76 国境の街
馬車の車輪の音がする。おかしいな、馬で移動していたはずなのに。
誰が私の髪を撫でていて何だか心地良い。
「気がついたのか」
ぼやける視界に何度か瞬きをすると目の前に美しい顔がある。
「……アーネスト?」
何でこんなところに彼の顔が?
夢かと思い毛布から手を出すとムニッと彼の頬を摘んで感触を確かめた。
「あれ……本物?」
確かめたくて更に瞬きを繰り返しても視界も頭もハッキリしない。
「どうしたリアーナ。起きれないのか?」
「う……うん、なんか、まだ、眠い……」
彼が顔色を悪くすると顔をあげて誰かを見たようだ。
「いつもこんな感じなのか?」
「いえ、ここまでは。毎回体力は消耗しておいででしたが、やはり弱ってきているようですね」
エミリオの心配そうな声が聞こえ目を向けるとポーションを差し出された。
「これをお飲みになってまたお休み下さい。このまま国境までお連れ致しますから」
どうやら私はアレから全く目を覚まさず、どこからか馬車を調達し移動しているようだ。よく見るといつも乗る二頭立ての貴族仕様の物ではなく、古びた幌馬車だったが、お陰でゆっくりと横になれていた。でも揺れは酷い。
「後は、お願い……」
やっとそれだけ言うと瞼の重さに耐えきれず心配そうなアーネストの顔を見ながら気絶するように眠った。
次に目を開くと真っ白なシーツが見えた。ふかふかのベッドの感触に宿へついたことがわかった。
ってことは。
「ローラ……」
直ぐにローラが来て真剣な顔のまま私の額や喉元に触れて体調を調べる。
「はぁ、大丈夫です。熱は下がりましたわ」
知らぬ間に発熱し、知らぬ間に下がったようだ。
「こちらの宿へアーネスト様が姫様をお連れになった時は驚きましたが、姫様が熱を出されていることにもっと驚きましたわ」
私の身体を起こし居心地よく座らせると水を与え、髪を整える。
「では少しだけお呼びいたしますね」
そう言ってローラが下がるとドアを開けて三人を招き入れた。
「少しだけですわよ、いいですね」
念を押されたアーネスト、ゴドウィン、エミリオがホッとしたような顔を見せた。
「やっとお目覚めですね」
ゴドウィンは口ではからかうように言っているが安心したような顔はごまかせていない。
「姫様、アーネスト様がずっとついていらっしゃいましたよ」
エミリオが美麗な微笑みでアーネストの方を見ている。
「余計な事をいうな、エミリオ」
容姿端麗なアーネストが照れた感じでエミリオと見つめ合っているように見える。二人を見ているとなんだか見てはいけない物を見たような気分にさせられる。
イケナイ世界の存在を確認した気がしたがコレは気の所為だろう。ヴィヴィアンの影響って凄い。
気を取り直し、一応アーネストにお礼を言った。
「ありがとう、今まではここまで悪くならなかったんだけど」
「それほど呪いの影響が深刻になってきているのかもしれないな、だがそれより」
アーネストが腹立たし気にゴドウィンを振り返る。
「後で聞いたが毎回君を元に戻すためにゴドウィンが殴っているというのは本当なのか?あの時心臓が止まりそうになったぞ」
「なんですって!?」
あぁあ、ローラは知らなかったのにバレちゃったよ。
「何言ってるんですか!心臓が止まりそうだったのは私の方です。エミリオが止めてくれなかったら氷の矢で串刺しでしたよ」
アーネストが後ろを向いている間に私を気絶させるつもりだったようだが、殴った瞬間を見られたらしい。ギリギリでエミリオの魔術の土の壁で守られ助かったらしいが、本気で殺す気だったの?
