46 夜会のエスコート3
ゴドウィンに抱き上げられたまま廊下を進んでいた。
ローラを連れてきている私のためにコーネリアスは特別に部屋を用意してくれていた。普通に招待客が利用する休憩室から少し離れたところにそれは用意されていた。
会場からは遠かったが静かな場所まで来ると一つの部屋の前で止まり、ゴドウィンは私を抱き上げたまま器用にドアを開けた。
「ローラ、やっぱり姫様がぶっ倒れるぞ」
ムカつく言い方だが今は言い返すことが出来ない。部屋を覗き込んだが誰もおらず、戸惑ったが中は明かりがついて居心地良さそうに整えられてあり休めるよう準備がされていた。
「参ったな、ローラを探して来ないと」
ゴドウィンはそう言ったがなかなか部屋の中に入らない。
「どうしたの?」
「いや、流石にマズイかと」
未婚で成人している男女がこんな夜会を抜け出した屋敷の奥にあるおあつらえ向きの部屋に二人きりは確かに怪しい。
「またエリザベス様に殴られます、今度こそ殺されるかも」
私に怪我をさせたせいでゴドウィンが母上にぶっ飛ばされたことは記憶に新しい。
「母上が殴ったくらい平気なんじゃないの?か弱い女性だよ、ハハッ」
ちょっとぼうっとしながらも本気で怖がってそうなゴドウィンが可笑しくて力無く笑った。
「エリザベス様は若い時分領地にいたときは姫様に負けないくらい手がつけられなかったんですよ。護身術もやり込んでいたからパンチもけっこう効くんです」
「うそ」
「ホントですよ。今度フィンレー様に聞いてください。私が言ったって事は内緒ですよ」
初めて母上の若い頃の話を聞いて驚いた。それであんなに気が強いんだ。
私に母上の暴露話をしながらもキョロキョロと誰か来ないか探していたが誰も来ない。
「もういいよ、ひとりで中に入るから下ろして」
ずっと抱かれているわけにはいかない。このまま人に見られないうちに下ろしてもらったほうが恥ずかしくもないし。
「駄目ですよ、途中で倒れたらローラにまで殺されます」
「いいから下ろして」
こっちは疲れているっていうのにドアの前で揉めているとそこへツカツカと近づいてくる足音が聞こえた。
「あ、誰か来たみたい」
足速な音からして女性では無さそうだが、第三者として使えるかもしれないと待っていると角を曲がって姿をあらわしたのはアーネストだった。
眉間にシワを寄せ私達に気づくとゴドウィンに抱き上げられている私を見て更にシワを深めた。
「やはりまだ無理だったではないか!」
近づくなり顔を覗き込まれた。抱えられていたため思ったよりもアーネストの怖い顔が近くに来て驚いてしまう。
「わっ、も、もう大丈夫だから。ご心配なく、ゴドウィン下ろして」
「そうはいきませんよ、ごまかしたって無駄です。顔が真っ青ですからね、あぁ、アーネスト様なら婚約者なんだからいいですよね。ローラを探してきますから姫様をお願いします」
そう言って私をアーネストに渡そうとする。
「ちょちょっとやめてよ。まだ母上の許可が出てないのよ」
母上はまだアーネストと会うことは禁じている。
「何を言ってる。緊急事態だろう」
そう言うとアーネストは嫌がる私をゴドウィンから奪い取り部屋の中へ入ると長椅子の上にそっと寝かせてくれた。
「じゃ、私は行ってきます」
そのままゴドウィンはドアを閉めいなくなった。
いやいやいや、何してくれてるのよ!アーネストと部屋に二人っきりは無いでしょう!
焦って長椅子から身体を起こし座ろうとして止められた。
「横になっていなくては駄目だ。少しは大人しくジッとしていろ」
肩に手を置かれグッと押し倒される。
ちょちょちょっと、顔が近いって!
