84 帰国
アーネストは少し悲しそうに俯いた。
「君を助けるのは私の望みだ。それに礼なら前にも聞いた」
「そうですか、ですが私を助けることは領主に反する事になるんじゃない?」
彼が本当に私を思ってくれていても領主や一族の方針には逆らえないだろう。
「君がそんな事を気にしなくていい。ただ」
「ただ?」
彼は真剣な顔で私を見つめた。
「私を信じてくれないか?」
「信じる……」
言葉で言うのは簡単だ。けれどこれまで数年、私の思い違いだったかもしれないがアーネストには恋人がいて、私はただの政略結婚の相手なんだと思っていた。
今だって王位継承にも反対され、おまけにイスラは素晴らしい王になるとまで言われた。
「何年も行き違っていたのだ、すぐには無理かもしれない。だが私の気持ちが揺らいだことは無いし、君以外の人は考えられない」
美しい顔を曇らせて真摯に言い募るアーネストは私の心を締め付けてくる。どう答えればいいのかわからなくなり思わず涙が溢れた。
「リアーナ……」
彼は私の隣に来るとそっと頬の涙を拭ってくれた
「すまない、苦しめるつもりは無いんだ。だが帰国してからは王位継承の争いは激しくなる。私はイスラ殿下を推さなければいない立場だから君の婚約者としての役割は果たせないかもしれない。けれど私の気持ちは絶対に変わらない」
戸惑う私をそっと引き寄せ柔らかく抱きしめる。
「どんな状況になっても私を信じていてくれ」
彼の匂いに包まれ熱い体温が伝わる。優しく髪を撫でる手がそっと肩に触れ身体を離すと彼を見上げた。
すぐ近くにあるアーネストの顔を見つめているとその蒼い瞳にひきこまれそうだ。
「……わかった、貴方を信じるわ」
心のどこかではまだ迷っていたがまた別の所で彼を信じたい自分がいた。相反する二つの心に困惑するが、それでもアーネストに思いを寄せる自分に逆らうことが出来なかった。結局私はずっと彼を思い続けていたのだ。
「リアーナ、嬉しいよ。ありがとう」
アーネストがパッと笑顔を見せると私も嬉しくなってしまう。頬が熱くなるのを感じ慌てて俯く。すると彼がそっと頭にキスをした。驚いて顔をあげると今度は頬にキスをする。
「わっ、ちょっと待って」
恥ずかしくて離れようとしたが全く力を緩めてくれない。
「しばらく会えなくなるんだ、私のことを忘れないようにしておかなくてはな」
そう言って私の顎をそっと上向かせた。
「や、ま、待って」
急な展開に思考がついていけず彼の口を手で塞いだ。
「どうして嫌がる、初めてじゃないだろ」
アーネストが意地悪そうな顔で私を見ている。
「前のだって貴方が急にシタんじゃない。どうして二人とも私の意思を無視してキスするのよ」
恥ずかしさのあまりとんでもない事を口走ってしまった。これは不味い。
「二人ともって、ゴドウィンのことか?」
彼の目が急にゆらりと魔力を含んだ気がする。
「ち、ちが……」
ここで違うと誤魔化せばまた新たな誤解が生まれる気がする。
「違わないけど、アレは、救助活動だから。不可抗力ってやつよ」
ゴドウィンとキス……じゃなくて、ポーションを飲ませるために仕方なく、くちびるを触れさせた時のことを説明した。
「そうだったのか」
アーネストはそれでも忌々しそうに眉間にしわを寄せた。そうして私の手を掴んで口から退けるとくちびるが触れそうなほど顔を近づける。
「ソレはカウントに入れるな」
「言われなくても入れないわよ」
「だったら私が初めてで間違いないな?」
「そ、そうね……」
言い終わるなりグイッと引き寄せられくちびるを深く重ねた。
危ない所でローラが戻り、直ぐにゴドウィン達も戻ってきた。あのままじゃすぐにでも押し倒されそうだったので助かった。
昼食後直ぐにアーネストは支度を整えると転移装置へ向かうために宿をあとにした。
