82 カンデシラ山の龍
バサバサと龍が舞い降りる音が聞こえる。即席の洞穴はそこまで壁を厚く出来ず、微かに開けた空気穴から風が巻き起こり龍が近くにいることがわかる。
穴の中は皆が押し合うほど狭く、身体が密着しあっているところで静かに龍が立ち去るのを待っていた。
「リアーナ、足は平気か?」
すぐ耳元でアーネストの声が聞こえ首すじがザワッとする。
「だ、大丈夫」
小声で囁やきあい、目の前に彼がいることを確認し意識してしまう。大人しくしてなきゃいけないことは分かっているが近い距離にいることがどうしても落ち着かなくてつい口を開いてしまう。
「あ、あのね」
「ん?」
さっきの事をどう言えばいいのか。
「ゴドウィンが言ってた……」
「あぁ……」
「そうじゃ、無い……から」
「え?」
「だから、違うから」
なんでそこで察しが悪いかな。
誰にも見られていないけど顔が熱くなる。
「違うって?」
もう!なんでわからないかな!
「嫌いじゃないから!」
一瞬の間があいた。
「リアーナ……」
彼の身体が寄せられる感覚がして胸がドキドキとしてしまう。
アーネスト……
「アーネスト悪い……それオレの背中だ。まさぐるな、気持ち悪い」
アーネストと反対側の耳元でオスカリの声が聞こえた。私のすぐ後ろにいるらしくゴソゴソと動くのがわかる。
もう!
「兄様、動かないで。やだ、そこ、触らないで」
「悪い、尻か」
「オスカリ殿下、リアーナに触るのを止めて下さい」
「うるさいな、お前らこそこんな狭いとこで告白ゴッコなんかするなよ」
狭い穴の中で言い合っていると不意に天井付近がガラガラと崩された。
「クソッ!殿下たちがうるさいから見つかったではないですか!」
ゴドウィンが怒鳴りながらオスカリを背に庇う。私はアーネストに抱えられエミリオが魔術で壁を作りそのすきに逃げようと穴から飛び出したが龍が巨体を崖にへばりつかせ道を塞ぎどこにも行けない状態だった。
「駄目か……」
そう言いながらもアーネストが魔力を練り上げ攻撃のタイミングを図っているのがわかる。オスカリやゴドウィンも剣を抜くと構えエミリオに足場を固めるように言う。
私達が半ばあきらめかけているのに、龍はいつまでたっても攻撃してくる様子がなく睨み合いが続く。
「ねぇ」
「静かに」
アーネストは龍から目を離さず答える。
「ねぇって」
私がしつこく尋ねるとちょっと苛ついたようにチラッとこちらを見た。
「攻撃する気が無いんじゃない?」
龍は私達を逃さないようにしている感じだが何となく敵意は感じない。
「姫様の言う通りですね」
エミリオも首を傾げている。
「オレたちになんか用があるのか?」
オスカリがそう言うと龍がおもむろに頷いた。
「うわっ、龍が返事した。言葉がわかるのか?」
再び頷き龍は話が通じる事を知らせてきた。ゴドウィンはまだ信じられない様子で龍に話しかける。
「我々を逃してくれないか」
龍は何とも言えない様子を見せる。
「なんか人間臭い感じだな。じゃあやっぱり用があるのか、なんだよ」
オスカリが簡単に聞くがこちらの言葉がわかっても話せる訳ではないようだ。龍は大きな頭をぐっと私達に近づけてくる。
「うわっ!」
私はその恐ろしさにアーネストにしがみつき目を閉じた。彼が身体を硬くしぎゅうっと私を抱きしめる。
もしかして食べられるのかも、って思っていたが一向に何も起きない。恐る恐る目を開けると龍が私を見つめていた。
「な、な、なに?私なの?」
フンと鼻息をかけられ背筋がぞっとする。アーネストが私を背に回し龍と対面する。
