65 仮縫い
部屋の中へ入り私はソファへ倒れ込むように伏せた。頭の中で色々な事がぐちゃぐちゃに詰め込まれてどこから手を付けていいかわからない。
「とにかく話を整理しましょう。まずはイーデンバッシュです」
ゴドウィンが気を取り直し計画を立て始める。私も起き上がると深呼吸して気合を入れる。
先ずはクイムカ湖にいるという水蛇を倒すことが先決だ。
「とにかく夜会へは行かなければいけないでしょうね」
イーデンバッシュに入国するためとはいえアーネストの恋人のいる国へわざわざ引っ付いて行くなんてちょっと気が引けるがここまで来たんだしそこは避けられない。
「夜会は五日後、明後日にはここを出て到着は夜会当日です。姫様の体調が気になりますね」
エミリオが心配そうな顔をしている。
「大丈夫よ、馬車に揺られてるだけだもの」
「ですけど今回の移動はアーネスト様も同乗なさいますよ」
ローラに言われて気がついた。
「忘れてた……別々には、行けないよね」
「夜会へ婚約者として招かれているのにそれはまずいですね。不仲と思われます」
「いっそ本気で不仲説を流しても良いんじゃない?っていうか皆、不仲だと知らないの?」
これほど関わりがない私達を上手くいってると思う人がいるのだろうか?
「一部と一人は疑っていますが大多数の人は上手くいっていると思っていますよ」
エミリオがため息交じりに困った顔で言う。
一部はまぁ噂を流している人だろうけど、一人って誰?
「これを期に仲良くすればいいじゃないですか」
ゴドウィンがまたニヤつきながらからかってくる。
「そういうわけにいかないでしょ。それよりクイムカ湖の場所ってエベリーナ様のお屋敷から近いの?」
夜会のあとすぐにアーネストと別れ向かわなくてはいけない。
「場所的には馬で二日程です。用意はこちらで致します。ローラは国境の街まで移動して待機してもらうとして、問題はアーネスト様の目をかい潜ることですね」
「一緒に行ったのに別々帰るって難しいわね」
国境まで行ってベルトナ国に滞在するって言えばいいかもしれないけど、そこからまた移動となると時間がかかり過ぎる。
「いっそ夜会で喧嘩でもすればイイ感じで離れられるかもしれませんね」
ゴドウィンがそう言うとローラが振り向いて余計な口をきく奴の向こう脛を蹴り飛ばし、エミリオが背中から脇腹を一撃した。
「ぐっ、ガハッ!」
うずくまるゴドウィンに何も言うことはないが最悪それもいい手かもしれない。
爽やかな朝を迎え、朝食を取っているとローラがおかわりのお茶を淹れてくれる。
「アーネスト様がいらっしゃってます」
「どうして?」
この後、仮縫いに行かなければいけないのに。
「まぁいいわ。通して」
朝から美麗さを隠すことなくあらわれたアーネストが私の向かいへ座るとキラキラしい髪を輝かせ微笑む。
眩しすぎて朝から目が痛いよ。
「何か御用ですか?」
目を細めて眩しさを軽減しながら話す。
「勿論この後の仮縫いに同行する為だ。私が注文した品だからな」
そう言えばそうだった。
「あら、お礼が遅れて申し訳ございません」
「婚約者にドレスを贈るのは当たり前の事だ」
涼しい顔で何ともない風に答える。
はいはい、義務を果たしただけって言いたいわけね。別にそこ強調しなくてもわかってますよ。
食事が済み早速馬車へ乗り込むと街へ出た。
ベルトナ国に来た時はすぐに移動でゆっくりと見て回れなかった街を窓から眺めていた。馬車には勿論アーネストが隣にいてちょっと緊張感はあるが、折角だから街並みをゆっくりと楽しんでもいいだろう。
「隣国だけど少し建物の雰囲気が違うのね」
建ち並ぶ店の多くの窓が格子で守られ少し厳重な感じに見える。
「ベルトナ国は時折強い風が何日も続く。その時に飛ばされた石や木片等から店を守るための造りのようだ。山と山に挟まれた国ならではの事だろう」