さっきよりも動揺して頬が熱くなり顔を横に向けた。
「大丈夫だからもう行って下さい。すぐにローラが来ますから」
「さっきも言っていたがローラを連れてきているのか、君にしては用意がいいな。だがそれほど無理をして来ているということか?」
私が身の回りのことを割と自分ですることを知っているアーネストはそう言ってまた機嫌が悪そうな顔をした。
あの夜会以来ローラはいつもついて来ていたが私とアーネストが乗っている馬車とは別だったうえ、待機していた場所は女性専用の休憩室だったため彼には知られていない。
「そういうわけではありませんが、今回は初めて招待された場所だったので」
そう言うとアーネストは少し気まずそうに肩に触れていた手を離す。
「君がこの夜会に来るとは思わなかった」
要するに私が来ない夜会でエベリーナをエスコートしたかったのだろう。
「私の事は気にしないで下さい。初めからゴドウィンと来るつもりでしたから」
噂の力も利用して支持集めをするために来たのだからイスラを支持しているグランフェルト領のアーネストと来るのは無理だったろう。
私は何とか起き上がると背もたれに身体をあずけた。貧血の辛さも随分おさまっており気分もましだが、このまま彼と二人でいるのは居心地が悪い。
「早くエベリーナ様の所へ戻って下さい」
「いや、ローラが来るまではここにいる。君をひとりには出来ない」
「ですけど、それではエベリーナ様がお一人になってしまいます」
「彼女は別に具合が悪い訳ではないのだしもしそうでも誰か他の者がいるだろう」
「それは……エスコートして来ている方として無責任ではありませんか?」
「私は君の婚約者として今はここにいるべきだと判断している」
少しムッとした感じで睨まれた。私もしつこい彼に段々と腹が立ってきて身を乗り出し言い返す。
「婚約者ということが足枷となっているなら遠慮は無用です。エベリーナ様とあなたの事はとっくに知っていますから気になさらなくても良いと言っているのです」
「足枷?一体なんのことだ?彼女と私がなんだというんだ」
「同じ目的を持った者同士親密な関係なのでしょう」
私の言葉にアーネストは口ごもった。
「そういう言い方は語弊がある。別に親密というわけでは……」
「とにかく誰かに見られる前に早くここから出て下さい」
「別に婚約者といるところを見られて何もやましいことはない」
なんだか意地になっているような言い方に仕方なく本音を言ってしまう。
「アーネストは、その、男性だからいいですけど。破婚になるなら私は次の相手を探さなければいけません。その時にこのような状態であったことが知られるのは困ります」
領地や王位につくためにも結婚しないわけにはいかない。それなら外聞が悪くなることは避けなくてはいけない。
アーネストは私の言葉にショックを受けたような顔をして立ち上がり私を見下ろす。
「破婚はしないと言ったはずだ。君がそんな事を言っていると王妃様から聞いた時にハッキリと否定した」
「ですけど、エベリーナ様との条件が合えばあちらは国外とはいえ大領地ですからそちらに乗り換えると考えるのは自然です」
絶句するアーネストが私に背を向け離れていった。もしかしてギリギリまで黙っていて私が王位継承の為の『たしかめの儀』に出られないようにしようかと画策していたのかな?
「君はそこまで私との婚約を解消したいのか?」
「は?私は別に……」
「ゴドウィンとの話は本当なのか?ただの噂だと思っていたが」
「いえ、彼は関係な……」
「人前でくちずけしたと聞いたが」
ゲッ、それ言っちゃう?
「いやいやいや、アレはくちずけとかでは無くって、仕方なくというか何というか」
恥ずかしさのあまり焦ってあわあわとしてしまう。するとアーネストがくるりと振り返り「本当だったのか」と呟くとツカツカと近寄って来て私の顎をクイッと上向かせるといきなりくちびるを重ねてきた。勿論ゴドウィンの時とは違う、それはぐっと深いものだった。
「むっ……な!何するのよ!」
慌てて顔をそらし突き飛ばそうとしたがかえって手を掴まれた。
「婚約者は私だ。君にこうして触れていいのは私だけだ」
かなり怒っているが怒鳴りつけるでもなく怒りを湛えた瞳で睨まれ冷静にそう言われドキッとした。
怖すぎ、一体なんなの!?怒ってるのはこっちよ!!
すると急にドアが開けられさっき会場で意地悪な事言ってきていた女性が入ってくるなり声高に話し始めた。
「まぁ、なんてことでしょう!こんな人目の無い所でリアーナ殿下と男性が二人きりだなんて、いくら護衛とはいえこれでは外聞が悪過ぎま……」
そこまで叫んで私達と目があった。




