64 不調2
私の首元まで毛布をかけなおすとアーネストは立ち上がりジェロームに向き直る。
「ジェローム様、リアーナがお世話になったようでありがとうございます。ここからは私がついておりますから」
ボーッとした頭で二人が向かい合うのを見ているが、こちらからはアーネストの背中しか見えない、が、不機嫌そうなのは気の所為じゃないだろう。
「そんなお礼など。それより殿下のお体が心配です、ごゆっくりなさってください。
少し眠るといいリアーナ、お休み」
優しい笑顔で立ち去るジェロームが笑うのを我慢してる気がした。入れ違いにローラが戻るとホットミルクを用意してくれていた。
「少し飲んでお休みください」
それを口に含むと昼前まで眠っていたのに身体が温まり瞼が重くなってくる。
「すぐ傍にいるから」
私の額にかかった髪を指で分けるアーネストの声を耳に眠りに落ちた。
数時間は眠っただろうか。目を開くと部屋の中でボソボソと話をする声が聞こえる。
「やはりこの前の怪我が何か関係しているのか?」
アーネストが詰め寄る感じだ。
「怪我自体は治っております。フルール殿下にお任せしたので間違いありません」
ゴドウィンが話せる範囲内で慎重に答える。
「フルール殿下は優秀な方なのはわかっているが、その方に依頼するほど酷かったということだろ」
詳しくはわかってはいないが何かおかしいと気づいている。やはりアーネストは鋭いな。
「ローラ、お水ちょうだい」
これ以上ゴドウィンが追求されないようにわざと目が覚めたことを知らせた。
静かに天蓋が開かれローラが顔を出す。身体を起こしグラスを受け取りながら頷くとアーネストがいることをわかっていると知らせた。
ローラが下がるのと入れ替わりにアーネストが現れる。
「少しは落ち着いたか」
また触れられそうになり咄嗟に手で制した。
「もう大丈夫だから心配しないで。イーデンバッシュに行くまでにはちゃんとするから」
ため息交じりに呆れたような顔をされた。
「今回は引き上げろ。ここからイーデンバッシュまでは少しかかる。無理をしてまた倒れたらどうする」
そう言われて引き返せるわけがない。こっちは一生がかかってる。
「大丈夫です、倒れたりしません。今日はちょっと寝坊して食事を満足に取っていなかったせいですから」
「君が寝坊とかそれ自体、体調が悪い知らせだろ」
騎士コースで鍛えた身体は騎士団には入れないのに無駄に頑丈だ。
「うっ……それは、怪我のせいで最近鍛えていないのでそれで体力も落ちたせいで」
体調が悪いのにアーネストの尋問に耐えれる気がしない。
「アーネスト様、あまりきつく仰らないで下さい。姫様の体調管理が行き届かなかったのは私のせいですから。申し訳ございませんでした」
ローラが深々とアーネストに頭を下げた。
「やめなさい、ローラのせいではないのはわかっている。どうせリアーナが無茶をしているのだろう」
昔から私に付いてくれているローラのことをよく知っているアーネストが気まずそうな顔をした。たが主人の体調不良は侍女の責任とされることがよくある為、これ以上は何も言えないだろう。
「いいえ、姫様が何か気に病んでおられたのに私にはそれを察する事が出来なかったので。きっとそのせいなんです」
叱られ俯く侍女という感じを演出し始めるローラにちょっと驚く。一体何をするつもりなんだろう。
「気に病むとは?何か悩みがあるのか?」
アーネストが私に視線を向ける。
「いいえ、別に何もありません」
慌てて否定するとローラが遠慮がちに話し出す。
「姫様、この際お話なさる方がいいですよ。この前、騎士コースをやめて以来ふさぎ込んでいられる事があるでしょう。何があったのですか?」
アーネストの部屋から飛び出したあの日、中で起きたことは誰にも話していないがローラはそれを聞き出すチャンスと思ったようだ。私の事を何でも把握したがる気持ちがちょっと行き過ぎだよ。
「別になんにもない。騎士コースをやめてちょっと嫌だっただけ」
私が必死に言い訳しているとアーネストが何か言おうと口を開きかけたときノックがされエミリオ顔を出した。
「姫様、王妃様からお話があるそうです」