別れ際、宿屋の前で全員で見送りに来ていたにも関わらず彼は私を抱き寄せると「またすぐに会える」とキスをし、動揺する私を置いて颯爽と馬に乗って行ってしまった。
どうしてくれる!行ってしまうやつはいいが残った私は地獄だよ。
羞恥でクラクラとしながら部屋へ戻った。
「いやいや、一気に距離が縮まりましたね」
ゴドウィンがホッとしたようにいう。
「余計なこと言わないで」
まだ冷めやらぬ頬の熱さを手で押さえつつ、さっきのことやその前の部屋の中での事を反芻してしまいなかなか熱がおさまらない。アーネストはかなり手が早そうだ。
「まぁ、確かに一時はどうなるかと思いましたものね」
ローラまでもそんな事を言い出し困ってしまう。こんな時頼りになるのはエミリオだ。
「お陰で姫様の呪いの事を他言しないかと心配しなくても大丈夫そうですね。アーネスト様ならそんなことはしないと思いつつも険悪なままだと契約しておかなければいけませんでしたからね」
「他言ね……」
そう呟くとゴドウィンが嫌そうな顔した。
「まさかと思いますが呪いのことを他言しないよう口止めされなかったのですか?」
「普通自分の婚約者が男の身体だったとか大猿になるとか言わなくない?」
「普通はそれを理由に破婚するでしょうね。アーネスト様のことですから大丈夫だとは思いますが今回は時期が悪い。イスラ殿下を支持するグランフェルト領主に利用される可能性があります」
いつもは私の考えを立ててくれるエミリオも疑念を持った顔をする。
だけど今回アーネストは自分を信じろって言ったし、私も信じてみようと思った。これまでの行動だって誤解だった事を考えればそれほどおかしな態度でも……ない……こともないかも知れないけれど、意外と抜けていただけと思いたい。結局私は信じたいものを信じているだけかも知れない。
「私が浅はかだったかかも知れないけどもうアーネストは行ってしまったから、後は信じるしかないわ」
「姫様は昔からアーネスト様一筋ですからね」
ローラまで余計なことを言い出した。
「もうっ、とにかく冷静に考えても今の時期に破婚はお互いに体裁が悪いんだからもし駄目でもすぐではないでしょう。少なくとも二週間後の『確かめの儀』は通過させるはずよ」
間近に迫った儀式前に破婚すれば神聖な儀式を冒涜したと言われかねない。エルデバレン国の伝統を汚す行為とみなされグランフェルト領にも汚点が着くだろう。
「そうですね、帰国したらすぐに王妃様と対策を考えます」
エミリオは手早くメモを取りながら考えを巡らせているようだ。
アーネストとわかれた次の日、宿を離れると数日かけて馬車で転移装置まで移動し国境へ向かった。
そこでまた国境の街の領主エイトールに面会し、実はガルムが国境のこちら側に小さい店舗を置きたいと申請していたらしく感謝をされてしまった。
後で聞いた話じゃしつこいエイトールに折れた形らしいがそれもガルムの芝居だったようで、有利なかたちで事を進めているようで安心した。
国境を越え、バルバロディアの城へもすぐに向かい伯父と伯母に挨拶もそこそこに王都へ戻った。そろそろあの人が限界な気がする。
王都の環状囲壁にある転移装置の塔から出るやいなや予想通り感激全開のヴィヴィアンに迎えられた。
恐らく緊急連絡装置を使って自国からの情報を手に入れ私の帰国を察知したのだろう。やっぱり恐ろしい娘だ。
「お姉さまぁ!お帰りなさいませ、やっとお会いすることができ涙が止まりません」
可愛らしい顔を本当に涙でびしょびしょにしながら震えるヴィヴィアンを可愛く見えてしまうなんて私も重症かも。
「随分遅くなり心配かけましたね」
「いいえ、事情はある程度は……私の全力を持ってエベリーナ様を懲らしめてみせますわ!!いつでもご指示ください!」
一転臨戦態勢を全開にし始めたヴィヴィアンを抑えることが帰国して最初にすることになるなんて人生驚くことばかりだ。




