魔物を引き込む手引きをしたとなれば国際問題ですからね」
まだどうにか逃れようとするマクシーネには呆れるがこれでも姉だ。出来れば穏便に済ませたい。
「反逆罪?マクシーネ殿下は国を売ったのですか?」
アーネストが詳しい事はわからないながらもある程度推測しているのか、ひんやり冷たい眼差しでマクシーネを見やる。
「違うわよ、売ってない!!サラに呼び出されて庭園と訓練場の間の柵のところで話を聞いていたら二人の怪しい感じの男が倉庫から出てきたの。
サラがそれを見た瞬間に走って逃げたから私も逃げたら大きな爆発音が聞こえて驚いて動けなかったのよ」
「それってマクシーネ殿下をオロギラスに襲わせようとしたって事になりますね」
ゴドウィンが冷静な声で話すとマクシーネはヒクッと頬を引きつらせる。
「私を……殺す?嘘よ、そんなことありえないわ」
姉様を置いて逃げた時点でおびき寄せられた確率が高そうだがだ気づいてない様子だ。姉様らしいけど。
記録を手に婚約のこと以外のマクシーネから聞いた話をエミリオがアーネストに説明した。婚約の箇所が抜けていることをマクシーネ気づいたようだが私を見て微かに頷き余計なことは言わないと伝えてきた。
「そのサラという女性と話をする必要があるな。マクシーネ殿下がご無事だったことは知られているだろうから、殿下の警護もより配慮したほうがいい」
ここで死ぬ予定だったマクシーネが生きているとなれば再び狙われるかも知れない。マクシーネの護衛達が話し合い一人が警備体制を強化するために屋敷へ知らせに向ったようだ。
やっと身の危険を実感してきたのかマクシーネが顔色を悪くして震えている。
「私はお母様から言われた通りにしてきただけよ。どうして命を狙われなきゃいけないの……」
震えるマクシーネの隣に座ると肩を抱き寄せ慰めるように言葉をかける。
「大丈夫よ、姉様。恐らくサラって娘は本名じゃないだろうしきっともう逃げているわ。サラがイーデンバッシュの者だと証明出来る人が姉様だけなら嘘を言っていると言い逃れが出来るからそれほど執拗に狙われないと思う」
マクシーネがこれ以上騒がなければ恐らく王位継承さえ済めば大丈夫だろう。
追加の護衛が揃ったので姉様は帰る事になった。ぐるりと騎士に囲まれ力無く項垂れながら部屋をでるマクシーネ見送った。
「はぁ……」
軽い目眩を感じて椅子の背もたれに身体をあずけた。ローラが入れ替えてくれた熱いお茶を飲むと少し気分がマシになった気がするが疲れを感じる。
テーブルを囲んで四人で資料を広げて検証を始める。向かい側に座るゴドウィンとエミリオがチラリと私の様子を窺っているが取り立てて反応はしなかった。
アーネストが私の隣で現場の資料を並べ話し始めた。
「三つあった倉庫の内、二棟はオロギラスと争った際に壊れたってことで間違い無いな?」
「えぇ、ですがオロギラスが現れる時の爆発で一棟が破損していました。それがこの倒壊した内のこちら、真ん中の物です」
ゴドウィンが資料に記されていた倉庫の配置図を指さして言った。
「あぁ、その倉庫跡から魔法陣の痕跡が出てきた。恐らくオロギラスは魔法陣で転送されてきたものだ」
貴族だけが利用でき、魔術師だけが操作出来る魔法陣を利用していたのならやはりこの事件は貴族の仕業。しかもあんなの大きな質量のオロギラスを転送するということはかなりの魔力が必要だから数人の魔術師が絡んでいる。
「オロギラスを捕獲して従わせているということ?」
魔法陣を用意するだけでも大変な事なのに、そのうえオロギラスを探して捕まえ運んで来るなんてかなりの手間だ。
「やはりかなり大きな組織が絡んでいるようですね、どこかの領地ぐるみかもしれません。お茶会に参加していなかった王位継承候補はイスラ殿下だけですから、もしかしたらイスラ殿下の後ろ盾のジスカールブラドか」
エミリオが目を伏せたままそう言い、ゴドウィンがアーネストに視線を向けている。その視線を受けて彼は真っ直ぐに見返す。
「グランフェルトではない」
「確信がありますか?グランフェルト主体でなくても他国のイーデンバッシュでもありえる」
アーネストがゴドウィンと睨み合う。
「イーデンバッシュが単独で行うことまで把握は出来ない」
「ですけど、イーデンバッシュはグランフェルトと懇意ですよね。こと王位を争う今に限っては何かあるんじゃないですか?」
「領地の方針に関して私には権限はない」
「だけど内容は知ってらっしゃるはずです」
「……」
アーネストがぐっと押し黙る。
「ゴドウィン、もういいわ。彼には彼の立場がある」
私は二人に割って入った。
「リアーナ、すまない」
「いいえ、こちらにもこちらの事情がありますから。お互い今日の起こった事実だけに目を向けましょう。
何者かが学院に侵入し倉庫に密かに魔法陣を設置、お茶会を狙ってオロギラスを転送させた。今のところ恐らくマクシーネ姉様が騙されていたイーデンバッシュが関係しているかも知れない。
城への報告はこれでいいでしょう。では解散しましょう」
書類を片付け部屋から出ると薄暗くなっていた廊下を出口へ向かって歩き出した。
「これは一応証拠として預かっているがオロギラスを倒したのは君達だから後で返還されるだろう」
アーネストはポケットから出して手のひらに乗せたオロギラスの魔石をゴドウィン達に見せた。私達が倒したオロギラスの魔石を見ていなければ結構な大きさと思っただろうが既に規格外の物を見たあとだ。
「意外と小さいもんですね」
ゴドウィンも興味なさげにちらっと見ただけだ。エミリオなんて見もしない。牙も同様に二人のものらしいがきっと前に持って帰った物の方が大きいから自慢にもならない。
学院の玄関まで来ると馬車が待機していた。他の客や生徒達はとっくに帰ってしまい静かな夕暮れだ。
馬車へ乗り込もうとしてアーネストを振り返った。
「これ、外してくれない?もうすぐ儀式がある。そこには装飾品は着けていけないから」
彼の目を見つめイヤリングに触れる。
「あぁ、そうだな……」
アーネストは躊躇しながらもイヤリングに触れると魔力を使ったのか耳元でキンッと金属音がするとすりとそれは外れた。
二つのイヤリングをアーネストが手のひらに揃えると私に差し出す。
「元々返すつもりの物だったから……」
私は受け取らずに馬車へ乗り込み屋敷へ帰った。