どうやらこの屋敷の緊急連絡装置を使って報告をしていたらしくそこで母上から私を呼ぶように言われたらしい。
「わかった、急いで支度するわ。アーネスト、話はまた」
まだ話したそうな彼を部屋から追い出しベッドから出ると聞き出すことに失敗した不満気なローラに着替えさせてもらうと廊下へ出た。
屋敷の奥にある部屋へ向かうとドアの前に二人の護衛がいて私達を確認すると静かにドアが開かれ入っていく。
装置が置いてある部屋には盗聴防止がかけられているのが普通だが念の為持ってきた魔術具でさらに盗聴防止すると部屋の中央にある台の上の魔法陣へ向かった。
エミリオがそこに手を触れ魔力を流すとそれが光り始めた。
「母上、リアーナです」
「お母様とおっしゃい」
おっと、気が緩んでいたのか間違えてしまった。
「申し訳ございません、お母様」
「もう、あなたはアーネストの後ばかり追いかけていていつの間にかそんな風になってしまって。小さい頃はちゃんとお母様と言っていたのに」
「はぁ!?」
私がアーネストを真似ているって…………確かに身に覚えあるかも。昔はアーネストに追いつきたくて必死だったから何でも彼がすることを見ていた。まさか話し方までうつってしまっていたなんて、自覚なかったわ。
ちらりと目を向けるとローラとエミリオが微笑ましそうにこっちを見てる。ゴドウィンはニヤニヤしてるけど。
「そんな事より体調はどうですか?」
「もう大丈夫です」
「実はフルール殿下に問い合わせたところ……」
「リアーナ、具合はどうだ?」
母上の言葉を遮りフルールの声が聞こえた。
「姉さま!居たのですか!?」
「そう、魔力がもったいないから要点だけ言うぞ。まず呪いは王位のことが無くても早く解呪したほうがいい。どうやらそれには期限があるらしいからやっぱり出来るだけ早く解かないともうすぐ動けなくなる」
「えぇ!?姉さまの薬を飲んでいれば大丈夫なんじゃないのですか?」
「まぁ飲まないよりマシ程度だ」
後ろで聞いていたローラが小さく悲鳴をあげた。まさかそんな事が自分に降りかかるなんて信じられず実感がない。
「そんなリアーナに朗報です。一つ目は四匹目のオロギラス、光蛇の棲家がわかった。場所はカンデシラ山だ。だからイーデンバッシュで水蛇を倒したあとベルトナ国へ一旦戻ってそのままカンデシラ山へ行くといい」
「それのどこが朗報なんですか!?カンデシラ山には龍がいると言われているのですよ!!」
ゴドウィンが叫ぶがフルールは話を続ける。
「そうかぁ、それからもう一つ。オスカリがこっちについた」
オスカリは六番目の王妃の子で、本人はいまだ婚約者もなく王位には興味は無さそうだ。
「どうしてオスカリ兄さまが?」
「私がコソコソ動き回っていたのをどこかから聞きつけたらしい。あいつは面白いもの好きだからな、面白いものの為なら親くらい簡単に売るやつだ。まぁ私も魔術の為なら親くらい売るけど、アハハハ。
とにかくイーデンバッシュには間に合わないけどカンデシラ山には行きたいから声をかけてくれって言ってたぞ、じゃあゴドウィン、エミリオ、頑張れよ。あぁ、オロギラスの牙は私に売ってくれよ」
ぶっつりと切られた装置の光が消えると皆無言で部屋の外へ出た。もの凄い情報を軽い口調で聞かされ全く飲み込めないまま項垂れる私達に、部屋の外で待ち構えていたジェロームが心配そうに声をかけてくれた。
「リアーナ、大丈夫ですか?」
「ご、ご心配無く。母に心配かけてしまって」
「あぁ、それで皆様お叱りをうけたのですか」
ジェロームは私に手を差し出すとそのまま腕に掴まらせエスコートして与えられた部屋の前まで連れて行ってくれた。
「今夜はお食事も部屋でごゆっくりなさる方がいいですね」
与えられた部屋の前でそう言われ有り難く頷いた。
「お茶でも如何ですか?」
社交辞令でお誘いするとジェロームはクスッと笑う。
「いいえ、私はこれで失礼いたします」
「明日、仮縫いをと連絡が来ておりますがお断りしておきますか?」
「いいえ、こちらが無理をお願いしておりますから行きます」
「わかりました、では無理をなさらず」
ジェロームはそのまま爽やかさに去っていった。




