77 カンデシラ山
国境を越えベルトナ国へ入った。前はここから転移装置で王都アユーカスへ向ったが今回はここからカンデシラ山へ向かう。
カンデシラ山のある領地へは遠くなく、転移装置で行くこともできるが今回は出来るだけ公的には行き先を知られないようにするために馬車で移動だ。いずれはバレるだろうがオロギラスを倒して名をあげるためだったといえば言い訳にはなる。
国境を越える前にローラと落ち合ったので貴族仕様の馬車で快適に向かう。
前にベルトナ国へ来た時はやたらとアーネストが手を繋いで来ていたが、今は馬車の中で隣に座っていてもそんな素振りはない。
私が彼を信用しておらず、エベリーナ様と恋人同士だと思われていた事や、大猿姿を見られた時に完全拒否したことがよっぽどショックだったようだ。その態度は慎重に私と接しようと心を砕いてくれる様子が窺える。
別にアーネストを嫌いなわけじゃない……むしろ逆かも。
だけどとっくに諦めていた彼が急に態度を変えたのを見て戸惑っているというのが本当のところだ。
馬車に揺られつつカンデシラ山へ続く山並みを遠く眺めていた。
昔から山奥には龍が住むと言われていて真偽は不確かだが数年おきに目撃情報もあるという。
カンデシラ山はヴィヴィアンの父親ヴォルカンの持っているような鉱山では無く採掘するような資源もない。
高い頂きをもつ険しい山は神々しさを纏いあまり人を寄せつけないようでその周辺はのんびりとした田舎という感じだが、山へ一番近い街はそれでも結構賑わっていた。
街へ到着すると一番高級な宿屋へ向かった。乗っている馬車が貴族仕様なのでそこは仕方がない。目立ちたくないが貴族の馬車が安宿に停まっては余計に目立つ。
宿屋へ到着しエミリオが部屋を取ろうと先に入っていった。宿の下男が荷物を運び込み私はアーネストにエスコートされて建物の中へ入っていった。
二人共顔を晒したく無い為フードを被った怪しい感じだが貴族のこういう姿は結構見られるらしく誰も気に留めていないようだ。
手続きはエミリオに任せ直ぐに部屋へ向かう。前触れは出していなかったはずなのにすんなりと事が運ぶのに少し違和感を覚えた。
宿の者の案内で通された部屋へ入ると中のソファへ座っていた男が立ち上がり不満の声をあげた。誰もいないと思っていたのでアーネストが身構え私の前に立つ。
「やっと来たのか!もう待ちくたびれて一人で行こうかと思ったぞ!」
大柄でガサツ、酒と女をこよなく愛する兄妹の中でで一番声のデカい六番目の王妃の子、オスカリがそこにいた。
「兄様!どうして……そうだった、忘れてた」
イーデンバッシュ国での騒動やアーネストにバレた事も含め色々な事で頭が一杯でオスカリが合流することをすっかり忘れてた。
オスカリはもう三日も前からここに泊まり私達を待っていたらしい。
「何故オスカリ、殿下がここに……」
アーネストが珍しくかなり嫌そうな顔を見せる。
「まぁまぁそんな顔するな。オレとお前の仲じゃないか」
オスカリはアーネストの肩をバンバン叩いてガハハと笑う。その様子に驚いているとローラがさっとお茶の用意をし、ゴドウィンとエミリオもやってくると一応席についた。
「殿下、あまり目立たないようにお願いしますよ」
ゴドウィンも嫌そうにオスカリを見ている。
「何面倒くさい事言ってるんだゴドウィン!一緒に楽しんだあの夜のことを忘れたか?」
一緒に楽しんだって、ゴドウィンと兄様が!?