アーネストが私のすぐ横から顔を寄せて一緒に窓から外を見て教えてくれる。チラッと見てしまい思わぬ距離の麗しい顔の近さにちょっと驚いて、慌てて目を他へ向けた。
「あ、あぁ、あの、あれって」
「なんだ?」
私が適当に話を続けようとして指をさすと彼がさらに近づき肩が触れ指した方向を見ようと窓に手をかけ乗り出す。
ち、近い近い!体温が伝わるよ……
「あぁ、串肉か。食べたこと無いのか?」
そこには屋台の串肉屋がいい香りをさせていた。
「そんな訳ないじゃない。ナザリオ達と行ったことあるわよ」
騎士コースにいる時に同期達と何度か街へ行ったことがある。
「チッ、まさか護衛も連れずに行ってないだろうな」
「それは……だって友人と遊ぶのに護衛なんて。それに皆騎士コースの者ばかりなのに何かあっても何とかなるよ」
「そんなわけ無いだろう。その中で騎士団に入ったのが何人いるかわかっているだろう」
五人中、王都の騎士団に入ったのはサンドロだけであと一人は領地へ戻ってそこの騎士団に入り、一人は早々に文官へ転身して私とナザリオは最近辞めた。
「ご心配無く、こっそりついて行ってますから」
ゴドウィンがしれっと答える。
まさか抜け出したことバレてたのか。
騎士コースの訓練後、こっそり出ていたのにやっぱり知られていたか。遅くなったのに叱られないからおかしいと思ってたよ。
ドレスを頼んだ店に到着すると奥へ通された。
仮縫いの為にローラ特製の下着に身を包んでいるとはいえ、油断してバレてはいけないので着替えはローラだけを連れて隠れるようにした。怪しまれるかと思ったけど奥ゆかしいと微笑まれた。
「素晴らしいですわね」
まだ完成では無いが既に大まかに出来上がり後はサイズを詰めるだけになっているドレスは、アーネストの瞳に似た濃い蒼のドレスで裾や襟元に薄いピンクのレースがあしらわれている。オフショルダー型だがローラが追加で連絡し腕から続く透ける素材の布で首元まで覆う形に注文してある。ドレスの大部分に銀糸で刺繍が施されお針子達の目の下のクマの濃さがその作業の過酷さをあらわしている。
皆の前に出て披露するとすぐにお針子達が次々と細かく詰めていき仕上げの印をつけていく。離れた所からアーネストがジッとこちらを見ていて微動だにしない。
「とても綺麗に仕上がってますよね、アーネスト。どうですか?」
一応ここの払いはアーネストだ。意見を聞かなくてはいけないだろうと私が話を振ったのに離れた場所から固まったまま見ているだけで、何も答えない事にお針子達が疲労で青い顔を今度は白くした。
「あの、何かご不満でも?」
「……いや……それでいい」
お針子達が一斉に息をつぎまた仕事に戻った。答えたあと彼は黙って部屋から出て行った。
「ふふっ」
何故かローラが黒く笑っていてお針子達が微笑ましそうに私を見ていた。
思ったより仮縫いに時間がかかり店を出たときには昼を少し過ぎていた。今日は気分もよく元気だったせいかお腹が空いてきた。
屋敷へ帰る途中にまた街の様子を見ていてアーネストを振り返る。
「ねぇ、串肉が食べたいわ」
店を出てから黙り込んでいたアーネストが一瞬驚いた顔をしたが仕方なさそうに笑った。
「馬車を止めてくれ」
通りに馬車を止めアーネストが降りる。私も続いて降りようとすると彼がそれを止める。
「買って来るからここで待ってなさい」
「嫌よ、屋台の所で食べるから美味しいのに」
無理やり彼を押し退け串肉屋へ向かう。ゴドウィンがすぐに追いつき一緒にどれがいいか店先を見ていた。
「姫様、私はこれにします」
ゴドウィンが大きめの串を指差し早速注文している。
「私はコレ。ローラは?」
「では姫様と同じ物を」
「エミリオも一緒でいい?」
黙って見ていた彼のぶんも頼もうとすると横からちょっと拗ねた感じでアーネストが注文した。
「ではこれを四本」
ジロリと睨まれ存在を忘れていた事を笑ってごまかした。