「リアーナになんの用だ!」
「駄目だよ、そんな言い方」
敵意むき出しのアーネストを必死に止める。
龍は答える代わりに私の身体の脇あたりに視線を送る。
「はっ!姫様、ポケットの中を出して下さい!」
エミリオが急にひらめき、私は言葉通りポケットから四匹分のオロギラスの魔石が溶け合った漆黒の魔石が入った籠を取り出した。
「コレ?」
龍に差し出すと口を開いたのでそれを籠ごと放りこむとパクリと咥え、頭を私達の前から離すと急に羽を羽ばたかせ飛び立とうとする。
「あわわわっ!」
全員が龍が起こす風に巻き込まれ吹き飛びそうになる寸前にエミリオが魔術で再び私達を囲うように穴を作って守ってくれた。
羽ばたく音が遠ざかり気がつくと地面に倒れ込んでいた私に誰かが覆いかぶさっている。これは当然アーネストだろう。
慎重なエミリオがまだ魔術を解かずに真っ暗な穴に閉じこもっているのをいい事に私はアーネストの背に手を回しそっと抱きしめた。
「リアーナ悪い、オレの腕を巻き込んでる」
その声と同時にエミリオが魔術を解いたのかパッと明るくなりよく見るとアーネストと私の身体の間にオスカリの腕が挟まっていた。
ホントに邪魔だな。
「二人してそんな目で見るな。オレは王子で兄だぞ」
「申し訳ございません殿下。つい我慢が出来ず」
アーネストがぶすっとした顔で謝罪した。
「ごめん、兄様」
一応謝っておく。こんな状況でイチャついちゃった感じも良くないだろう。
龍が去ってとにかく今度こそ急いで下山を始めた。
さっき荷物を放り出してしまったので馬を繋いでいるところを目指し歩き始める。急げば今日中に着くだろう。
挫いた足はポーションで治したが、オロギラスがいなくなったことによりそろそろ他の生き物たちも姿をあらわすかもしれない。体力も戻りきらない私は目隠しをされアーネストに背負われた。
足場が悪く下りが続く山道を黙々とアーネストが歩く。他の人達は龍が何故あの魔石を欲しがったのかとか、山を降りたら宴会しようとか雑談しながらちょっと楽しげにしているのに何故かアーネストは話をしない。きっと私が重すぎて余裕がないのだろう。
「ねぇ、そろそろ誰か背負うの交代してあげてよ。アーネストが疲れてる」
見えていないが皆が近くにいることはわかってる。聞こえているはずなのに誰も返事をしない。私はアーネストに捕まっていた手を伸ばしてヒラヒラと手を振った。
「ちょっと、聞いてるんでしょう?ゴドウィン、エミリオ」
一応護衛なんだからそこは空気読んでよ。
「駄目です姫様。近寄れません、アーネスト様が凄い顔で睨みつけていますから」
「駄目だぞリアーナ、アーネストはお前を誰にも背負わせない」
ゴドウィンとオスカリがため息をつきながらいう。
「どうして?疲れてるんでしょう?さっきから全然話さないじゃない」
私が不思議に思ってそう言うとオスカリが呆れた声を出す。
「まぁ、最悪そうでも任されるのはオレ位だな、ノーブラのお前を背負えるのは。たわわに成長してるからなお前」
……は?
反射的にアーネストの背中から身体を離した。
「おっと、急に動くな」
バランスが狂ってアーネストが足を踏ん張りなおす。
「いいか、行くぞ」
そのままオスカリが出発を促しまた下山を始めた。
「リアーナ、身体を寄せてないとアーネストがバランス取りにくそうだぞ。まぁ引っ付いてても我慢するのが大変そうだけどな。どうせ婚約してんだから後でサービスしてやれよ」
「サ、サービス……」
「余計なことを言わないで下さい、オスカリ殿下」
アーネストが焦ったように言った。