「当たり前だろ、婚約者が殴られいるのだぞ」
大猿状態でも婚約者って言ってくれるなんてちょっと驚きだ。
「では他にどうすればいいのですか?」
「意識を奪えばいいのなら薬でいいのでは?」
ローラがそう提案するとエミリオが難しい顔をした。
「あの状態の姫様が言う事を聞くかどうか」
全員にじっとり見つめられて返答に困る。
「あぁなっている時って、なんというか、夢見心地のような?」
「必死になって追いかけるこちらの身になってくださいよ、ぐあっ!」
ゴドウィンが不満気に口を尖らし、ローラに足を踏まれた。
「ですがもう心配いりませんね、次の光蛇で最後です」
エミリオが懐から数枚の紙を取り出し、内容を話してくれた。どうやら解呪の方法のようだ。
「先ず、オロギラス四種の魔石を集めそれを呪われた本人に持たせる。
次に、光蛇の魔力が失われない内に魔法陣へ本人を座らせ、そこへ魔力を流し込む……」
エミリオは読み上げながら美しい顔を固まらせた。
「その後、魔法陣が魔力で満たされ魔石が溶け合い一つの塊になったものが体内へ吸収され呪いの魔力を分解する……時間にしておよそ……一時間……」
部屋はしんと静まり誰も口を開こうとしなかったが、エミリオが真剣な顔で私を見た。
「魔物が死んだあと、その魔力が霧散するまで数分と言われています。姫様はその間に魔法陣へ大人しく座れ……ますよね、今回もあまり手間取らなかったですし」
「今回は少し弱っていたし、アーネスト様を囮にしましたから上手くいきましたが、一匹目の時は逃げ回って大変だったんです」
ゴドウィンの冷たい眼差しに私はきゅっと口をつぐみ下を向いた。
だって痛いことされるとわかっているのにじっとなんて出来ない。
「きっと、次は言うことを聞いてくださいますよね、姫様?」
エミリオが最初に手順を読んだ時はまさか私が逃げ回ると思っていなかったらしく簡単な内容だと気に留めていなかったようだ。
「も、もちろんよ。私だって元の身体に戻りたいんだから」
きっと大丈夫よ。
「ですけど、数分の内に意識を失うくらいの薬ってあるのですか?それに姫様が大猿に変身している時にそれは効くのですか?」
ローラの素朴な疑問は男三人を黙らせる。
「姫様は毒消しも効きませんでしたからね」
エミリオがため息をついて二匹目のオロギラスの時の事を言い出す。
「そうだったな」
ゴドウィンも思い出しているのか私の顔から腕へ視線を移した。私の腕はもう噛まれた跡も毒で爛れていた跡も無く綺麗に治っている。自分で腕に触れるとあの時の痛さが蘇った気がしたがぎゅっと握って頭から振り払った。
「大丈夫よ、薬なんか無くても逃げないから。だってやっと元の身体に戻れるんだから」
出来るだけしっかりした口調で言ったが誰も安心したような顔はしない。
「まぁ、今回はアーネスト様がいますからね。何とかなるかもしれません」
エミリオが無理矢理話をまとめると皆が私を休ませるために下がっていった。
傍にアーネストだけが一人残るとローラも気を利かせたのかいなくなった。
「リアーナ、疲れたのではないか?」
ガウンを着ているとはいえやっと女性らしく見える姿でアーネストと向き合った。水蛇の棲家近くでは男の冒険者のような姿だったり、大猿だったりであまり顔を見て話す気がしなかった。
「少し、でも大丈夫よ。明日にはここをたってベルトナ国へ行ってカンデシラ山へ行かなくちゃいけないから寝込んでばかりもいられない」
「はぁ……確かに。ゆっくりと休ませてやりたいが時間が無いからな。私がもっと早く君と話せていればこんなに苦しめずに済んだのに」
アーネストはまるで自分に責任があるかのように苦しそうな顔で項垂れる。
「あなたのせいじゃないわよ、あのク……じゃない、女魔術師が全部悪いんだから」
危うく言葉使いが悪くなりそうだった、これもあのクソ女魔術師のせいだ。
「ふっ、そうだな。背後の黒幕に全く手掛かりはないのか?」
「母上が調べてくれているはず。私は解呪で手一杯だから」
「そうだったな。さっきの毒消しが効かないって話、まさかあの時の?オロギラスに噛まれたのか?」
そう言えばあの時、アーネストがわざわざ転移装置の塔まで迎えに来ていた。
「えぇ、散々だったわ。腕の再生までして」
アーネストは驚いて私の腕を掴んだ。
「再生って……それでフルール殿下が!そうだったのか」
腕を掴んでいる手の温度が熱くて胸がドキドキとして落ち着かずそっと腕を引いた。それを見てアーネストが少し傷ついたような顔をした。
「リアーナ、今はまだ私を信じてくれないかもしれないが、この先は必ず君を護ると誓う」
そう言って蒼い瞳で私を見た。