あらぬ想像をしてしまいそうになっているとゴドウィンがすかさず訂正する。
「誤解をうむような言い方は止めてください。楽しんだのは殿下だけで私は直ぐに引き上げましたよ」
不満気なゴドウィンを見てアハハと笑う。
「そうだったか、あの時いたのはアーネストだけだったか!」
「殿下止めて下さい、私も直ぐに引き上げましたよ!!」
急に巻き込まれてアーネストが焦って否定する。オスカリは呆れたような顔で話を続ける。
「同じ隊の者は同じ遊びをするのが当たり前だろ、リアーナの前だからってそんな聖人君子みたいなこと言うな。コイツだって王族なんだからそれくらい理解してるさ、九番目の王妃の子なんだぜ」
王には十人の王妃と数人の側室がいることは勿論わかっている。エルデバレン国はそうやって領地と王との繋がりを強め国を運営してきている。
「殿下、そのへんでお許し下さい。時間がありませんから」
エミリオが割って入り男三人の怪しげな武勇伝はこれ以上聞かなくて済みそうだ。
「リアーナ、私は関係ない。ただ騎士団にいた時に運悪くオスカリ殿下と同じ隊になってしまい休みの度に連れ出されていたが疚しいことはしていない」
アーネストが必死に言い訳してくるが、そうですかとだけ返し顔も見なかった。
やっぱ遊んでるんだ。
ローラと二人で皆と少し距離を取り苛つく心をお茶を飲んで鎮めていた。
オスカリは散らかり放題だったテーブルの上をローラに片付けさせるとバサッと地図を広げた。
「遅かったから一人でザッと下見はしてきた。ここからカンデシラ山へは馬で一日だな、麓に馬を置いてそこからは楽しい登山だ。小一時間ほどうろついたがオロギラスはおろか魔物も、残念ながら龍もいなかった」
オスカリは今も現役で王立騎士団に所属している。
有事の際の先陣で魔物討伐の部署でもある第二部隊に身を置いているが、暇にあかせて一人で魔物を退治しに行ったり王族の権威をかざし勝手をしていると聞く。だが剣の実力は本物だそうだ。
「殿下は光蛇を見たことはありますか?」
ゴドウィンが昔倒したのはもっとも多く出没する炎蛇だったらしく、光蛇は目撃情報も少ない。
「いや、オレも炎蛇しか知らん」
あまり知られていないがオスカリも炎蛇を倒したことがあるらしい。
「どっちの牙が大きかったのですか?」
オロギラスの大きさは牙で比べる。牙が大きいほど大物を倒したということだ。
「私です」
「いや、オレだ。たまたま牙を持ち帰れなかっただけだ」
「酔っ払い過ぎて忘れてたんでしょう」
「あれくらい酔ってても倒せる」
「どうせ倒した後にその場で飲んでたんでしょう」
オスカリは牙を持ち帰れなくて公式に証明されなかったらしい。睨み合ってどちらも譲らず自分の方が大きかったと言い張る子供達は置いておくとして。
「明日には出発するんでしょう、準備は出来てる?」
ポーションや簡易食を多目に用意したほうがいいだろう。
「オレが準備済みだ、いつでもいける」
私はエミリオに合図すると荷物からお酒を抜くように指示しておいた。あっちで酔っ払いの相手はしたくない。
明日に備えて早目の夕食を皆で食べていた。
オスカリとは国の行事でしかほとんど顔をあわさないが、久しぶりの私をジロジロと見るとニッカリ笑う。
「見ない間に大人になってきたな」
「お忘れかも知れませんがもう成人しましたので」
オスカリは私より五つ上だ、騎士団では任務中はアーネストの方が先輩だが仕事の終了後は身分はオスカリの方が上で、きっと無茶振りされまくっていただろう。
「そうだったな、こうやって見てると女にしか見えない」
今はローラ特製の下着もつけているし、ドレスも着ている。だけどこの下は男の身体だ。
「はぁ……そうです。フルール姉様から聞いているんでしょう」
私は一気に食欲を失い食事の手を止めた。アーネストがいるのにここで言わないで欲しい。チラリと彼を見たが無表情で何を考えているかはわからない。
「確かにオレはフルールから聞いたが王都で噂が回ってる。お前が本当は男だって」
一瞬時間が止まった感じがした。
「……………はぁ!!!私が男!?」




